10 クリームパン
翌日、また海の上。
「なぁ、アマビエ…アマビエさん…おい! バカ神!」
「なんじゃ?」
罵られないと反応しないのかよ!
「神は、名前にはこだわるものじゃぞ」
得意そうにアマビエは言う。
いや、こだわって『バカ神』ですか? 単に謗られているだけなんですけど?
「昔、俺と同じように神力を持って神水を作り出した人がいたようだけど、アレもお前の仕業なのか?」
「知らんのう、我は瀬戸内海担当じゃからの、他の海のアマビエが、同じ事をしたかどうかは知らん」
「担当とかあるのかよ?」
「そりゃ、人間は羽虫の如くおるでの、世界中の海までは我一人では、手が回らぬ。人間は平気で海を汚すので、他の海神には、ちょっと間引いてはどうじゃというておるのもいるの」
また、ヘンタイのくせに、シレッと怖い事を言う。
「この間、俺も神水とやらを出してみたけれど、風呂桶にいっぱい作ったら気分が悪くなったぞ」
「そりゃそうじゃろ、また派手な事をやったの。そなたは、神力を使えるようになったと言っても、まだ目の見えない赤児のようなものじゃからの、使いすぎて死ぬ事はないが、しばらく寝込むくらいの事はあると思うぞ」
「ふーん、死ぬ心配はないんだな」
「頭を使いすぎて、おかしくなる者はおっても、それが原因で死ぬ者は、あまりおらんじゃろ? あれと似たようなものじゃ」
話しながら、俺はメタルジグをセットしたジギングロッドをしゃくりながら巻き上げる。
カツーンっと金属的なアタリ。
重い!
「おっ! 釣れたのかの?」
アマビエは、船縁から海を覗き込んで見ている。海の神様のくせに釣りを見ているのは嫌いではないようだ。こうしていると、綺麗な女の子と二人で釣りをしているようで、アマビエといるのも、まんざら悪くないと思う。
竿で抜き上げる。
銀色と言いたいところだが、やはり虹色にキラキラ光る長い刀のような魚体。タチウオだ。
程なく消えた。
「神力は知識と同じようなものじゃからの、数を釣り能力を上げ、使い方を工夫出来れば、出来なかった事も出来るようになるが、まとめて使えば疲労のようなものが溜まるでの。そうなれば、しばらく休むことじゃ」
なるほど、使い方の工夫や試行錯誤で変化するということか。
死んだ魚の切り身が美味しくなったのも工夫の一環みたいなものなんだな。
まだ俺の神力は、身体の表面に出来た傷や肌荒れを治す程度の事しか出来ない。言うなれば、絆創膏や塗り薬の代わり程度のものなのだろう。
色々と使い道を工夫してみるのも面白いかも知れないな。
それにしても、この常世の海は季節感が無い、春イカや乗っ込みの真鯛が釣れたと思ったら、タチウオまで。いったい、いつ産卵していつ死んでいるのだろう?
「このクリームパンとやらは美味いのう」
アマビエはいつの間にか、俺のクーラーを開けてコンビニで買った五つセットのクリームパンを食べている。
「それ、俺のオヤツじゃんかよ。神力を持った人が、ほとんど食べなかったというのに、神様のお前は、食べるのかよ!」
アマビエにも大分馴染んできました。
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