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消えたスマホ

修二たちは真実が知りたかった。真一がそんなことをするわけがない。柴田をかばっていた真一が。その真実への鍵はどこかにあるはずだ。それを探そうとみなは心に決めた。しかしそれは狂気の始まりでもあった。


現在『カクヨム』に連載している小説です。何日か遅れで、ですが掲載させていただいています。同サイトでの表題は「ぼくらが狂気にはしった理由わけ 家裁調査官 添田涼子」です。


的場修二たちが向かったのは死んだ柴田智明の家だ。東新町にある中層マンションで、智明はそこから突き落とされた、ということだ。だがそれ以上詳しい話は修二たちは知らない。捜査と審理が行われている間は、情報は秘匿されるのだ。


「気味が悪いわ…」


藤間咲子がつぶやいた。駐輪場の少し空いたスペース。そこに花や缶ジュースなどが並べられていた。恐らくそこが智明の最後の場所だったのだ。


「だからついてくんなって言ったんだ」

「そんなこと言わないでよ」

「じゃあ、黙ってろ」

「うるせえな。早く行けよ」


田中義文が少し苛立ったように言った。


佐伯しのぶはずっと黙ったままだった。こんな硬くて冷たいところに。そう思うと心は凍りそうだった。


智明の母親がいた。前もって行くことは伝えて、了解もとっていた。ドアが開いたとき、線香の匂いがした。


「来てくれてありがとう。智くんも喜んでくれるわ」


母親がそういうと、台所に立って行った。


修二たちは遺骨と写真、位牌の置かれた白い布のかかる小さな台の前で、そろって手を合わせた。線香の煙がすうっと天井に伸びていく。


母親が飲み物とお菓子を持ってきた。みんなは手をつけるか迷っていた。義文が最初に手を伸ばした。


「義文くん、来てくれてありがとう。いつも智くんのこと気にかけてくれて」


みなは、え?と思った。どういうことだ?いつもいじめていた義文に、どうして。


「いいんだ、おばさん」

「智くん、ずっと言ってたよ。どうしても学校になじめなかったけど、義文くんのおかげでなんとか頑張れたって」

「ちょっと、それどういうことですか?」


しのぶが母親に聞き返した。義文は苦い顔をして黙っている。


「義文くんは小学校の低学年の時、同級生だったのよ。中学二年のとき、また同じクラスになれたって喜んだわ。義文くん、ちょっと乱暴だけど、家に来たときは仲のいい兄弟みたいだった」


みんな、信じられない、という顔をしている。そうだろう、学校ではいつもいじめていたようにしか見えなかったからだ。


「感謝してるわ。智くん、ずっと誰かにいじめられてたんですもん。それも陰湿に。義文くんがずっとかばってくれていたって、亡くなる前日まで言っていた」


「そのいじめてたやつって、誰なんですか?」


修二がたまらず母親に聞いた。


「それが、智明のやつしゃべらないんだ」


義文がそう言うと、母親もうなずいた。


「みんなに迷惑かけるからって、智くん、一言も言わないの。だから義文くんが目立つようにしてくれていたおかげでそれも少なくなってきたって」

「でも、陰湿ないじめは続いていた。俺が目を離す隙をうかがうように、机の中にカッターの刃や画鋲がまかれていたりした」


初めて聞くことばかりだった。義文がそうやって嫌がらせから智明を守っていたことも、いや、陰湿ないじめを受けていたことすらわからなかった。


「どうして話してくれなかったんだ」

「言えば助けてくれるのかよ。俺が智にいじめるふりをしていて、だれか注意したかよ」

「それは」


みな黙ってしまった。義文の言う通りだった。ぼくたちは何もしなかった。それぞれにバツの悪い表情でうつむいてしまった。時折、線香の煙が漂ってくる。自責の念と死者の怨念のように。


「ところでおばさん、智明のスマホ、見つかった?」


義文がまたみんなが知らないことを口にした。クラスでも何人も持っていないスマホを、智明は持っていたという。


「まだ見つからないの。警察のひとにも言われたけど、死んだときにも持っていなかったって。もちろん屋上にもなかったって」

「屋上って、何?」


しのぶが驚いたように聞いた。


「智くん、このマンションの屋上から突き落とされたって警察の人が言ってた」


ヒッと、しのぶと咲子が声を詰まらせた。


「じゃあ、部屋にもなかったんですね」


いくら探しても出てこなかったという。母親は気丈に話してくれているが、もう限界なのは修二たちにもありありとわかって来ていた。義文が帰ろうと言い出してくれて、ほっとした。


