1 魔魚
「はぁ〜、海の神様! 釣らせてくれよぉ」
俺は、いつものマイボートで瀬戸内海で釣りをしていた。
天気は良いのだけれど、釣果はパッとしない。魚がいないのだ。
魚探には、ほとんど魚影らしき反応が出てこない。
「仕方ない、魚影を探してみるか」
島野大和、二十七歳、普通の会社員の俺は、特に得意なものも無いが、釣りだけは大好きで、二年前に中古のプレジャーボートを買って、休みの日はこうして一人で瀬戸内海に浮かんで釣りをしている。
釣りだって大好きなだけで、人よりも凄い釣果をあげるとか、特別な能力があるわけでもない。
人と接するのが苦手だから、当然女房どころか今は彼女も存在せず、そういう煩わしい事よりも、こうして釣り糸を垂らしている方が幸せだと思う。
「うーん、潮が悪いのかなぁ〜」
しばらく魚探で魚影を探しながら、回遊してみる。魚探のナビにポイントされた実績のある場所を転々と移動して反応を見てみるが、さっぱり魚影らしき魚影も映らない。
大きく場所を移動しようと、普段、誰もいない場所を移動中にふと気になった場所があり、船の速度を緩めて再び魚探を見てみる。
「ん!」
一瞬だけ底の方だけ、真っ赤に魚影らしき群れの反応があった。
直ぐに消えてしまったので、ピンポイントで固まっているようだ。
「見つけたぞぉ」
船を反転させ、再び反応が出た場所で魚探ナビのマーカーを打つ。
周りには何もない海の真ん中。
この海域の決まりでアンカーを打つ事は禁じられている為、船を極微速にして、そのポイントの真上を維持して、セットした鯛ラバという鉛の塊のルアーを底まで落とす。
スルスルっとフリーになったリールから、糸が繰り出されて行く。
魚探の情報から、底の水深は約六十メートル魚影は底から上に十五メートルほどの間に出ている。
リールの表示が水深五十メートルに至ったところで、着底したようにそれまで真っ直ぐだったラインが撓んだ。
フォール中に魚が食ったという状況だ。
リールのストップレバーを起こして、竿先できいてみる。
クン、クン、クン、ズーーン!
いわゆる向こう合わせという状況で、強烈なアタリ。
「で、でかい!」
自慢の鯛ラバロッド折れるかと思うほど半月状に曲がり、竿先は水中まで引き込まれる。
リールのドラグが音を立てて逆転しラインが引き出される。
巻いては引き出され、巻いては引き出され、おおよそ三十分は格闘しただろうか、やっと魚体が水面下に見えた。
推定七十センチ。
やっとの思いで網でとり込んだその魚は、一見、真鯛、しかし虹色に光る初めて見る魚だった。
デッキの上で激しく跳ねていたが、大人しくなったと思ったら、あろうことか、虹色のガラスが砕けたような光りになって消えた。
「えっ!なんだよ!どういう事だ?」
わけがわからない。確かに今、自己記録であろうサイズの真鯛っぽい魚を釣り上げた。
その魚はどこへ行ったんだ?
はじめての長編の予定ですが、
とりあえず、はじめてみます。
残酷な描写は出てこない予定なのですが、念のためR15にしています。