ツンデレ
スタジオを出て、『おにすき』の飲食フロアに戻る。
流れているのは静かなジャズピアノ。
オタク受けするアニソンや電波ソングかと思いきや。
店内には実際にスーツ姿のサラリーマン風な客もちらほら。
遅いランチか営業外回り中のさぼりといったところだろう。
ロリはオタクに限らない。
この真理をおにすきは心得ているということか。
テーブル席にジョージと向かい合わせで座る。
さて注文をとるか。
一番近くにいる店員のネームプレートを見て、大声で呼ぶ。
「『さよ』ちゃーん、こっちおいで~」
ランドセルをしょったツインテールの幼女がやってきた。
口を尖らせながら憮然とする。
「や、やさしくよんだってゆるさないんだからねっ」
ツンデレロリかよ。
「コーヒーもらえる?」
「あまいのがいい? にがいのがいい?」
「苦いの」
「うんわかったぁ、あまいのね」
「待て!」
「あおいめのおにいちゃんは?」
スルーしやがった。
ツンデレだから正反対の行動をとるのか。
これで本当にカフェオレとか持ってきたらぶん殴るぞ。
「ボクは納豆かけごはん」
なんだそりゃ?
「し、しかたないわね。それじゃくろいのとネバネバね。あたしがもってくるまでまってるんだからね」
くろいの、つまりブラックと言い直してることに安心する。
難しい店だ……。
「もっとマシなもの頼めよ食べろよ。どうせ会計は俺なんだから」
正確には役所の金であり、国民の税金だけど。
「マシどころか二〇〇〇円するぞ」
「納豆かけごはんとしては高いな。どうしてそんな値段するんだ?」
「届いてみればわかるさ」
なんだかなあ、他にはどんなメニューがあるんだろう?
【たまごかけごはん】
【おちゃづけごはん】
【アボガドかけごはん】
【マヨネーズかけごはん】
【れんにゅうかけごはん】
【はちみつくろずかけごはん】
【チョコレートシロップかけごはん】……。
「何とかかけごはんしかないじゃないか」
「おちゃ『づけ』ごはんがあるだろう」
「そんなツッコミ入れろとは言ってない」
「幼女が難しい料理を作れるわけがないだろう」
……ムダに設定凝りやがって。
「なあジョージ」
「ん?」
「こういった店で連絡するのはいい加減ヤメにしないか?」
ジョージの指定してくる店は毎回ロリが絡んでいる。
さすがに最近こそは慣れてきたが、それでも頭は痛くなる。
「連絡場所を相手の趣味に合わせるのはスパイの基本だろ。ボクは内調から頭を下げられて会ってやってる立場なんだけどな」
上から目線で正論持ち出しやがって。
でもまったくもってその通り。
CIAと内調の力関係は、アイドルグループを率いるプロデューサーとそのCDを何十枚も買って握手券を手に入れようとするファンくらいの差がある。
「だからこそ裏外交に応じた店の格を考えろと言ってるんだ」
情報機関も役所の一つであり、機関公式の情報交換は外交官の会合と実質的に同じ。
本来はそれなりの高級店で密会を果たす。
「この店は一二歳未満の天使達が舞い遊ぶパラダイス。天国に優る格を有する店なぞあるというのかね」
「『おにすき』は全員一二歳以上じゃないか。お前からみてBBAにあたらないわけ?」
ジョージがふっ、と蔑んだ様に笑う。
「何がおかしい」
「おかしいともさ、真のロリは中身の年齢なぞ気にしないのだよ」
「はあ?」
ものすごく意外な台詞が飛び出た。
ジョージはまるでオペラを歌う様に、手を広げながら語り始めた。
「確かに年齢に拘るロリもいる。中身が幼いのをいいことに自らの意のままに操ろうという男の風上にもおけないヤツが──」
握り拳を掲げながら声を張り上げる。