「智明のスマホが見つかったら何かわかるのにな」


義文がぼそっと言った。その表情は寂しげだった。


「ねえ、きみら柴田君の同級生だよね?」


いきなり声をかけられ、数人の男たちに囲まれた。


「誰ですか?」


聞かないでもわかっている。マスコミといわれる、嫌なやつらだ。こんなことが起こるまでは何も思わなかったが、じかに接すると、否応なくその姿がわかる。それは競争なのだ。そしてすべてを疑い、獲物を狙う獣の目。かれらはひとりひとりが猛禽類であり、群れてはいるが決して群れではない。だれよりも多く獲物を捕らえるかに心砕かれた魔物だった。おそらくあの母親もこの心無い獣たちに散々に蹂躙されたのであろう。


「ちょっと話を聞かせてくれないかな?できれば写真も。あ、顔は写さないから」

「やめてください」

「ちょっとだけ。すぐ済むから。そうしてくれないと、今度はお宅におじゃましなくちゃならないよ」


信じられなかった。それは脅しと同じじゃないか。しかし顔は見られてしまった。これからずっとつきまとわられてしまう。そう誰もが思っていた。


「ね、だから話をちょっとね」

「ごめんなさい、ゆるして、ゆるして」


ずっと黙ってついて来た藤間咲子が泣きだした。


「泣いたってだめなんだよ。大人をなめるなよ」


どこからともなく風が吹いた、いや、黒い人影がいまそう言った男の背中を蹴り飛ばした。


男は身もだえしながら転がる寸前、踏みとどまった。黒い影は加減をしたようだ。


「何するんだっ」


男が振り返る。みんながそちらに目を向ける。女の人が立っていた。スラリとのびた細い手足。どこにそんな力があると、そう思えるほど奇麗に整った顔。その人は信じられない言葉でしゃべった。


「っるさい、バカ。何するんだはこっちのセリフだ。てめえらいい加減にしないと児童福祉法違反でしょっ引くぞ」


男たちは一瞬ひるんだ。が、すぐに凶悪な表情で身構えながら女の人にくってかかった。


「何言ってんだ。あんた誰だよ。暴力を振るってんのはあんただろ。こっちは正当な取材活動なんだよ。わかるか?邪魔するなんて許されないぞ」


女の人は薄笑いをしていた。美しい顔に禍々しい笑顔だ。


「あたしは東京家裁葛飾支部の調査官、添田涼子だ。文句あんのかよ」


記者たちは「げっ」っという顔をした。


家裁の調査官は少年保護法に関して、独自の判断で行動できるのだ。これは当事者の申し立て、あるいは裁判官の命令でしか権限を行使できない他の裁判所職員としては異例の権限なのだ。少年保護法の忠実な行使者であり、その圏内では司法上最強といっていい。少年たちに関わった時点で記者たちに勝ち目はなかった。


「あぼえていろ」


そう言い残し記者たちは去って行った。


「チンピラだな、まるで。まあ、いつものことね。さてと、さあきみたち。おねえさんにちょっとつきあってくれないかしらね?」


添田涼子と名乗るその調査官はにっこりと微笑んだ。さっきまでの禍々しさは消えていた。だが、否応はない、という意思はありありとうかがえた。


「助けてくれたことは感謝します。でも、わたしたち何も知りません」


しのぶがそう言ったのをまったく無視して涼子は向こうの国道を指さした。


「あそこにファミレスあるじゃん。行こう。おごってあげる。ふふ」


添田涼子は修二たちにきちんと身分証明をし、これは武藤真一に対する審理のための調査であると言った。これでこの調査官はあらゆる権限を行使できる。必要であれば、だれでもこのまま鑑別所に保護送致までできる。大人だったら警察署の留置所だ。それでさっきの記者は逃げ出したのだ。


