獅国王誕生
その大陸には七つの国がある。
牛国、虎国、馬国、狼国、獅国、熊国、鹿国。
その国々の領土はほぼ同じで、高い山脈により国境が作られている。
国々は神により決められた王が統治している。
大陸の中心には雲をはるかに突き抜ける塔のような山がある。
そこは神の地。
神により選ばれた者しか入る事が許されない地。
・獅国王誕生
獅国王宮神社は王宮の最西北に位置している。
神社は政治や『王の威厳』が及ばない存在だ。
たとえ王であっても許可なく入る事すら許されていない。
それは国中にある全ての神社が同じで、神官とその神社長が許可した者しか入れない神聖な場所なのだ。
王宮神社の王宮神官長のソルベルはいつものように神官達と朝礼拝をしていた。
この神社には王宮神官長を含めて108人の神官達が暮らしている。
王宮神官長と地方神官長6人にそれぞれ10人の神官が従い、王宮神社長直属の神官30人が神社の世話をしている。
獅国は王都を含め7つの地方があり、王宮神社長が王都、地方神官長がそれぞれの地方を受け持っている。
王宮神官はそれぞれの地方から推薦された、いわば最優秀神官達だ。
王宮神社に配属され、自分の地方神官になれずに王宮神社神官に配属されても、それは名誉の事だろう。
ましてや王宮神官長従事に配属されれば、これほどの喜びはない。
王宮神官長は神と同格化されている。
なぜなら神と対話ができる唯一の人間だからだ。
そして寿命以外に死ぬ事ができなくなる。
王宮神官長は病気にならなくなり怪我もすぐ完治する。
他人が触れることすらできなくなってしまう。
今までの王宮神官長の多くは100~130歳で崩御された。
王宮神官長は神のお告げで獅国神官の中から決まる。そのお告げは王宮神官長になる本人と7人の地方神官長にのみ聞こえる。
その後王宮神官長の儀が王宮神社で開かれ、神のお告げが正式に新王宮神官長と地方神官長に降り注ぎ、新たな王宮神官長が生まれる。
ソルベル王宮神官長は106歳で、未だ衰える兆しがない。
ソルベルは52歳の若さで王宮神官長に就任した。当時はただの村神官長だった。
これには獅国民の大多数が驚き、よほどの人物なのだろうなどと口々に噂をしたものだ。
現王ニアカの王の儀もソルベルが行った。
いつもの朝礼拝をしているソルベルに急に神のお告げが下りてきた。
ソルベルは立ち上がり両手を天に大きく広げ呟いた。
「なぜ今なのですか…」
王宮占師のジル・エンジュは眠れずに夜を過ごした。
理由は昨晩の星の流れだ。
東北方面に無数の星が流れ、まるで新王の誕生を祝うかのようであった。
すくなくともエンジュはそう感じた。
エンジュはありとあらゆる方法でそれを占った。
結果は全て〈新王出生〉を示していた。
エンジュはこれを王に報告すべきか否かを悩んでいた。
王宮占師は王の相談役のような存在だ。
王が任命し王の為に尽力を尽くす。
王の依頼が有れば速やかに馳せ参じ問題の解決に全力を投じる。
(しかしこれを報告すれば国が割れる…。報告しなければ王がやられる…。)
王は神のお告げにより決まる。
それは、いつ・誰かはまさに神のみぞ知る。
新王の誕生は突然お告げを受ける本人と王宮神官長に告げられる。
そして王宮神社で王の儀により正式に王に就任する。
王は神と同格化されている。
なぜなら神が決め、寿命以外に死ぬ事ができなくなり、病気にかからず怪我もすぐ完治する。
他人が触れることすらできなくなってしまう。
そして神の地で『王の威厳』と呼ばれる力を身に付ける事で、王が神になる。
この『王の威厳』を使う事は少ない。
1度も使わない王の方がはるかに多い。
もはや国民にとっては伝説的な力になっている。
