あしうらむにむに
のじゃーさんが出て行き、かわりにまゆちゃんが入ってきた。
Tシャツの裾をぴろっと広げて会釈する。
「はるみお兄様、ごきげんよう。残すはまゆにお任せあれ」
なんと仰々しい。
つい、こちらまで丁寧口調になってしまう。
「お願いします」
「ふふっ、では長椅子に座っていただけますか」
言われるままに座る。
「目を瞑ってください」
言われた通りに瞑る。
なんかぬちゃぬちゃと音がする……。
「ひゃうんっ!」
「変な声出さらないでいただきたいですわ。気持ち悪いですの」
「出すわ! 足に何を塗っている」
「ホホバオイルですの。足裏をマッサージするから下準備してるのですわ」
この微妙に間違ったお嬢様言葉も地なんだろうか。
俺はブルジョワ学校と呼ばれる大学の出身だが、「ですの」とか「ですわ」なんて日本語使うお嬢様見たことないぞ。
もちろん通ってただけで、俺の家はありふれたサラリーマン家庭……。
「ふにゃあ!」
「だから変な声を出さらないでくださいます? 聞きたくありませんの」
さりげに毒がすごい。
さすが本性は腹黒キャラ。
「いや……何これ……得も言えぬ妙な感触……」
まゆちゃんが俺の足の指に自らの指を差し入れる。
恐らく俺の足とまゆちゃんの手が組み合う形になっているのだろう。
普段触られないところだけに、くすぐったいを通り越してむず痒い。
「足裏を刺激することで全身を活性化させるんですの。リフレクソロジーって聞いたことありません?」
まゆちゃんが指に力を入れ、足の指をぎゅっと締め付けてくる。
さらにはひっぱったり伸ばしたり。
効能の程は知らないが、気持ちいいのだけは確かだ。
なんだか全身が洗われる気がする。
「それも医者としての治療?」
「いえ、これは治療でなく『あしうらむにむに』というサービスですの」
そのまんまのネーミングだ。
「治療とサービスって何か違うわけ?」
「お医者さんごっこできるメンバーは限られてますけど、あしうらむにむには医師資格のいらない他の女の子でもできるサービスなんですの」
「リフレクソロジーは資格者である必要ないのか?」
「秋葉原でもメイドやアニメのコスプレした女の子達が足裏マッサージをする店が結構流行ってますけど、みんな形だけの研修しか受けてませんの」
「それってダメだろ……」
「実のところはマッサージに名を借りた、体のいいスキンシップですの」
「もっとだめじゃないか……」
「でもお兄様だってムニムニされれば気持ちいいでしょう?」
「まあな」
ふにゅっと足の裏にふよふよした感触。
「わたしもですのよ。お兄様とこうして触れ合えて、体温を交換できて幸せですの」
まゆちゃんは自らの胸に俺の足裏を押し当てていた。
……汚くないか? 俺は別にいいんだけど。
これもやっぱりサービスなんだろうか。
でも胸を当てるって露骨だよな。
「女」を売りにするそのもの。
のじゃーさんがさっき話してたことと違うような。
まゆちゃんはダントツの売れっ子って言ってたけど。
やっぱり人気のためには色恋営業ってするのかな?
「くっくっく……」
目元に陰りが差し、病んだ目つきになった。
腹黒モード!?
「さあ、私の両手で絶頂を迎えるがいいわ」
はあ? って、なにこれ!
まゆちゃんがオイルぬるぬるの両手で激しく右足を擦り始める。
ぴたっと止まった。
にぎっ、にぎっとしてくる。
ゆっくり上下に動かし……また早くなった!
「さあ果てなさい。賢者の顔をお見せなさい」
賢者……そうか、何かの動きに似てると思ったら。
「うっ、くっ」
やばい、気持ち良すぎて変な声が出る。
物理的に果てはしないが、精神的に果てそうだ。
……ん? 動きが止まった。
まゆちゃんが立ち上がり、俺の上に乗っかってきた。
「くっくっく、お兄様。寸止めされた気分はどうかしら?」
足をしごかれただけだから、どうということもないが。
錯覚は錯覚だし。
それよりも何をしようとしている?
黙って様子をうかがう。
まゆちゃんが頬を擦り寄せてきた。
見た目通りふにふにしている。
「スタジオでは熱い視線をありがとうですの。私もポールに躰を擦りつけながら、お兄様のことを思ってしまいましたわ」
あれってまゆちゃんだったの?
耳元に吐息を吹き付けながらささやきかけてくる。
「お兄様って警察庁のキャリアなんですってね。それも若手でエース級の。今は内閣情報調査室に出向しているとか」
はあ?
全然違うけど?
確かに内調は警察からの出向者が多い。
しかし俺は内調プロパーだしノンキャリアだ。
「私、エリートが大好き。お兄様とはもっと深く知り合いたいわ。もっと別の場所で……二人でオイルまみれになって……肌と肌をあわせて……」
はあ?
「さっきの続き、したくありません? 今度は足裏じゃなくて……」
甚兵衛のパンツに手を突っ込んできた。
ふざけんな、まゆちゃんを突き飛ばす。
「あたたたたた……何するんですの!」
立ち上がり、床に尻をついたまゆちゃんを見下ろす。
「ふざけんな! 俺は好きな女としかそういうことをするつもりはない!」
「だったら私を好きになりなさい! お兄様はロリの王様じゃないですか! 私を目の前にして欲望爆発させないわけがない!」
はあ?
そりゃ本物のロリなら絶対に揺らぐレベルの美少女と思うけど。
「俺がロリの王様だなんて、誰が言った?」
「ジョージお兄様。『あいつはボクの師匠と呼ぶべき存在だ』って。ポールダンスの時だって私の躰を食い入るように見つめてましたじゃないですか」
ダンスに見とれてたのは事実だが、躰を見つめていたわけじゃない。
そんな誤解はどうでもいいとして。
あいつ、何て事言いやがる……いや、違う。
どうしてまゆちゃんにそんなことを言う?
「警察庁のキャリアというのは誰に聞いた?」
「のじゃー店長。今日は大切な客が来るから誠心誠意でおもてなししてくれって」
どういうことだ?
確かに予約は入れていた。
内調ってのはのじゃーさんも知っている。
しかし警察庁キャリアというのはどこから出てきた?
まあいい。
言うべき事を言わせてもらおう。
「あいにくだが俺はロリじゃない。幼女にも幼児体型にも興味ない。もちろん性欲の対象として見たなんて一度もないし、下半身に手を突っ込まれるなんて迷惑でしかない」
「なんですって!」
「そして俺はキャリアじゃない。吹けば飛ぶようなノンキャリアの下っ端だ」
「ええっ!」
――扉が開いた。
「そこまでだ。強制わいせつ罪の現行犯で逮捕する」
スーツの男性が警察手帳を差し出した。
刑事!?
なんで? どうして?




