3 魔法
「あー痒い」
ゴム製のデッキブーツを脱いだら、足の指が痒くなった。
デッキブーツを履き始めてから患った水虫だ。
「そうだ、アレを試してみよう」
靴下を脱いで、手のひらを足の指にかざしてみる。
患部が熱くなって、痒くなくなった。
「スゴイ! 水虫が治った!」
「しかし、魔法を手に入れて最初に使うのが、肩凝りと水虫って、俺はどれだけ小市民なんだよ」
自虐ネタで笑いながらも、確かに魔魚を釣って、治癒力っぽい魔法とも気功とも呼べるものを手に入れたようである。
今のところこの程度の使い道しかないが、すごい能力じゃないかな。
これは、次の休みも魔魚を釣るしかないでしょ。
あの異世界へのゲートが動いていなければの話しではあるが。
まぁ、こんな話しは笑われるだけで誰も信じないだろうから、しばらくは俺だけの秘密にしておこう。
独り占めにしたいと言う欲もあり俺は自分にそう言い聞かせた。
どんな力を手に入れたとしても、所詮、俺は小市民なのだ。
「えぇ! ボウズ? 夕食どうすんのよ!」
家に帰って、何も持ち帰れなかったというと、妹の愛吹のきついブーイング。
「そんな事を言っても、釣れなかったもの仕方ないだろう」
「お兄ちゃん、そう言って仕方ないで何でも済ませちゃうから、暮羽さんにも嫌われちゃうのよ」
「えっ、それは関係ないだろ!」
暮羽とは、俺の元カノ。
五年も付き合ったのだが、結局別れてしまった。
「仕方ない、今日は外に食いに行こう」
父の海外赴任に母も付いて行ったので、五つ下の妹、愛吹と二人暮しをしている。
まぁ、こんな口煩い妹がいるもので、次の彼女を作ろうという気力も萎えてしまったのかも知れない。
付き合っていたとき愛吹は暮羽にかなり懐いて慕っていたから、俺たちが別れた後、暮羽が我が家に出入りしなくなった時は、傷心の俺には何も言わなかったが随分と心中複雑だったようだ。
暮羽とは今でも時々会っているらしい。
「じゃぁ、今日はお兄ちゃんの奢りね。そうだなぁ〜、お寿司がいいかな」
「ハイハイ、回る寿司でいいんだろう?」
「回らないお寿司なんて、連れて行ってくれた事がないじゃない」
近くの回転寿司に入り、カウンターに並んで座る。
魔魚か・・・
食えないのが残念だな。
俺は、目の前を流れる寿司を見ながら、まだ魔魚の事を考えていた。