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そしてぼくらは狂気にはしる

柴田のスマホを探す修二たちは思わぬ事実に突き当たる。そしてそれも謎の中に。そして真一の自供もその謎をますます深めていく。やがて複雑に絡み合った人間の宿命と業が現れ消える。涼子はその謎を解き明かすことができるのだろうか。狂気を前に。


「とにかく智明のスマホを見つけよう」

「だけどあては?警察が見つけられないんじゃ、あたしたちには」

「ないってことは捨てられた以外は誰かが持っている。それは確かだ。そうしてそのスマホはまだ生きているとさっきの調査官は言ったよね?」


どこかに智明のスマホはある。それがぼくらに何を訴えようとしているのか。


「スマホが生きてるってことは、たまに電源を入れてるってことだろ?」

「そうね。充電のときとか」

「なんでわざわざ充電までしてスマホを持っているんだ?」

「そうよね。どこかに捨てちゃってもいいのに。川や海に」

「何か残しておきたいものがあったんじゃないか?」

「それって」


とにかくぼくらのできることは限られている。スマホを持っているのはこの中の3人。修二としのぶと、咲子も持っていた。日中、とにかく智明に電話をかけまくる。交代で。そう決まった。電話番号は母親から聞いた。


スマホに電源さえ入れられたら位置が特定できると涼子は言っていた。ただ、特定できるだけで捜査員がそこに行ってもすでスマホはないだろうとも。


しかし近くでスマホの反応がした場合、それなら意味が違ってくる。ぼくたちは辛抱強く、そして執拗にかけ続けた。


咲子が血相をかえてみんなのところに来たのは5時間目が終わった休み時間だった。


「聞いて。あたしが携帯かけてたら」

「落ち着け、咲」


義文が咲子を制した。肩で息をしているが、元来体が弱くそんなに慌てて走ることができないはずだ。それでも早くみんなに知らせようと精一杯走ってきたのだ。


「職員室の前でかけてたら」

「おまえ、思い切ったことするな」


さすがに見つかったらただでは済まない。中学校では許可がないと持ち込み禁止なのだ。それを修二は言った。


「咲は大丈夫。許可があるから」


またも義文が言った。修二はさっきからの違和感にようやく気がついた。


「お前たち付き合ってるのか?」


しのぶはえ?っという顔をした。そういえば咲子はなんでみんなについて来たんだろう。


「邪推すんな、修二。俺と咲は姉弟なんだ」

「え?でも」

「そうだ。事情がある。今は聞かないでくれ」


咲子はうつむいていた。義文は謎が多すぎる。いや、自分たちが何も義文のことを知らなかったに過ぎない。大きな体に態度。見るものを委縮させるには充分だ。そんな義文を理解しようとすること自体考えられない。修二はそうやって自己弁護した。


「わかった。じゃあ、スマホに戻ろう。職員室からって、誰のとこから?」

「吉井、先生」


担任の吉井静江だ。


「偶然かも知れないだろ、それって」

「うん。でも体育の岡崎が、吉井先生携帯鳴ってますよって言ってたけどガン無視だった。そのうち繋がって留守録になったのであたしがメッセージ入れたの」

「どんな?」


「放課後、屋上に来てと」


咲子は真剣だった。



添田涼子は大磯と一緒に真一の接見に臨んだ。

相変わらず何も話そうとしない真一はもうほとんど限界のようだ。しかし何がそうさせるのか、凛として表情も見せず、正面を向いたままだった。


大磯の問いかけにも答えない真一は審理にかけても引き延ばされ、そして二十歳を経た段階で起訴される。自白でも何でも、この時点で審判がなされない限り真一に対する量刑は発生しない。それは永遠の牢獄を意味する。審判のできない少年については、時間をかけ、やがて家裁から地方裁判所に、そういう風に簡易的手続きが取られる。慢性的な非行習慣のある子供には効果的でも、真一のような一途な人間に使っていいはずがない、そう涼子は考えている。