200年以上前の話だが、虎国の先々代の王は『王の威厳』を無駄に国民に見せつけ恐怖政治を敷いた。
高い税金をかけ優雅な暮らしをし、私腹のみを肥やした。
その為わずか王位30数年で先代王により殺された。
王は他人が触れる事は出来ないが、神の地で『王の威厳』を身に付けた者のみが王を殺める事が許される。それは神の意志なのだから。
獅国前王ギュシンは国民からとても慕われている王だった。
まさに神のように国民の為に生涯を投じた。
葬儀は盛大の行われ、多くの国民が嘆き悲しんだ。
しかし悲しみに浸る時間がない者達がいる。
神官達だ。
なぜなら王の葬儀が終わる事は新王の誕生を意味する。
どこで誰になるか全くわからないので国中の神官達が獅子光神獣の行方を見守らなければならない。
葬儀が終わり王宮神官長に神のお告げが下ると同時に、王の棺から獅子の形をした光が一直線に空を走って行く。
国中の神官達は空を見上げて光が通るのを待っている者や、高台などで光を探している。
天空神馬にまたがり、いつでも光を追う準備をしている者も多数いる。
王宮神官達は光が向かったその方角の全ての神社に急いで伝令神鳥を放つ。
伝令神鳥は言ってみれば神社専用伝書鳩のような鳥で、王宮神社から国中のどこの神社でも1時間かからずに手紙を運んでくれる、この世界で1番早く飛ぶ鳥だ。どこの神社の境内にも何羽もいる。
ジ・ニアカは街の食堂で働いている。料理人でまじめな男だ。妻と2人の子供と暮らす、いたって平凡は幸せな家庭を築いている。
今日も忙しいお昼ご飯の時間帯が終わり、そろそろ夜の仕込みに入ろうかと裏庭で仲間達と休憩をしていた。
その時突然自分の目の前に音も無く光が降ってきた。
ニアカは驚き声も出せず目をパチクリさせているが、周りの仲間は何も気にしていない。
ニアカが隣にいる仲間に「おいあれ…」と指を指すと
仲間は「んぅ、植木がどうかしたか?」
「違う!そこの光!」
「はぁ?何言ってんだ?」
と全く会話がかみ合わない。
そう、この光はニアカと神官にしか見えないのだ。
光をよく見ると獅子の形をしている。
そこでニアカは察した「!!!!!!!!!!!」
(この近くに新王がいる!)
しかし獅子はニアカの前で伏せて動かない。
(おいおい、何で俺の前で伏せてんだ?)
(頼むからどっかいってくれよ…)
ニアカは足腰が震え動く事ができなかった。
程なくして数名の神官がニアカの前に現れひれ伏した。
「神が新王様にお選びになられました。」
ニアカは「何を言ってんだい?俺が新王のわけないだろうよ。人違いだよ…。」
神官が言う「獅子があなた様の前で伏せております。獅子は王以外の前では伏せません。
あなた様が新王です。」
気が付いた時には50~60人の神官達が集まりひれ伏し、さっきまで仲間だった同僚達も全員ひれ伏していた。
ニアカは神社馬車に乗り神官達と自宅に向かわされた。馬車でなら自宅までは10分ぐらいだろうか。
獅子はニアカの足元で伏せている。
獅子は王と一心同体になるまで決して離れる事はない。
それは光のような物なのでニアカが触ろうとしてもただその手は空を切るだけだ。
つまり足元に光る獅子の形をした空気があるようなものだ。
二階建ての二階の部屋をニアカの家族は借りて暮らしている。
ニアカの妻は二階の窓から神官の行列を眺めていた。
(こんな田舎で神官の行列なんて珍しいわね。なにかあったのかしら?)
物珍しくニアカの妻が眺めていると、行列の先頭がニアカの家を過ぎたあたりで止まった。
ニアカの家の前にはちょうど馬車が止まったのだ。
(あら?止まったわ?)
すると馬車から自分の夫が出てきた!
(あら!!あの人何をやらかしたのかしら?!)
