32 ティップラン1
神魚を釣っていて季節感がバカになっていたが、春イカの季節である。この間のアオリイカは神魚だったから、神石に変わってしまったが、俺はアオリイカが食べたいのだ。
蘭が、次行くときも絶対誘え、誘わなければ呪うと言うので、昨日は蘭と二人で船倉を片付け、トイレもなんとか使えるようになった。愛吹は、蘭も使えるようになった神力にかなり興味があるようで、少し思わせぶりなことを言っていたが、結局のところは今回はやめておくらしい。
蘭にティップラン用の竿と餌木を買って来いと言ったら、シ○ノの廉価版のロッドを買ってきた。十分だろ。
ティップランという釣法は、十年ほど前から三重県あたりで開発され流行りはじめた、イカ、主にアオリイカを船から釣るための方法だ。イカをエギというルアーで釣る方法をエギングと言うのだが、竿先が極めて柔らかいそれでいて中間と根元のしっかりしたロッドを用いて三十~九十グラムもある重いエギを用いて、船を潮に流しながら釣る変わったエギングだ。このために、ベリーとバットがしっかりしたものが必要になる。
エギを沈め底についたら、とにかく素早くリールを巻きながら竿を上下させる。コブダイを釣ったときのポンピングを細かくヒュンヒュンと音が鳴るほど素早く行う。これをシャクリというのだけど、四~五回程度シャクったら、ビタッと止めて船の流れに合わせて流す。
するとイカからは、餌になる活きの良い小魚が何かに驚いて底から飛び出て、その後、のほほーんと泳いでいるように見えるのだろう、餌としては申し分のないヘッポコ野郎だとばかりに、いただき~ と触手を伸ばす。
釣り人のロッドティップが柔らかいために、触った瞬間ティップが上がるとか下がるなど微かな反応が出る。釣り人は、その瞬間を逃さず、竿を振り上げて即掛けするのだ。
アタリは、ほとんどがシャクリの後、止めた瞬間に出ると言われ、この瞬間は、アッチムイテホイ並みの洞察力と瞬発力、そして集中力が要求される。
こういう受け売りを長々と船の上で蘭に説明して、いざ実釣~。船をドテラ流し(風や波に乗せて自然に流す)にして蘭と流す上流側に並んで釣り始める。
「おう! わかったぞ、大ちゃん」
「本当に判ってんのかな?蘭は脳筋系の残念美女だからなぁ~」
「誰が残念だと? 剣の道が全てに続くことを見せてやる」
ビシッビシッ!
しゃくりは凄い、素人の癖に無駄な動きがない。剣道で素振りをやりまくってきたからだろうな。
「♪ふんふふーん」
「蘭、本当に判ってるか? なんだか構えがなってないように思うのだが」
「構えあって、構えなしと言うぞ」
「誰の言葉だ?」
「宮本武蔵」
「♪ふんふふーん」
ビシッ!
「来たぞ、大ちゃん」
「まじか~? ラインのテンション張ったまま、ゆっくり巻くんだぞ」
墨を吐かすこともなく、俺が構えた網にうまく入れた。一キロあるか、ないかのアオリイカだ。
「初イカおめでとう! いえーい!」
蘭とハイタッチ。
「♪ふんふふーん」
ビシッ!
「ウソ?」俺は思わず呟く。
次も蘭だった。マネしてみようかな?
「♪ふんふふーん」
「♪ふんふふーん」
ビシッ!
「へっ?」
やっぱり蘭だ…
「へっへっへ、蘭さんお上手で・・・」
「大ちゃん、悪役商人みたいになってるぞ」