53 時奴カル
数日後、叔父の紅毛天龍から連絡が来た。俺と愛吹、蘭で時奴カルに会いに行く日取りが決まったとのこと。なかなかすんなりとは会える人ではないようだ。
今回いろいろ急展開したことで、愛吹、蘭とも何度か話し合った。三人とも寝耳に水、特に蘭は自分も神だったという事実はショックというか、バカを演じていてもかなりの戸惑いがあったようだ。
それでも、俺と愛吹が意外にすんなりと認めたのと同じ様に、蘭にも、そう言われれば…という子供の頃からの両親の言動やしつけに思い当たることが多かったようで、一応にヤサカニノマガタマ事件以前の状態、いや、運命共同体として秘密を共有する者として結束は強まった気がする。
「次の土曜に、スミス君の運転で行くそうだぞ」
それを報告に来てくれた蘭が言う。
「スミス君って、叔父さんの弟子のイギリス人の?」
「そうだ、彼は表向きは弟子なのだが、両親や私達の警護みたいなもので、時奴さんからつけられているそうだ」
「なんでイギリス人なんだろうな」
「民間の諜報会社の人なんだそうだ。ラパラ君とか他にもお父さんの弟子の外国人は一杯いるけど、みんなそうなのかも知れないな」
「知らない間に、彼らに警護されていたのだろうか」
「そんな物々しい護衛や警護がついているとは露知らず、のんびり船で釣りばっかりしていたけど、何から警護されているんだろうな?」
警護をつけるというからには、害をなすものがいるということだ。こんな小市民生活を細々と営んでいる俺達に誰が害をなすというのだろうか?育ての両親が怪我をしたというのは、それと関わりがあることなのだろうか?
「それほど深刻ではないらしいが、時奴さんに会えば教えてもらえるだろうと、お父さんが言ってたぞ」
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スミス君の運転で、俺と愛吹、蘭と天龍の五人が時奴邸についたのは、約束した日の午後だった。門で車を駐車し、用意されたカートに乗り換える。安全管理のためなんだろう、ゴルフ場のような邸宅内をカートで走る。よく整備された庭が続く。どれだけ大富豪なんだよ。
「門からカートで十分は走ったぞ。日本にこんな大邸宅があったんだなぁ」
生まれて初めてみた本物執事とメイド。案内されて行ったのは、蝶が沢山飛んでいる大温室の東屋だった。
「ヤマトノミコト様、アイブキヒメ様、ランヒメ様。こちらから伺うのが本来でありますのに、このような所までご足労いただき、恐悦至極に存知ます」
初めて見た時奴カルは、関西経済界の裏のドンなどと叔父さんが言うような恐ろしげな人ではなかった。年齢的にはたぶん八十歳は超えているだろうと推測するが、気品と教養を感じる優しそうな貴婦人だった。
話し方について押し問答があり、俺達は蘭も含めて、本人の希望で時奴さんをカルばーちゃん、俺達は大和君、愛吹ちゃん、蘭ちゃんで呼び合うことになり、お互い普通に会話することになった。
「ここは私のお気に入りの場所でね。ここだと、絶対に秘密が漏れることもなく安全だから、安心おし」
「ずーっと気になっていたんだけど、何にそんなに警戒しているんですか?」
「まずは、人間だね。あなた方が現人神だと分かれば、それを担いで、この国をひっくり返そうとする連中が出てくることだ、だからあなた達が気づくまでは自由にしてあげたくて、みんなで秘密を守ってきたのだよ」
この歳になるまで、自由奔放に生きられたのはこの人のお陰もあったのかと、俺達は頭が下がる思いで続きを聞く。
「次に人ではないもの…あの女の、意思だ」
「あの女というのは?」
「儘同天皇という飛鳥時代の女帝の怨霊のようなものなのだけどね、怨霊と呼ぶには、恨みを持っているのではなく強い意志の塊が霊化したものなんだよ、私たちは意思霊とでも呼んでいる」
「飛鳥時代って、今からざっと千四百年前よね、その時代の人の意思が今でも形を持っていると?」
愛吹が驚いて口を挟む。
「そら恐ろしい意思さね。そういうものが、この国には存在するのさ」