妻は慌てて階段を駆け下りた。
「どうしたの?!何があったの?!」
するとニアカが「王になっちゃった…」
「はぁ???」
「…」
「…」
「…」
「…」
妻が口を開いた「何いってるの?気はたしかなの?」
ニアカは「見えないだろうけど、俺の足元には獅子がいるんだよね…」
そうしてジ・ニアカは神の地に行き苗字が無くなりニアカ王となった。
エンジュはいつものようにニアカ王に毎朝の謁見をした。
「おはようございます」寝室の椅子でくつろいでいる王に近づきひれ伏して挨拶をする。
「どうしたエンジュ、声が震えているぞ。体調でも悪いのか?」王が問う。
「いえ体調は悪くはございません。ただ…。」
「ただ何だ?申してみよ!」
「…」
「早く申せ!」
「…」
「新王が御生れになられました…。」
「なに!それは真か!?」
「はい、私の占いではそう出ております。」
「いつ?どこでだ?!」
「今日、場所はわかりませんが北東の方角かと…。」
「…」王はしばらく黙り込んだ。
そして低く静かな声でエンジュにささやいた。
「殺せ。」
「今日産まれた子供達を全て王宮に召し上げる事にしろ!家族には300万カン渡せ!子供のいる町村に1人につき同じく300万カン渡せ!子供が王宮に使えられるのだ!親達は喜んで子供を渡すだろう。300万カンあれば普通の家族なら一生楽に食っていけるのだからな!すぐに国中に達しを出せ!」王はニヤリと微笑んだ。
王は神により決められるが、王が崩御した後に王が決まっていなければ王の実権はその家族に引き継がれる。
ニアカ王は自分の息子、孫へと王の実権を引き継がせようと考えていた。
その為新王の誕生は何としても阻止したかった。
ニアカ王の親はもちろんの事、いまや親戚中がこの王宮で暮らしている。
親戚中の生活がニアカ王のにかかっている。
本来なら国民の生活が王のにかかっているのだが…。
その農村の名はングレン村、どこにでもあるありふれた村だった。
獅国と熊国を隔てる山脈のすそ野に位置し、森の恵みも豊富で穏やかな地だ。
人口50~60世帯、300人程のどこにでもある村だ。
特に取り上げる名産品もなく、ほとんどの世帯が農業と家畜が少々いるだけのいわゆる田園風景が広がっている。
村の中心には大きな広場があり、さほど大きくない集会所と火の見櫓が建っている。
火の見櫓には鐘が付いていて、鐘が鳴る回数によって村に色々な事を知らせていた。
村の最西北には神社が建っている。神の地が村の西北に位置する為だ。
その日の朝に村の鐘が2回鳴った。村の班長と長老を招集する鐘だ。
班長5人、長老3人と村長の9人が集まり集会所に入っていった。
「昨晩遅くに王宮から使者が来られました。6月4日に産まれた子供全てを王宮に召し上げるそうです。家族には300万カン、村にも1人につき300万カン頂けるそうです。」と村長が興奮気味に言った。
班長達は口々に
「そりゃいい話だ!」
「子供が生まれた家がうらやましいのう」
「なんと寛大な王様なのだ」
などと好き勝手な事を言っている。
村長が続ける「まだ私の手元には出生届が来ていないので6月4日に産まれた子供がいるかわかりませんが、各班に戻り皆さんにお知らせしてください。」
班長達が「こりゃみんな喜ぶな~」などと口々に言っている。
王宮に召し上げられるとなれば、一族の誇りになる。
農民達にはこんな幸運が訪れる事など考えられることではない。
家族が王都で暮らす事すら夢ではなくなるのだから。
長老達が
「新王が生まれたのじゃな」
「あぁ、お生れになったのじゃろ」
「そうにちがいないのぅ」
などとつぶやいている。
村長が問う「長老様方、どういう事ですか?」
「新王が御生れになったから現王が新王を殺める為に探さしているのじゃ。」と長老が言う。
「では王宮に召し上げるのは嘘と?」村長がさらに問う。
「あぁ、大嘘じゃ。集めて皆殺しじゃよ。」
班長の1人が「長老よ~、そりゃ考えすぎだ。喜ばしい話じゃないか。」
いつの間にか集会所の入り口近くに村神官長が立っていた。
「さすがは長老様。察しが早いですな。」村神官長が言う。
「これは村神官長様。いつからいらっしゃったのですか?」村長が問う。
