59 成人の儀
「大和と愛吹は、私を母として受け止めてくれるのですね」
「うん、俺達も神さまってのには、抵抗がないといえば嘘になるけど。人から聞く話しだけでは、実感もわかず真実実も感じないから、アマビエに頼んで、常世に来たんだ。蘭もそのつもりだったんだけど、あまりに想定外のお母さんで驚いて戸惑っているだけだと思う」
「そうですか、大和と愛吹が柔軟に受け止めてくれて、少し安心しました」
母は嬉しそうにそういい、俺、愛吹、義父、義母の順番に目を移し、義父と義母に目で礼をいうように、こくりと軽くうなずいた。
蘭のほうは、「ありえない、ありえないぞ」と頭を抱え込んでいたが、恥ずかしそうに俯いていたトヨタマヒメが意を決したように、ポテポテと蘭に近寄り、ペトーっと抱き付いたら、蘭は悪いものを吸い取られたようにヘニャーっとした顔になり、「母さん、本当に母さんなんだな?」と念を押していた。
何かの神力だったのかも知れない。とにかく親子の対面はひと段落したようだ。
龍宮での宴は、見事だった。天女のような綺麗な何人もの女性が袖の長い絹布をふわりふわりと靡かせて踊ったり、葦原から来た我々もなんかやれとのことで、叔父さんの剣舞の披露があったり、アマビエの芦原ファッションショーがあったり。愛吹は流行りの歌を歌い、蘭は斬撃を飛ばして見せた。俺は、イカ神石で庭に水球と墨玉を出して見せた。
母さんが面白がって、イカ神石を持って龍宮全体を暗雲に包んでみせたときには、その計り知れない神力に皆が恐れをなした。いきなり真っ暗になって、何も見えなくなるんだから、やば過ぎる。天の岩戸かぁ~
宴はみんなが自己紹介がわりのかくし芸を披露してそれなりに盛り上がり、終了して、それぞれが個別に用意された宿舎に移動する。自分の神力がアマビエ並みに上がっていた事に驚いた。常世の力なんだろうな。
常世には時間の流れがないから、宴会が延々と続くのかと心配していたが、一応葦原と同じように一日があり、夜になると眠るようだ。それが葦原の時間の何日にあたるとかいう相対的なものはなく、我々は門を戻ると門を通った葦原時間にまた戻れるそうだ。要するに時間が止まっている事になる。
これが叔父が懸念していた葦原から門を開いた場合にのみ可能な、時間の流れに対処出来る常世への訪れ方らしい。現状では多分アマビエにしか出来ない特別な能力だろう。
わだつみ宮は遠いらしいので、蘭一家は龍宮の迎賓館のようなところで、アマビエは土地神用の宿舎に、俺達は母の寝所に別れた。
「母さん、カルばーちゃん…時奴カルさんに儘同天皇の意思霊というのを退治して欲しいと頼まれたんだけど、そもそも、カルばーちゃんは信用しても良い人なんだろうか?」
俺は、一度会っただけのカルさんの言葉をまだ全部信用した訳ではない。意思霊も敵対して良いものかどうかも迷っていた。
「そうですね。時奴は代々神々の子供を葦原に受け入れるために働いてきた一族です。神の力や恐れもよく分かっているはずですから、むやみなことはないでしょう」
「母さんや、アマビエみたいに人の心が読めるようになるには、どうすればいいのかな?」
「ほんとうの神としての力が振るえるようになるためには、成人の儀を行えば正式に出来るようになります。大和も愛吹も、もう行っても良い年齢に達していますね」
「ただ、成人の儀には神としての仕事や世の中のバランスを守る義務もついてきます。まず今の人としての生活からは離れることになりますよ。だから、人として心残りのあることがあれば今のうちに整理しておきなさい」
「仕事って、どういうものなのかな?」
「例えばアマビエのように、葦原に降りて、海の管理をする神になるとか、常世に移って、葦原の歴史全体を監視するとか、そういうものになりますね」
神さまの仕事って、俺達の世界風にいえばオンラインゲームのシステムを管理する管理者みたいな仕事なのかな。と俺は自分風に解釈した。
「神の仕事は人の一生程度の長さでは出来ません。成人の儀を終えた神の一生は、常世に居ればほぼ無限、葦原では五百年程度になります。成人の儀を行わなければ、ある程度までの神力は使えますが基本的には人の一生と変わりはありません」
「で、成人の儀ってのはどんなことをするんですか?」
「はっきりとした決まりはありません、誰が審査をするというわけでもありません、神としての能力を行使すれば勝手にその力がつきますが、仕事を持たなければ神としての力はどんどん落ちて、普通の人になってしまいます」
「例えば、時奴の言う願いを聞き入れ、黄泉の力を持った意思霊をあなた達三人で退治すれば、成人できるでしょうね」
この母の言葉を聞いて、俺はふと思った。
もう母にはこの後の未来が見えていて、俺達が退治して成人することが分かっているんじゃないのか?これは、選択や決断ではなく、決まった未来なのではないだろうか?