「おーい、真一。今日はおねえさん、いいものを持ってきたんだ」


そんな言葉には動かされないぞと、真一の目は固定化した。が、うつむいた表情に涼子は確信した。こいつは何か知らないが、頑張ってるんだ、と。そういうやつを見るととことん応援したくなるのが涼子の性格だった。そういう涼子をいい加減止めるべきだとは大磯は思ったが、それでは涼子の作戦を台無しにしてしまうことになると思い、黙った。


「じゃじゃーん。これです。カッターナイフの刃と画鋲です」


ビニール袋に入れられたカッターナイフの刃がたくさん入っていた。同じく画鋲も。それを涼子は真一の目の前でひらひらさせた。


真一は少しも驚いたような表情を見せず、黙っているだけだった。


「あれー?ちょっとは驚くと思ったのに。じゃあこれは?」


今度は小さなビニール袋に入ったものを真一に見せた。青いざらざらしたものが入っていた。真一はちらっと見ると、明らかに表情を変えた。しかし咳き込む形で誤魔化そうとした。


「やっぱりね。あいつがやってたんだ。大磯裁判官、直ちに観護措置を請求します」


涼子は大磯にそう告げると手元の資料をまとめ接見室を出ようとした。


「待ってください」


ゆっくりと涼子は真一に振り返り、冷たい言い方をした。


「何よ。もうあんたに聞くことなんてないわよ」


真一はそれまで装っていた仮面を剥がすように、沈痛な表情で涼子を見て、頭を下げた。


「お願いします。話を聞いてください」

「それはそこののんびりしたオジサンたちとやりな。あたしはやることがあるんだから。あんたがいくらかばったって、もう誤魔化されないわ。死刑にしてやる」

「おねがいしますっ。話を聞いてっ」


真一は突然座っていた椅子から立ち上がり、床に土下座した。周りにいた大人たちは止める隙もなかった。


「きみっ」


起こそうとする鑑別所職員に腕を振り払ってなお土下座を続けようと真一はした。


「いいわ。聞いたげる。そのかわり、嘘は無しよ」


涼子は腕を組んで、壁にもたれて言った。



放課後の校舎は閑散として、とくにああいった事件があった後はクラブ活動も運動部を除いて自粛され、すでにひと気はなかった。校舎の屋上に修二たち四人がいたのは、もう誰にも知られるところではない。その出入口のドアが開くと、担任の吉井静江が現れた。