村神官長は「最初からいましたよ。」と微笑みながら返す。
続けて「私に王宮神官長から昨日伝令神鳥がきました。6月4日に新王誕生。神官は新王をお守りせよ、との内容です。」
村長が問う「で新王様はどこでお生れになったのですか?」
村神官長が答える「それは王宮神官長もわかりません。ですので国中に伝令神鳥を飛ばしているはずです。私の仕事は新王をお守りする事です。それが神のご意志なのですから。」
長老が言う「その通りじゃ。もし6月4日に産まれた赤子がいれば村神社に連れていこう。さもなければ殺されてしまう。」
また別の長老が言う「現王に隠した事がばれれば、村ごと焼かれてしまうの~。皆殺しだろうよ。」
「そうなる前に皆さん!手分けをして赤子を探しましょう!一刻の猶予もありません!明後日には王宮から馬車が子供を迎えに村々に来ます!」と慌てるように村長が言った。
「ちょちょっと待ってくれ!新王様が御生れになったのはわかった。だが殺すと決まったわけじゃなかろうよ!王宮で大切にお育てになるのかもしれねえじゃねえか?」と班長が言う。
また別の班長が「そうだよ!まさか王様が新王様を殺すなんて考えすぎだぜ。」
「ならば神は新王を王に渡せと告げるだろう。王を守れとお告げになったという事はそういう事だとは思わぬか!」村神官長が叱るように言い放つ。
班長達はそれぞれうなずき口々に
「そうか…」
「なるほど…」
などと自分を納得させるように呟いている。
村長がきっぱりと言う「この村では6月4日に産まれた子がいたとしてもいなかった事にしましょう!いいですか?」
班長も長老も賛成した。
「私は神社に戻り子供を迎え入れる準備をします。何人来ても大丈夫なように!」と村神官長が続いて言った。
その村の中央からやや南にド・ニンゲルの家族は住んでいる。
妻のルンダンと息子のサンザ、その妻ロンナ、サンザの娘ルシンと暮らしている。
サンザは3人兄弟の1子で長男だ。2子の長女のキャランは隣村に嫁に行った。3子で次男のドレルは街に出て刀鍛冶師になり、今も鍛錬を積んでいる。
このあたりの村は貧しくはないがけっして裕福でもない。
その為家は長男が継ぎ、女の子しか産まれなかった場合は長女が婿をもらう。
次男以降は婿に行くか街などで自立した生活をし、娘は嫁に行くかどこかの裕福な家の女中になるのが習わしだ。
今日もド家はいつもと変わらない朝を迎えようとしている…
はずだった。
ニンゲルとサンザとルシンがいつものように朝の畑仕事から帰っても、炊事をしているのはルンダンだけだった。
母のルンダンにサンザが「ロナンはどうしたの?」と尋ねると
「あら?部屋をノックしても声が聞こえないから、あなた達と畑に行ったのかと思ったけど違うのかい?」と母が聞き返す。
サンザは慌てて部屋へと向かった。
「ロナン!どこだい!ロナン!」
寝室の扉を開けると、ロナンがベッドで苦しんでいるのが目に飛び込んだ。
「う…う…うまぁれぐ~!!!」
そう、ロナンは倫月だったのだ。
サンザは慌てて母を呼んだ。
「かあさん!早くきて!産まれる!産まれるよぉ~!!」
母が「あら大変!朝ご飯どころじゃないわね!サンザお湯をたくさん沸かして!
はいはい、男は頼りにならないんだから言われた事だけしてくださいね!」と半笑いでサンザに言う。サンザはわらわらするだけで結局お湯を沸かすぐらいしかできない。
ニンゲルは中途半端に作られた朝食を孫のルシンと食べている。
程なくして声が聞こえた「んぎゃーんぎゃーんぎゃー」
元気な男の子の誕生だ。
ド家にとっては待ちわびた大切な男の子の跡継ぎの誕生だ。
「でかした!よくやった!ありがとう!ありがとう!ありがとう!ありがとう!」サンザは泣きながら喜んでいる。
ニンゲルものロナンの枕元に来て「ありがとうな。よく頑張ってくれた。ゆっくりやすみなさい。」と言いながらそっとロナンの手を取り優しく頭を撫でた。
ルシンは弟ができたことをはしゃいで喜んでいる。「かわいいな~、ちっちゃいな~、早く抱っこしたいな~、稲の刈り方は私が教えるんだ~」と早くもお姉ちゃん風をふかしている。
家族にとって喜ばしい日になるはずだった…。
班長がくるまでは…。
ドンドンドンドン!!
