22 キス
朝五時、車で蘭を迎えに行く。
愛吹も一緒に来るか? と誘ったが、船に弱い上に、紙おむつなんて絶対イヤだと、火を噴く勢いで拒否された。紙おむつは冗談だったんだけどな。
仕方なく、今日は蘭と二人での釣りだ。
「おはよ」
殊勝なことに蘭は既に家の前で待っていた。
「道具とライフジャケットは、お前の分も持って来たからな。自分の食料と釣り餌だけ買ったら、出船だ。コンビニでトイレだけは済ませとけよ」
「ラジャー! 船長!」
蘭は、ピンクのパーカーに紺のスパッツとショートパンツ、それと同じ色のニット帽にサングラスを乗せ、帽子の前に手をかざして敬礼した。
言いたく無いが、可愛い。
二十二歳の確かに釣りガールだ。なんだか良い匂いがする。釣具屋で石ゴカイを買い、コンビニでトイレを済ませて出船。
蘭は、腰にライフジャケットを巻いて風を受けて立ち、ご機嫌だ。よし、今からお前に石ゴカイの穢れを擦り込んでやる。
釣り場に到着。
先ずは、蘭の道具をセットしてやる。同軸リールのタイラバロッドにキス用の天秤、錘をセットして九号のキス鍼に石ゴカイを千切ってつける。
「覚えたな。次からは自分でやれよ」
「理解したもん」
だから、その『もん』ってなんだ?
「じゃ、見てろよ」
やってみせる。
リールを解放し、底を取り、少しだけ巻く。後は、軽く竿を上下させる。
コンコンコン!
早速アタリだ。アワセてリールを巻き揚げる。
「すごい! もう釣れたのか?」
「二十五〜六センチ、良いキスだよ。天ぷらにしたら美味いぞ〜」
「この要領で、後は自分でやってみな」
俺は、キスをクーラーに入れながら、蘭に道具を手渡した。
「錘がトンってなったら、底なんだな。で、少し巻いて、竿を上げて、下げて…わー!ブルルンってなった」
「それがアタリだから、手首だけで竿を返してフッキングするんだ」
「きゃー! 釣れた。釣れた〜」
「うん、じゃ魚を外して、餌をつけて後は同じね」
「えっ!」
蘭は、心なし涙目になっているが、知らない。思う存分、ゴカイの洗礼を受けるが良いわ。
俺は少し魔王の気分を味わっていた。
俺も道具をセットして釣り始める。
蘭は、最初は魚を外すのと餌付けに苦しんでいたが、段々と要領が飲み込めて来たようで、順調に数を伸ばしている。
「やや! なんだか可愛いのが釣れた〜 金魚みたい!」
と言うので目をやると、赤い小さな魚に蘭が手を伸ばしていた。
「ダメだ! 蘭! それ触っちゃ!」
「痛っ!」
ハオコゼだ。この地方では、『お姫さん』と呼ばれ、小さくて愛嬌のある顔をしているが、背びれに毒があり、死ぬことはないが、刺されると強烈に痛い。
しかも、痛みで毒の回りが分かるので、手先から段々と心臓に近づいて来る痛みには、かなり恐怖する。
「間に合わなかったか! ハオコゼだよ。背びれに毒があるから、絶対手で触っちゃいけないんだ」
「めっちゃ痛いぞ〜! そんなの早く言って欲しかった!」
釣りガールを名乗って、それを知らないお前が悪い。と思うが、それは口には出さず。
「段々痛くなるし、しばらく続くぞ」
「シクシク。痛いよー」
涙ぐんでいる。
「取り敢えず、これで洗え」
ペットボトルに入れた神水で、刺された指先を洗ってやる。ついでに、こっそりと神力を注ぐ。
「あっ、なんか突然楽になった」
へぇ、神力、毒にも効果があるのか。マジ万能だな。
「テヘッ。その水すごいね」
「イヤ、ただの真水だよ」
「それに大ちゃん、神力、使ってくれたし」
「えっ!」
まさか、蘭が神力を知っているとは思わなかった。