「──だが違う! そうあえて言おう、幼女とは現人神であると! そんなロリはクズであると! 幼女とは神聖にて侵かさざるべき存在。全地球民の象徴として崇め奉ることこそが真のロリ道である!」
「はあ」
「さらにロリの本質は『守る』ことにある。儚く力弱き存在だからこそ強き大人が盾となりて守らなくてはならない。言わば一つのノブレス・オブリージュ。本能においてその使命に突き立てられるロリこそ、神に選ばれしパラディン《高潔なる騎士》なのだ!」
「はあ」
「加えて、ロリの真骨頂は開きかけた蕾とも言いうる半端な言動と体型にある。たどたどしく天然に甘えた言葉、腰の微妙なくびれ、ほんのりと膨らみ始めた胸、無駄な脂肪のない手と足。ああ、この庇護欲を掻き立てる美がわからないヤツなぞ人間じゃないね」
俺に言わせれば、そんな危ない台詞を臆面もなく吐き出すお前が人間じゃないよ。
その流暢な日本語能力には驚嘆するけど、まったくもって才能の無駄遣いだ。
「そんな御高説を聞きたくて幼女喫茶まで出向いたわけじゃないんだが」
「まあいいじゃないか。まさか情報機関員がこんな店で連絡してるとはどこの敵国だって思うまいさ」
カモフラージュになってるのは否定しない。
それ以前にジョージを見てCIAと思う敵国もまずいない。
「それでは本題に入ろうか」
ジョージが封筒を手渡してくる。
受け取って中身を取り出す。
英文なので意味がさっぱり……のはずなんだが。
とんでもなく奇異な、俺にもわかるタイトルが目に入った。
【MIMIKAKI YOJO】
「耳かき幼女?」
「しっ、声が大きい」
この座席は二つ×二つの四人掛け。
俺の隣にジョージが移動してきた。
体を寄せ、耳元で熱い息を吹き掛ける様に囁いてくる。
(実は敵国がこの店の真似をして資金調達活動をしてるんだ。その店名が全て平仮名で「みみかきようじょ」)
ぶっ!
耳打ちをやり返す。
(なんでまたそんなことを)
(この国にいっぱいロリがいて、たくさんお金を落とすからに決まってるだろ)
頭痛い。
たった今、俺は日本人であることがものすごく恥ずかしくなった。
しかし他人に聞かれてはまずい。
形はどうあれ、立派な敵国のスパイ工作活動だ。
体を寄せ合いつつ、ひたすらに耳打ちを繰り返す。
──ガシャーンと何かの割れる音。
何事?
視線を音の方向に向けると、顔を赤らめたさよちゃんがいた。
「ハアハア、なんて美しいの。いかにもアメリカンな金髪ワイルドが妙に影の薄くて弱っちそうな日本人男性を襲っているのを生で見られるなんて」
ここにも間違ったヤツがいやがった。
ツンデレ設定はどこいった。
「襲われてるわけじゃ──」
ないと叫びかけるも、やめてしまった。
ジョージが俺とさよちゃんの間に立ち塞がったから。
さよちゃんの味方でもするつもりか?
……と思ったら違った。
ジョージは俺ではなく、さよちゃんに顔を向ける。
「君わかってる?」
「はい?」
鼻の穴を広げ、すはすはと音を立てながら口を尖らせる
戸惑うさよちゃんへ真っ直ぐに腕を伸ばしながら指さす。
「僕達はね、『幼女』を愛でに来てるんだ。身も心も腐り果てた『BBA』を見に来たわけじゃないんだ。君も給料もらってるなら幼女のプロとしての自覚を持ってくれ」
幼女のプロって何だよ。
しかしジョージの説教は効いたらしい。
さよちゃんは泣き出してしまった。
「ふぇええええん、おにいちゃんなんかしんじゃえ、しんじゃえ、しんじゃえ~」
「グッジョブ、それでいい」
舌をぺろりと出し、親指を立てながら賞賛する。
しかしさよちゃんは既に走り去ってしまっていた。
さよちゃん、逃げるのはいいよ。
だけどその前に、割れたコーヒーカップ片付けろ。