激しく扉をたたく音が聞こえニンゲルは急いで玄関の扉を開けた。
「誰だい?何だい?朝っぱらから」
「ニンゲルさん大変だ!このあたりで赤子は産まれてやしないかい?」
「こりゃ班長のビシニじゃないか、何だい藪から棒に」
「だからこのあたりで赤子は産まれてないか聞いてるんだって!」
「なんだいビシニも早耳だね~、昨日孫が増えたんじゃよ。」
「なんだって!!!ニンゲルさんの孫がかね!その子はどこに居るんだい?」
「ロナンが生んでくれたんじゃよ。待ちに待った長男じゃ。」
「サンザの子か…。サンザは弟のようにかわいがってたのに…。そうかサンザの…。」
「ルシンも弟ができてはりきっているよ。にぎやかになるわい。」と笑顔でニンゲルが楽しそうに言う。
「ニンゲルさん落ち着いてきいてくれ。王宮から使者がきた。6月4日生れの子を探している。王宮に召し上げると言っているが殺すようだ。」
「おいおいなんの話じゃ?」
「新王が6月4日にお生れになったんだよ。だから集めて殺すんだとよ。」
「そんなバカな話があるわけなかろう。わざわざそんな冗談を言いにきたのかね?」
「冗談なんかじゃねえんだよ!」
「村神官長に王宮神官長から神のお告げを伝令神鳥が持ってきたんだとよ。
それには新王をお守りせよと書いてあったんだと。だから6月4日生れの子は村神社に連れて行ってかくまってもらわなきゃ殺されてしまう!」
「村神官長が言うならその通りなんじゃろうな…。
わしの孫が新王かっ!こりゃ傑作だわい!はははっ!」
「新王かどうかはわからねぇ。ただ6月4日生れの子は皆殺しにされちまう!」
サンザは横窓の近くでマキ割りをしていたので、この会話を最初から聞いていた。
「父さん!話はわかった!」サンザが玄関から入ってきた。
「きっともう時間がないんだろう?」
「明後日には王宮から赤子を取りに来るらしいぞ。」慌てるように班長が言った。
「俺はいい、納得する。だけどロナンが納得してくれるか…。」
ルンダンはロナンと赤ちゃんの面倒を見ていた。
ルシンもロナンが寝ている寝室で遊んでいる。
そこへニンゲルとサンザが入ってきて「ロナン落ち着いてよく聞いてくれ。」と言い説明を始めた。
「イヤよ!この子は渡さない!」
「この子を渡さなければ、家族全員どころか村中殺されてしまうぞ!」サンザが大声で怒鳴る。
「私達が育てる事は出来ないが、神官になれば生きていける。この子の為に神の子にしてやってはくれぬか」そうニンゲルが優しく諭す。
ロナンは「なんでこの子なの…」と産まれたばかりの男の子を抱いたまま床に座り込み泣き崩れた。
ルンダンはただ泣いていた。
ルシンは弟と遊ぶ練習のおままごと中だ。
ロナンが思いついたように言った「ならせめて名前をつけさせて!そうすればもしこの子が大人になった時にわかるかもしれないから…。」
「そうだな。生きてさえいてくれればいつかきっと会える。その時にわかるように名前は必要だな。村神官長様にも認めてもらおう。」とサンザが続いた。
「私とあなたの名前から1文字取ってサンロはどう?そうすれば私達の子ってすぐにわかるわ。」
「サンロか、いい名前だ!サンロ生きろよ!必ず生きてくれ!」
サンザはサンロを抱いたロナンを抱いて、3人のわずかな時が過ぎた。
サンザとロナンは神社の門番に見守られながら神社の門をくぐった。
社の扉が開き中へと通された。
「お待ちしておりました。これでこの子の命は神の命です。何人たりともこの子を殺める事はできません。」村神官長が手を差し伸べる。
「神官長様、お願い致します。どうかこの子を生かしてください!」サンザとロナンは額を床につけ泣きながらお願いをしている。
「もちろんです。安心してください。これでこの子は神の子。私が立派に成長させます。」村神官長は抱いた赤子に微笑みかけながら優しく言った。
「わが子を命名しました。サンロと名付けました。どうかそのままサンロとお呼びください。」
「お二人の名前から取ったのですね。わかりました。サンロですね。」
「ありがとうございます!!」夫婦は泣きながら村神官長にすがるように手を合わせた。
そうして18年の歳月が過ぎようとしていた。
神官には苗字が無い。なぜなら神に認められた神の子だからだという。
神官になるには神官の修行を積み、その神社の神官長が神官の儀を受けさせてもよいと判断した者のみが神官の儀を受けることを許される。
神官の儀は生涯で1度だけ受ける事ができる。
