47 大鯛
「おっ、今度はちょっと大きいかも」
そう弾んだ声を上げたのは、蘭だ。確かに、ヒットして直ぐにドラグが出ている。
「これはいいんじゃないか! 時間をかけてもいいから、慎重にな」
「……」
ドラグの出が思ったよりも激しいため、緊張して声も出なくなったようだ。やっと巻き取れだしたが、またドラグが出る。
「重い~!」
蘭は女子にしては、かなり腕力があるほうだ。その蘭がそういうのだから、やっぱり大物なんだろうな。なんだろう? 鯛だったら大鯛だよな。
「ふぅぅぅ~、せっかく巻いたのに、また引き出されるぅ」
「楽しいだろ?!」
「めっちゃ、楽しいぞ!」
「頑張れ!」
ドラグが出ているときは、流石にリールを巻けない。何十メートルか下のラインの先に付いている鯛の圧倒的なパワーにあわせ、竿で往なしながら耐える。鯛の突進が終わるのを見計らってまた緩々とリールを巻く。
巻いても、また引き出される。魚には、人間のようにファイトで生じた乳酸を自浄する力はないので、これを繰り返すうちに鯛のほうが乳酸を溜め込んでフラフラになってしまう。そうなればしめたもので、後は慎重に取り込むのみだ。
「浮いてきたぞ、鯛だ! 大鯛だぞ、蘭」
「へにゃぁ~」
鯛が網に入る。七十センチ近くあるんじゃないか? 流石は神石タイラバだな。
「やったなぁ~、蘭! 俺の最高記録よりもでかいぞ」
「すごーい、そんな大きなのがいるのね」
「ほっほぉ~、これは立派な魚じゃのう」
「ありがとう! 大ちゃん!」
蘭が感極まって抱きついてくる。柔らかな胸の感触、ふわっと香る良い香り。鯛より嬉しい。
釣りやってて良かった。
続いて、アマビエ、愛吹にもハグしている。
「写真だ、大ちゃん写真を撮ってくれ」
大鯛を重そうに両手で持ち上げ、笑顔満点の蘭、その両脇から抱きつくアマビエと愛吹。アマビエレンズを使わないとツーショットになってしまうのが残念だ。イヤぁ~ 良い写真だ。
メジャーで計測してみる。七十ニセンチ。ついでに鯛をバックにして、蘭とツーショットの自撮り。先ほどのハグの感触でやられてしまった俺は軟弱の極みだ。
そうこうしている間に、愛吹の竿にもかかったようだ。蘭ほどではないが、先に釣ったのより大きいみたいだ。
「本当に釣れるときは釣れるものなのね」
釣り上げて計測してみる。三十七センチ、これでも良い鯛だぞ。みんな大鯛を見た後だけに、このサイズが小さく見えるが十分なサイズだ。食べるのにも、このくらいがいい。
「じゃぁ、今夜の食材は十分だから、神魚を釣りに行くかぁ、愛吹の神力を上げるのと、神石もためておきたいしな」
「うん」蘭と愛吹は満足したように頷いた。
「今日は、サビキでなくチョクリで狙ってみようと思う。本当は冬場の真鯛を狙う仕掛けなんだけどな、神魚ならなんでも食いそうな気がする」
チョクリというのは、サビキ仕掛けのサバ皮などの部分がカラフルなビニール紐になった仕掛けだ。関西では、からかうことを、おちょくるという。ビニールの紐で魚をおちょくるが転訛してチョクリになったのだろうと言われている。
冬場の真鯛用に開発されたものらしいが、晩秋のハマチなどの青物が鯉のぼり状態で釣れるという話もある。神魚なら試してみる価値は十分あると思うのだ。
「愛吹は、俺と一緒に電動リール仕掛けで、蘭はこの間、買ったジギングロッドでやってみるか、持ってると大変だからこの竿受けをロッドに付けてな、竿受けにセットしたまんまでやるんだ」
神魚ポイントで、チョクリを水中に落とす。底に着いたら大きくしゃくる。待ったなしで二人とも、即アタリがきた。十本鍼、全長十二メートル、チョクリはこの扱いがやっかいだ。
「すごい、引きだ~、さっきの大鯛以上かもだぞ」
愛吹は電動リールだから楽なものだが、蘭は大変だ。そりゃハマチが十匹かかることもあるんだからな。
「強引に巻き上げろ~」
釣り人の夢は、誰よりも大きな魚か、誰よりも多く釣るかだと聞いたことがある。俺は人と比較することを前提にしたこの話には賛同出来ないが、今日は、そういう日かもだ。




