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火種、もしくは彼らにとっての当たり前

「……大した話ではないんですけどね。どこまで知ってるか含め気になってまして」


 アレクサンドラより「件の噂」について尋ねられたチアキは、「せっかく集まる機会だったので」と前置きした上で、自らの意図を素直に明かした。


「こっちはプレイ範囲的に直接の影響はないからな、そんな話がある、程度で詳しい所までは知らない。だが小耳に挟む回数も少なくはない、ゲーム内全体に広がるレベルの問題なのか、気掛かりではある」


 自らの認識と話題への興味を示した彼女の元へ、チアキより画面が送られてくる。

 映し出されたのはAoLのユーザーが利用する公式フォーラム、その中でもゲームに関する議論を行うページだ。


「じゃあ説明からという事で、固定トピックの一番下を見てください」


 フォーラム内の議題トピックの中でも、幾つか重要な物はトップに固定されている。そこにはフォーラムの使い方や議論の際のルールに関する説明、初心者向けの質問、アップデート内容に関する議題などの場所に加えて、一つ、今回の火種が燻る議題が示されていた。

 

「『トピックの乱立を防ぐ為、戦艦対空母に関する議論は本議論トピックでお願いします』か……」


 戦艦対空母――第二次大戦前から戦中における各国海軍内ではもちろん、当時の艦艇や海軍を今日語る上でも、話題に挙がる事が多いテーマである。それこそがAoLにおける火種であった。


 該当するトピックには三千件以上の投稿があり、閲覧数は数十万にも及ぶ。人気とは言えニッチなゲームの決して多くはないプレイ人口の中で、フォーラムに書き込む人はさらにその一部である事を考えれば、非常に注目されている証と言える。

 そして大まかな内容をまとめると、議論に参加する人は戦艦派と空母派に分かれ、お互いにゲームシステム上の不遇改善を求めている事、数はやや戦艦派の方が多い事、そして一部ではあるが、相手の人格批判を含めた非建設的な争いがある事などが確認できた。


「トピックの中ではかなり伸びてる方だと思います。議論フォーラムですから、議論するのが目的になってる人の書き込みとかもありますけど」


「大きな論争があるという事は、ゲームバランスによほどの問題があるのだろうか。空母の出てくる年代というのは」


「個人的にそうは思いません。議論自体、単純なバランス面の話以外にも、歴史的な正確性とゲーム性の折り合いであったり、そもそものゲームの方向性に関する微妙な認識の違いがあって、こうして感情的な議論に繋がってるとか」


 そもそも史実では第二次大戦を境に、海軍の主力は戦艦から空母へと移っていく。これは戦中から戦後にかけての戦艦の総就役数や、新規建造計画とその結末といった物を見れば間違いない事だろう。

 この時期の航空機は艦砲よりも遥かに大きい行動範囲を有し、その威力もまた、波状攻撃でエアカバーの無い戦艦を撃沈できる程の物だと証明している。


 一方で第二次大戦の戦艦は航空機によって価値を喪失した、そう断言してしまうのは単純すぎる結論と言える。第二次大戦と言っても、1939年と44、45年を同列に扱うべきではない点もあるが、仮に戦艦に対して航空機が完全に優位を持つとしても、艦隊の中での役割をすべて失う訳ではないのだ。

 火力を活かした対地支援砲撃はその最たるものだが、それ以外にもハリネズミのように搭載された対空兵装による防空任務、空母とは違い爆弾数発程度は物ともしない防御力を生かした航空攻撃の吸収、空襲後の戦果拡大を目的とした敵艦隊への追撃、逆に敵水上艦による襲撃への備えなど、空母を主力とした戦場でも期待できる事は存在する。


 そしてAoLにおいても、上記のように両者の価値や役割を尊重したゲームバランスが設定されている。

 空母戦中心の戦闘であっても、戦艦には補助的ではあるが前述した役割が期待されているし、双方の航空戦力が決定力不足であるか拮抗している場合、戦艦を含む水上部隊の運用が勝敗を分ける事も十分に想定されるのである。


「大戦末や戦後の高性能機だらけとなると、艦によっては厳しい部分もあります。ですがその為の編成コスト設定ですよ」


「確かにな。戦闘レギュレーションだって変えられるのだから、本来は戦艦でも空母でも、好きな艦が活躍できるルールでやれるゲームだろうに」


 アレクサンドラが言うように、そもそも本ゲームでは使用する艦隊に対して、かなり自由にレギュレーションを設ける事が可能である。

 その項目には、使用艦艇や装備の年代、艦隊規模(艦隊の隻数に加え、各艦の評価に応じて設定された編成コストの合計値で決定される)、そして特定艦種の除外や限定といった物も含まれている。

 大会などに使われない物を含めれば、他にも設定可能な項目は多岐に渡る。つまり戦艦もしくは空母の使用禁止はおろか、本来はモニター艦限定試合などネタルールも(相手がいれば)可能な自由度があるのだ。


「荒らしたいだけの人が好き放題しているのを除いても、さっき触れた感情的な部分が大きいですね。こればかりは渦中の人達が『このゲームは斯くあるべし』とか『昔はこうだったのに』みたいな意見を持って譲らないせいですから、意見の背景含め説明するのは史実議論以上に面倒でして……」


「自分で出した話題なのだから、最後まで説明して欲しいものだが……。まあ戦争以外でも主義主張で争うのが人間の性だ。自らの信じる『当たり前』を望むプレイヤー同士で摩擦が生じている。そういう事でいいな?」