その為その時期を見極める神官長には思い責任がのしかかる。
神官の儀とは、神への祈りの後に神からのお告げを受ける儀式だ。
そのお告げは本人とその神社神官長に告げられ、正式に神官の職を得る。
そこでお告げが告げられなかった者は、家に帰る者もいればそのまま神社で下働きになる者もいる。
最小年齢は18歳の誕生日と決められている。
神官になると同時に、様々な神通力の中から1つを神から与えられる。
何が与えられるかはわからない。
何を与えられてもそれに耐えられる身体を作っておかなければならない。
それに見合わなければ神は神官として認めないだろう。
神官見習いから神官になって初めて神官衣の着用が許される。
神官衣は身分により下衣の色が違い、袖や襟元からその色が見えるのですぐに身分の判断ができる。
サンロは厳しい修行を毎日積んできた。精神の鍛練も肉体の鍛練も我慢強く耐えてきた。
むしろそれを感謝の気持ちでありがたく受けてきた。
今日は6月4日。サンロの神官の儀の日だ。
サンロは身なりを整え本殿に向かった。
本殿には既に村神官長をはじめ神官全員が両側に並んでいる。
サンロは本殿扉を開け、正面の祭壇の前までゆっくり進み頭垂れた。
そして祈りを捧げた。
そして祈りが終わった。
《獅国王よ、神の地へ行け》
サンロの前に光が落ち獅子光神獣が伏せている。
サンロは意味が分からずまだ祈っている。
村神官長がひれ伏し、神官全員がひれ伏した。
村神官長が伏したままサンロに話かける。
「あぁ、あなた様だったのですね…。」
「新王サンロ様、この日を待ちわびておりました。」その声は喜びで震えていた。
サンロは意味が分からず「神官長様!私は神官になれなかったのですか?!」
「はい、あなた様は神官ではございません。王になるお方です。」
「神官長様!何を言っておいでですか?!」
「神官長様!神官様達も頭を上げてください!みんなでからかうのはやめてください!
私は下働きでこの神社に残ります!残らせてください!お願いします!残らせてください!お願いします!残らせてください!お願いしますぅ…」
サンロは泣きながら神官長に懇願する。
「サンロ新王様、あなた前で獅子が伏せております。あなた様が王の証です。
サンロ様、あなた様は神の地に行き『王の威厳』を身につけなければなりません。
そこでその獅子と一体になるのです。これは神のご意志です。あなた様が生まれた時から決まっていたのですよ。あなた様を今までお守りできた事は、このジロニ生涯最高の喜びです。」
サンロは状況が呑み込めず立ち尽くしていた。
「新王様、ゆっくりしている時間はありません。明日早朝には出発して頂きます。これを御召しください。」と神官長がいつの間にか神官が持ってきた衣を差し出す。
「こ、これは…」サンロは驚いた。
「これは私と同じ紺下衣です。これよりも高位の下衣はここには置いてございません。大変失礼なのは重々承知しておりますが、神官衣を着ていれば道中の村人達が親切にしてくれるはずです。どうかこれを着用してくださいませ。」
ジロニ村神官長はこの地域の12の神社をまとめる地域神官長も兼務している高位神官だ。
その紺衣を渡され、サンロはようやくこれは冗談ではないと気が付きはじめた。
「3人の御付きを付けます。シンナ御身の前へ。」
「はっ」
「キニシャ御身の前へ」
「はい」
「ロダナ御身の前へ」
「はっ」
「この者達の神通力はきっと新王様の力になれると思います。」
「シンナ、キニシャ、ロダナ、新王様をお守りし神の地へお送りしなさい!」神官長が檄を飛ばすように言った。
「身命を賭してお守り致します。」3人が誓うように答えた。
サンロは自室に戻りベッドに横たわった。ただただ茫然としていた。
ベッドの脇には獅子が伏せている。
(自分が国の王………)
(産まれた時から…)
(なんなんだ…)
考えても訳も意味もわからない。
夕方になりサンロの部屋に神官がきて広間に来てほしいと伝えた。
広間に行ってみると神官長と中年男性と中年女性、若い女性、男の子が二人いた。
中年女性はなぜか泣いている。
「神官長様、お呼びでしょうか?」サンロが言う。
「おぉ新王様、新王様のご家族でいらっしゃいます。」
「ご家族???」
サンロは物心ついた時には神社にいた。
神社から外に出た事が一度も無い。家族と言う言葉の意味もよくわからない。
「新王様のお父上とお母上とご兄弟です。」
「私に家族ですか…?
