37 暮羽とのデート1
メールが来た。暮羽からだ。まだアドレスを残していたんだと、少し驚いたが俺もだから、人のことは言えない。
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この間は、本当にありがとう。
お陰で、退院できて嘘みたいに元気になれました。
神力、すごいよね。
もう少し、自宅で療養したら、また仕事に
復帰しようと思ってます。
それまでに、一度ちゃんとお礼を言いたいのですが
私と会うのは嫌でしょうか?
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別に嫌だとか、そんな筈はない。かつての彼女とは言え、喧嘩別れをしたわけでもなく、お互いきちんと話し合って、お互いを尊重しあって別れたのだから。ただ、彼女に新しい彼氏がいるのなら、その人に申し訳ないなと思う程度だから、彼女からの誘いなら、断る理由もない。
俺はそういう旨をメールで返信し、次の休みに会うことになった。
待ち合わせ時間よりも少し早めに、駅前のわけの分からないモニュメントのところに行くと、もう暮羽は来ていた。淡いレモン色のロングスカートに白い七部袖のブラウス、帽子と日傘という、どこかモネの『日傘の女』を連想するような組み合わせだ。
「ごめん、待ったかな?」
「うぅうん、未だ待ち合わせ時間前だもの」
「まず、最初にちゃんとお礼を言うね。今回は、本当にありがとう。大和に助けて貰えなかったら、もう、どうなるか不安でたまらなかったの」
「何を改まって。偶々だし、出来ることしかやってないから、そんなに改まってお礼を言われるほどのことじゃないよ。成り行きっていうか、そんな感じだから」
「大和がそう思ってるにしても、私にとっては真っ暗な穴に落ちかけたところを、救い出してもらえた。そういう気持ちなのに、月並みなお礼の言葉しか見つからなくて…本当にありがとう」
「まぁ、俺も半信半疑だったんだけど、効果があってよかったよ。で、今日はどうする?」
「お昼に、お店の予約を取ってあるの、それまでは公園でも歩く?」
「そうだな、そうしよっか」
うちの街には、天下の名城と言って良い、世界文化遺産のお城がある。このお城の三の丸や、お堀廻りは結構な公園になっていて、その中に美術館や博物館、図書館、動物園や日本庭園が設置してある。
美術館や博物館は、付き合っていた頃に何度も行ったので、日本庭園に行ってみることにした。人の多い三の丸やお城よりは、若干落ち着ける場所ではある。
「仕事はどうなんだよ?」
アヤメなのか、菖蒲なのかカキツバタなのかは分からないが、シュッとした濃い緑の葉の中に咲く、紫色の結構大きな花を観ながら聞く。
「丁度、やっていたのが終わったところだったから、穴は開けずに済んだの。でも次の作品も決まっていたから、そっちは別の人でってことになっちゃった。大和のほうはどうなの?」
「そうか、あまり迷惑をかけるようなことにならなくて良かったな。俺は、相変わらずかな。アシスタントも優秀だし、毎週、週末に釣りに行けるくらいの余裕はあるよ」
「釣りばっかり行ってるの?」
「そうだな、お前といた頃は偶に遠征に行くくらいだったけど、船を買ったから、毎週、釣りに出てるな。油代もバカにならないけどね」
「海で神様に会ったの?」
「そうそう、突然、海からヌーっと現れて話しかけてくるから、俺は海坊主だと思ったね」
「そりゃ、驚くわね」
「うん、腰が抜けた。その前に既に神魚を釣って不思議なことだらけだったから、割とすんなりと納得したんだけどね」
鯉の泳いでいる池の飛び石を渡り、後から来る暮羽に手を差し伸べ、久しぶりに握るその華奢な手の温もりで昔を懐かしんでいた。そうだ、こういう手だったな。