 核心に迫る部分をはぐらかす弟子だったが、幸いにも彼の師匠はこの説明で納得してくれたようだ。そうして面倒事から解放されたのも束の間、今度は彼女より飛んできた質問に答える時間である。


「ここまでの話は大体理解したが、質問が二つある。最初にこの問題が拡大するとして、ゲーム内にどこまで影響が出ると思う?」


「クラン同士の戦争とかはシステム上起こらないですけど、いろんな所でコミュニティの雰囲気が悪くなるとは思います。あと、ゲームアドバイザーの席が激しくなるのも」


 ゲームアドバイザーとは名前の通り、ゲーム内容に関してプレイヤー代表として意見を述べる立場の人間で、年末大会の成績上位者など上級プレイヤーを中心に選出されている。


「確かに何かを変えたい人間には、喉から手が出る程に欲しいポストだな。だが自らの技量を以て手に入れる事自体、私は健全な行為だと思う。もちろん、何らかの不正が行われない限りはだが」


 続く質問は、いつか来るだろうとチアキも覚悟していた物だった。


「君は、私にこれを伝えて何がしたいのか。ここまで来てまさかとは思うが、どちらかを支持して欲しいとかじゃないだろうな」


「逆ですよ、逆」


 だからこそと言うべきか、返事は早かった。


「直接言うのもなんですが、師匠は将来スポンサーが付いたり、大勢の人から注目を浴びたりとか、色々期待されてるプレイヤーですから。事情を良く知らずに今回の騒動に関わるような事がないよう、気を付けてと言いたかったんです」


「……それだけか?」


 半ば呆れたような反応に対し、「大した話じゃないと最初に言いましたから」と開き直るチアキ。

 友人であり、プレイヤーとしても逸材である彼女が、今回の事で余計なトラブルに巻き込まれたり、ゲーム内での経歴を汚すような事になって欲しくない。余計な事と非難されるかもしれないが、その事を伝えんが為だけに用意されたのが、これまでの長話だった。


「随分と下に見られたものだ」


 返ってきたのは彼女と話す上で、何度も聞いてきた不遜な物言い。だが内容に反して、普段には無い優しさが混じった声だ。


「……だが忠告は聞いておく。ありがとう」感謝の言葉がそれに続いた。


「……コホン、もう一つ質問を忘れていた。チアキ、君自身はこの問題をどう考えている。少なくとも君個人は戦艦の方を好んでいると思うが」


 気まずい沈黙が場を支配しそうになるが、それはアレクサンドラの咳払いと三つ目の質問によって破られた。


「師匠に伝えたのと同じです。自分はプレイヤーとしての損得関係なしに、現時点での厳格なバランスが維持される事を望みますし、どちらかに組みする事はまずないです。あと巡洋艦も好きですよ、ダイドー級とかも」


 現実世界でのチアキはただの学生だ。それも暇を持て余し、社会に呑まれるのを待つばかりの今時の学生に過ぎない。天下国家を語るなど、難しい事に自ら首を突っ込む事も殆どなかったが、今回は殆ど迷いのない様子で自分の意見を述べた。


「声高々に中立を掲げるのは勇気がいるぞ。正論だろうと双方から睨まれるからな」


「だから今回はこっそり伝えに来ました。もっとも自分程度の実力じゃあ、睨まれる以前に鼻で笑われるのがオチですよ」


 弟子の覚悟を確認すべく応酬が続く。その後に師匠はふと、この場に居ないフレンドの事を思い出し、再び彼に言及した。


「ライトの奴も知っているのだろうな、この問題」


「知ってるとは思いますよ。どうせ『戦艦も空母も魚雷の的だから関係ない』とか真顔で言い出すから、特に話はしてませんが」


 すると二度目の噂話に引きつけられたのだろうか、二人の元に新しい画面が投影される。画面の向こうには白い軍服を着た、快活そうな青年。件の遅刻者がようやく参加したのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「いやあ申し訳ないッス本当に。二人だけで研究会って気まずかったでしょうに……。いや、そういう意味じゃなくて――」


「まったく……」


 大遅参の末に加わった三人目の参加者は、不在期間の分までと言わんばかりに、合流から饒舌にしゃべり続けている。顔をしかめるアレクサンドラへは「あ、姐さんは今日もお綺麗ッスね」とゴマをする事も忘れない。

 そんな口が減らない友人へも、二人はこの件について質問してみる事とした。


「うーん、どの艦種にも魅力があるゲームなんで、そこらへんはプレイヤーの皆も忘れないで欲しいとだけ言っときます。もちろん自分は駆逐艦が一番ッスけど」


 駆逐艦狂の自由人から返ってきたのは、意外な程にまともな言葉だ。この予想外の回答が止めとなり、二人だけの時に張っていたある種緊張した空気も、完全に緩んでしまう。

 これでは騒動に関する話など続けられるはずがない。以降の研究会は、最近の調子や年末大会の予選へ向けた話など、さらに脱線を続けた末に解散となった。


 こうして三人は、彼らにとっての当たり前である、平和にゲームを楽しむ日常へと戻っていく。

 もっともその日常と言うのは、まるで劣化したコルダイトが前触れもなく発火し艦を轟沈させる様な、予想できない危険を孕む物になってしまうのだが。



【第一章 六月十五日の遭遇戦】へと続く

ご覧頂きありがとうございます。今回は文章表現や展開など、いつも以上に至らない部分が多かったかと思います。気になる点などあれば、後学の為どうか感想等で教えて頂ければ幸いです。


前置きが本当に長くなりましたが、次回からついに海戦すると思います。

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