私の家族は神官長様や神官様達です。他に家族はおりません!」ときっぱりとサンロは言った。
「新王様、新王様は産まれてすぐにこの神社にきましたが、それには訳がございました。」
と神官が言い、その経緯を説明した。
「サンロ、あなたの事を思い出さない日は一日たりともなかったわ。立派に成長して…。」と泣きながらロナンが言う。
ルシンもロナンの隣で泣いている。「サンロ、私はあなたのおねえちゃんよ…。」と胸に手を当てて言っている。
「サンロ、お前の父だ。お前を生かすのにはこれしかなかったのだ。許してくれとは言わないが、毎日毎日サンロの無事を神様のお祈りしていた母を恨まないでやってくれ。
サンロ、私の名前はサンザ、母の名前はロナン、私達から1文字取りお前の名前を付けたのだよ。」とサンザ微笑みを浮かべながら言った。
「この子たちはお前の弟のジンシャとゲルニンだよ。」と続けた。
弟達は少し照れたようにしていた。
サンロの困惑はもう全てを受け入れて、自分を落ち着かせるほかなかった。
「わかりました。お父上、お母上、お姉さま、弟達、私がサンロです。
お父上、お母上、私を生んでくださりありがとうございました。
私は王になります。またいつかお会いしましょう。」と淡々と言った。
「神官長様、他にお話が無ければ部屋に帰ってもよろしいでしょうか?
色々ありすぎて…。」
「そうですね…。どうぞお戻りください。」サンロの気持ちがまるで中身が無い人形のようになっているのが神官長には手に取るようにわかった。
翌日早朝、サンロは身支度をし清々しい気持ちで境内中央に向かった。
心身共に修行してきたサンロの精神力は全てを受け入れ、前を向いていた。
境内中央には幌馬車が止まっている。
神官長の後ろに4人の神官、その後ろに全員の神官達がひれ伏している。
「新王様、おはようございます。この馬車をお使いください。中には必要な食糧など既に積んでございます。」と神官長が言う。
「新王様がお進みになる方角には伝令神鳥を飛ばしてあります。神社を頼ってください。
では早速お乗りください。」と続けた。
すると1人の神官がサンロの前で跪いた。
「マタニが馬車のお世話を致します。」
「マタニ神官様、宜しくお願い致します。」
「新王様、マタニと呼び捨てくださいませ。」
サンロは困惑した。マタニ神官には馬の世話や天空神馬の世話などを色々と教わった神馬官長なのだから。
神官長が言う。「新王様!ここからの道は王になる為の道、決して楽な道のりではございません。
しかし新王様なら神の地に辿り着けると信じております。
我ら皆で新王様の安全をお祈りいたします。」
「神官長様、今までありがとうございました!必ずや神の地に行きます!王になります!」
その顔は希望に満ち凛々しかった。
王の密偵は国中にいる。
当然ングレン村にもいる。
密偵は西北方面に伝令神鳥が何羽も飛んで行くのを見た。神の地の方角だ。
こんな田舎の村から伝令神鳥が一つの方角に飛んでいくのはおかしい。
王宮占師に密偵は念のため報告をした。
村を抜け一行は森に入って行った。
しばらくしてマタニが何やら異変に気が付いた。
マタニは『動物の心』の神通力を持っている。動物と心を通じ簡単な命令ができるのだ。
マタニは森の様子に危険な雰囲気は感じていない。
ただ動物達が道の両側の茂みに見え隠れしながら並んでいる。
ウサギ、オオカミ、シカ、イノシシ、クマなどなど。
それはまるで新王の誕生を祝福しているかのように。
動物の王は光神獣。
王と光神獣は同意語を意味する。
なぜなら人間と光神獣が一心同体になり国を統治する。
動物にとっても王は王なのだ。