ドリンクバーからみな好きなものを持ってこさせると、いきなり調査官は聞いた。


「ねえ、柴田くんのマンションに行った理由は?」

「え?それはお線香あげに」

「嘘ね」

「え?」


みなが驚いた。何を知っているというのだ。たしかに調査はしているだろうが、自分たちの行動目的まではわからないはずだ。


「あんたたちは犯人を捜そうとしている。もちろん武藤真一くんじゃない、誰か」

「な、なんでそんなこと」

「図星かよ。たわいねえな」

「カマかけたんですか?」

「ばーか。いいか、調査ってのは想像力なんだよ。この時期に被害者の家なんか訪れるなんて、ちょっと勇気いるんだぞ。それをおまえら揃ってのこのこやってきやがった。何かあるって思わないほうがどうかしてる。さっきのクソ蛆虫どももそれを知ってるからお前らにたかったんだ」


涼子の汚い言葉に眉をしかめるしのぶと咲子だが、調査官の読みが鋭いことは認識した。これは変なことはしゃべれないとも。


「でだ、それでこうしておごってやるのも理由がある」


きた。そう思った。洗いざらい話せ。彼女はそう言ってくる。


「今後、柴田の家に行くときは家裁に連絡してほしい。あんな奴らにたからせないためな。クラスのみんなに言っとけ。それと武藤の家には行くな。マスコミがうじゃうじゃいるからな。それだけだ」


修一たちは少し驚いた。根掘り葉掘り聞かれると思ったからだ。


「それだけでいいんですか。その…」


しのぶは疑い深く言った。


「あん?まだなんか隠してんのかよ」

「いえ、そうじゃなく、何も聞かれないから」

「え?なにか聞いてほしいことあんのか?」

「そうじゃなく、その」

「佐伯しのぶ。15才。中学2年からクラス委員。公務員の父親と専業主婦の母親。弟がひとり。光が丘団地に住んでいる。的場修二。15才。家族は父親が中堅建設会社のサラリーマン。兄と妹。兄貴は進学校。妹は音楽家志望。金がかかるな。田中義文。15才。親は地元の不動産会社経営。一人っ子。おばあちゃんがほとんど生活の面倒見てる。藤間咲子。16才。中一のとき病気でほぼ1年入院。父親は医大の教授。母親は小学校3年のとき自動車事故で死亡。2才上の兄は心因性の病気で現在も入院中」


全員が固まった。知られている。全部?ああ、この人はそういう職業なんだ。


ジンジャーエールを飲みながら空で涼子は何事もないようにみなのことをスラスラ言った。


「なんならクラス全員のも聞く?」

「いえ、いいです」


全員が観念した。この人に隠し事は無意味だと。


「ぼくらは智明のスマホを探しているんです」


修二は思い切って言った。真一にも話が届くかもしれない。そう修一は期待した。


「残念ながら真一にはすべての情報は遮断される。今のところはね。これは言っとくね。あたしを利用して真一にコンタクトとるのは不可能。それからスマホだけど、柴田のスマホはまだ生きている」


ゴチャゴチャに意識が錯綜した。目の前の調査官は何を言っているのだろう?これ以上の深入りはするな、そういうことではないのか?


「あんたたちがなにしようが、あたしには関係ない。ただ、その線上にあんたたちが現れて、あたしの邪魔をするなら許さない」


涼子の深いまなざしは修二たちに圧力を与えるには充分な眼圧だった。


「そ、そんなことはしません」

「ならいいわ。ただ、あんたたちが見たり聞いたりしたことは逐一漏らさずあたしに教えなさい。どんなことでも。いい?これは取引よ。あんたたちがまともに中学校生活を送りたいなら、ね」


それってさっきの記者たちの脅迫と変わりありませんが?、という質問をぎゅうと堪えた。かわりに無言でうなずくことをぼくらは選択した。まだ駄目だしされたわけじゃない。教えれば、なんでも自由に動けると言っているのだ。


「わかりました」

「ならいいわ。やりたいことやんなさい。でもおねえさんに常に報告は厳守。いい?そのかわり邪魔が入ったらあたしが排除。これはチームワークよ。真実に行きつくためのね。うっしゃ。ハンバーグ食べる?」


なんやかんや誤魔化された気はしたが、ぼくらは添田涼子という後ろ盾を得た。


彼女は真実、と言った。真実とはいったい何なのか。ぼくらは舵を失った難破船のように、とにかく風だけを受けて、暗闇の海を滑り出した。



動き出したぼくたちの前にあらわれた、家裁調査官と名乗る女、添田涼子。果たして彼女の目的は。そして修二たちの上にさらなる狂気が降り注いでくる。

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