「呼び出したってことは、あたしの話を聞くつもりなんでしょ?」


静江はそう言って四人を見回した。


「まあ、そうですね。できればなぜ、智明のスマホを持っていたか、説明してもらえませんか?」

「ガキが偉そうに持って回った言い方すんじゃないよ。これは柴田くんから没収したんだよ。無許可でスマホ持ってたんだからね」

「それは違います。智明は許可とってました」


義文が憮然と言い返した。


「なによ、あんたたちは。そうやっていつもいつも。何の恨みがあるのよっ」


静江は激高したかと思うと急に駆け出し、備え付けのフェンスによじ登った。


「義文っ、つかまえろっ」


修二は焦った。先生はフェンスを乗り越えようとしている。その向こうは、死、だ。


静江の履いていたシューズをつかんだ義文だったが、すべては遅かった。屋上のフェンスの向こう側に救いを求めた静江先生は消えていった。


「いやあーーーーー」


咲子の声が誰もいない校舎に響き渡っていた。



「ふーん。そうなの。で、あいつらは?まあ、しょうがないわね。PTSD?それはこれからの話よ。切るわよ」


涼子はスマホをしまうと、真一に向き合った。


「あんたの大事な人が今病院に運ばれたそうよ。詳細は教えないけど」

「あんたはどこまで汚いんだ」

「はあ?だれに向かって言ってんだよ」

「ちゃんと教えてくれよ」

「てめえはちゃんと答えてきてんのかよ。ふざけんな」

「なあ、あんたら黙って見てないでなんとかしてくれよ」


真一は助けを求める目で周りを見回していた。


「生憎、だんまり君にはみんな愛想が尽きたそうだ。おまえのだんまりのおかげでまた人が死にそうだ」

「やめてくれーっ」


「それじゃ真一くん、話してくれるかい?」


大磯はじっと真一を見つめた。



パトカーと消防車、そして群衆に埋め尽くされた中学校の正門から、救急車が出て行った。


「幸い花壇の植え込みがクッションになったようです。一命はとりとめたようですね。あと10センチずれていたら話は違いましたが」


警察の人間はそう言って帰って行った。10センチで人の人生は決まるんだと押坂校長は思った。教育委員会から帰って来てからの騒ぎだ。怒りさえ覚えた。何で自分のときに、と。


「吉井先生は飛び降りたんですか?」

「そうです。生徒さんの目の前でね」


押坂はしていたネクタイを外すと、トイレに向かった。1階の、職員室の向こうの、一番奥にある…。


押坂校長が見つかったのは翌日の、朝であった。



修一たちは一時視聴覚室に入れられ、ついで一人ずつ事情を聞かれた。その後、すぐに解放されたが、吉井先生が生きていることがその要因でもある。亡くなっていればすぐには解放されない。


涼子からすぐに怒りの電話が来た。


「バカヤローっ、なんで報せねえんだよっ」


スマホからすごい音量で怒鳴り声が聞こえた。しのぶの、スマホを持っていた手が震えていた。


「そんなこと言ったって、そんな暇なかったし」

「言い訳すんなっ。まったく使えねえな。いいか、てめえらは事件のど真ん中にいやがるんだ。否応もねえんだぞ。てめえら次第でどんどん人が死ぬんだっ。そこんとこよく考えろっ」

「そう言われたって、どうしたらいいかわかりませんよ」

「だから報告しろって言ってんだ、バカ」


たしかに涼子にはすぐに報告しなかった。時間はあったはずなのに。それがこんな結果を招いたのか、修二たちにはわからない。だが2度目はない、涼子はそう言った。厳しい言い方をした。


「とりあえず家に帰ってろ、お前ら。そうしてもう表に出んな」


涼子は怒っていた。修二たちにではなく、自分にだ。予見はできたはずだ。だが少なからず修二たちを危険にさらした。吉井が逆上することも想定できたとすればなおさらだ。


「真一。めんどくさいことになってきた。あんたのせいとは言い切れないけど、あんたの優しさが原因なのは、わかるわよね?」


真一はうつむいて泣いていた。


「最初から話すのよ。全部ね。まだ救える命が、あるかも知れない」


涼子は静かにそう言った。



あの日、真一はコンビニで修二に会った。会うべきではなかった。誰にも会ってはならないと言われたからだ。


「会うなって、いったい誰に呼び出されたんだ?」


涼子は容赦なく聞いてきた。


「柴田くんのお父さんです」

「ちょっとまて。柴田は母子家庭だ」

「そうです。でも彼はそう言った」

「彼って?」

「藤間さんのお父さんです」

「藤間って、咲子の父親の、か?」

「そうです」


添田涼子。法の中であくまで真実と正義を重んじている。だがこれ以上深く追求して、だれが喜ぶのか。誰が幸せになるのか。いま彼女は岐路に立たされていた。それは人間の、業と向き合い、醜さと、そして純粋さを暴き出さなければならない、重く悲しい仕事をすることに、だ。


「柴田は藤間咲子のお父さんの息子でもあるんです」



春なのに、まだ凍てつく風が吹く、下町には何かのどかな雰囲気はあった。だがそこに棲んでいる人々の人生は、そしてまだ始まったばかりだという子供たちの人生が、ころころと転がって行く。



いくつもの秘密と錯綜。ひとつ明らかになればまた一つ、謎が生まれる。涼子と修二たちは次第に狂気へと導かれていく。

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