38 暮羽とのデート2
「アマビエが言うにはね。俺は神臭って木の匂いみたいなのがするんだってさ」
「そうなの?」
暮羽が、俺の香りを嗅いでみようと、鼻から息を吸い込んでいる。
「わかんない」
「アマビエは特別だよ、犬みたいな奴だから」
「神様と友達みたいね」
「まぁ、最近はずっと俺の船に途中乗船してくるし、友達みたいなもんだな」
「彼女みたいな?」
笑いながら、そう言う。きっと、暮羽はネットで流行った、あのアヒル口のアマビエを想像しているんだろうな、って思う。あの絵も、一応、性別で言えば女だもんな。
「そういう、お前はどうなんだよ」
「私? 私はそんな暇ないわよ。仕事一筋ね」
「キャリアウーマンの台詞だな。そんなこと言ってると行けず後家になっちゃうぞ」
「きっと、四分の一は大和の責任ね」
「それ、言うかぁ?・・」
「なぁ、俺達、さっさと結婚していれば良かったのかな?」
「どうだったんだろうね。もしそうだったら、私達きっと今とは全く違う人生を生きていただろうね。子どもを作って、毎朝、大和を送りだして、私は子どもを見ながら趣味で絵を描いて、晩御飯の献立を考えるの」
「そういう人生も、あったかも知れないな」
「まぁ、でも私たち、まだまだこれからだから。うん、お互いがんばろうね」
暮羽は、自分を納得させるようにそう言った。
時間という絶対的なベクトルを持った流れの中で、一つの選択が未来を変えていく、未来は様々に枝分かれしていて、その分かれ目に必ず選択がある。常世の世界のように、全く理が違う世界ではないけれども、こうして分かれていく世界も一つのパラレルワールドのようなものだと俺は思う。何かを得れば何かを失う、等価交換の法則は、この選択においても生きている。どの世界が俺にとって幸せな世界なのか、そもそも、俺にとっての幸せとは一体なんなのか?
それは、暮羽、いや世間の人みんなが同じ命題を突きつけられて日々を送っているんだろう。
ランチは、中華だった。中華と言ってもラーメン定食とかそういうものではなく、薬膳のコース料理で蟹肉のフカヒレスープが旨かったこと。これは、良いお店を教えてもらった、今度、愛吹を連れてきてやろう。
「ここの料理、女の子には人気なの」
「そうだな、優しい中華でホッとするというかそんな感じだな」
「でしょ」
そう言いながら、暮羽はバックからなにやら包みを取り出した。
「こんなものしか思いつかなかったのだけど、釣りに使って貰えたらって思って」
「えっ、そんな、気を使うことなかったのに」
「開けてみて」
包みを解いてみる。偏光サングラスだ、それも欲しかったメーカーのもの。
「おぉ! これ、欲しかったやつじゃん。貰っていいのか?」
「勿論、そのつもりで買ってきたんだから」
「これ、水の中が嘘みたいに見えるってやつなんだよ」
「よかった。喜んでもらえて」
「大和に貰ったこの魚の石ね。これ持ってると元気になる気がするの。これのお返しね」
と暮羽は、この間、俺が病室に置いて帰った神石を手にしている。
「あぁ、神石って俺は呼んでいる。神力の塊だから、パワーストーンには間違いないぞ。きっと暮羽に悪い虫は寄ってこないわ」
「私を不幸にして、どうするのよ、もう!」
「わはは」
暮羽のお礼ということで、お金を受け取ってくれるはずもなく、最初に待ち合わせした駅前まで戻ってきた。
「じゃ、ここで。今日はありがとう」
「うぅうん、私の方こそ、ありがとう」
「仕事、がんばれよ」
「大和もね」
手を振って、暮羽に背中を向けて歩き始めた。
また、俺達は、一つの選択をしたのかも知れない。




