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極道メイドには秘密がある  作者: 名取秀一
1/13

名家には変な風習がある

千尋(ちひろ)、今日からお前にはメイドとして働いてもらいます」


 春の日も暖かくなり始めた四月も半ばのころである。

 実の母からの突然の言葉に仙川千尋(せんかわちひろ)は困惑していた。


「申し訳ありませんがお母様、おっしゃっている意味がよくわかりません……」


 千尋が困惑し言葉を詰まらせるのも至極当然。何を隠そう、仙川千尋は名前こそ女性らしさを感じさせるものの、その性別は男性そのものであった。そして本来『メイド』という職業は男性が就くにはあまりにもイメージから遠くかけ離れているものであったからだ。


「あら、いけない。話を飛ばし過ぎてしまったようね」

 

 ここで千尋の脳裏にこれまでの経験からある一つの予感がよぎる。それもとびきり悪い予感が。千尋の不安など露も知らない母、仙川千鶴(せんかわちづる)はこう続けた。


「あなたも知っての通り、我が仙川家は女形歌舞伎の名家です。三男であるあなたにも千春(ちはる)千秋(ちあき)のように女性よりも女性らしい立ち振る舞いを覚えてもらうために厳しい教育をしてきました」


「……はい」


 母の言葉に千尋はそれまでの人生を思い返していた。物心つく頃にはすでに女の子の恰好をさせられ、小学校は丸々六年間女の子として過ごすことを強要され、加えて中学校では女子校に丸々三年間、女子として通わされる始末。おかげで思春期というものとは全く縁がなかった。

 そして晴れて中学を卒業し自由の身となれたと感じていた喜びも束の間、千尋は母に呼び出され茶室の間でお互いに正座で向き合っている。

 これから母の口から出されるであろう無理難題に頭を抱えるのも時間の問題であると千尋は覚悟を決めたのだった。


「仙川家では代々、生まれた子が十六の歳になるときに女形を極めるための修行に臨んでもらうことになっています。これはあなたの兄様たち、千春や千秋も通ってきた道です」


「はぁ……なるほど」


「千尋、あなたに今回やってもらう修行はズバリ『メイドとして一年間働くこと』です!それもただのメイドじゃありません。仙川家と交流のある由緒正しきお屋敷の専属メイドとして働いてもらいます」


「それにただのメイドとして働いてもらうわけではありません―――」


 ギラリと光る千鶴の目に千尋は思わず固唾を飲んだ。


「小学校中学校と女性として過ごしてきたあなたに今更女性の恰好をすることに抵抗はないかもしれないわ。でもメイドは恰好だけではいけません。きちんとご主人様の身の回りのお世話をしてあげる奉仕の心、加えて自らも側仕(そばづか)えとして主様に恥じをかかせぬよう気品を持つことが必要です。これは一長一短で身につくものではありませんよ」


「は、はぁ……」


「そしてこの修行において何よりも一番大事な課題(ミッション)があります。それはメイドとして働いている間、あなたは何者にも自分が男であるということをバレてはいけないということです!」


「ええええっ!?!??」


「当然でしょ。何か課題がなければ修行にならないじゃない」


 そう言いながら千鶴は、ふふんと鼻を鳴らしながら楽し気に続けた。


「あ、男だってことがバレた時点で修業は即終了ね。その場合、この家を出てもらうことになるわ」


「めちゃくちゃだ……」


 正座したままがっくりと肩を落とす千尋を尻目に、千鶴は立ち上がって部屋を後にしようとした。


「さあ、話はこれでおしまい、早速支度しなさい。あなたの部屋の荷物はもう向こうに着いてる頃だから後はあなたが身支度するだけよ」


 もうそこまで手が回っているのか。と千尋はショックを受ける間もなく腹を括るしかないのであった。


「あなたが一人前になって帰ってくることを楽しみに待ってるわね♪」


 この時の母の笑顔は千尋にはまるで悪魔のように見えたという。

 ふんふんと鼻歌交じりに千鶴は茶の間を出て行った。

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