森を通り過ぎる間、ずっと動物達が見守るように道の両側に並んでいた。
そんな光景がどこの森でもおきた。
立ち寄る神社の門番にングレン神社から来たと伝えると、どこの神社でもすんなり迎え入れ手厚く世話をしてくれた。
サンロ達が訪れる神社には、ジロニ村神官長からの連絡でサンロが新王なのは既に知れている。
一行で誰が新王なのかは横に居る獅子を見れば一目瞭然だ。
村を通り過ぎ森を抜け峠を越え街を通り過ぎ森を抜け村を通り過ぎと旅を続けている。
一行は当然なるべく目立たないように行動をしているが、森での動物の様子を見ている狩人達がいた。
狩人達は動物達が王に付き従うのを知っている。
「あの一行は新王様に違いない。」
噂は噂を呼び、瞬く間に広がり1人歩きしていく。
「新王様は神の地に向かっているらしい。」
「現王様は新王様が神の地に入る前に殺すらしい。」
「王軍と新王との戦いが始まるらしい。」
「新王を助けないと!」
「新王をお守りしよう!」
村々や町々、街を新王が通る毎に後に付いてくる者が続々と増えていった。
人が人を呼び、その数は1,000人を超えているだろう。
鍬や斧、弓などを皆持参している。
王宮占師エンジュは密偵の報告を受けピンときた。
早速、新王が生きているかを占った。
サンロは神社に居た間は神力で守られていたが、神社の外に出れば占師の能力で存在を知られてしまう。
占いは、〈生きている・神の地へ向かっている〉と結果が出た。
神の地に着いてしまえば手を出す事ができなくなる。
エンジュは急いでこの事を王に報告した。
王はニヤリと笑い、すぐにマハカ将軍を呼び出し「新王を殺害せよ。」と命じた。
エンジュは、新王は市民軍を作るだろうとも言った。
マハカ将軍は兵500人を連れ決断の谷の手前の凪の草原に向かった。
マハカ将軍一団は決断の谷へ続く道の前に並んでいる。
サンロの一行はマタニの神通力で鷹を先に飛ばし、鷹の目と自分の目を重ねさせて王軍500人を発見した。
それでも一行は進み続けた。
サンロ達は森を抜け凪の草原に入った。市民軍1,000人も後に続いた。
そのままマハカ将軍の手前まで進んだ。
するとマハカ将軍は馬から降りひれ伏した。
王軍500人も同様にひれ伏した。
マハカ将軍が言う「新王様御一行とお見受け致します。我が名はニロ・マハカ。
王軍将軍の任をしております。
新王様にお願いがございます。どうかお引き返しください。
お引き返しが無理ならこの地に神社を建てます。どうかそこで王が崩御するまでお過ごしください。
なにとぞお願い致します。」
マハカ将軍は信仰心の強い誠実は男なのだ。
神がお選びになった新王に刃を向ける事などできはしない。
かといって神がお選びになった王の命令を軽んじる事などもってのほかだ。
マハカ将軍は苦悩した。
苦悩した末に出した答えが、王が崩御するまで新王をなんとか神の地に行かせない方法だ。
サンロが幌馬車から出て、マハカ将軍の目の前まで歩いて行った。
「マハカ将軍様、我が名はサンロと申します。神から新王のお告げを頂戴した者です。」
「ははー」と言いマハカ将軍はさらに低くひれ伏した。
「神は私に神の地へ行けと命ぜられました。
それは後に行けと言う意味ではないと心得ております。
ここに留まる事は神の意志に反する事です。
私は進まなくてはなりません。
どうかそこをどいて道をお開けください。」サンロは優しく言った。
マハカ将軍は苦悩している。王と新王と神の間で何をすれば正しいのかを考えている。
私が新王に道を譲れば、新王は王を滅するだろう。そうすれば新王が新たな私の王になる。
それが神のご意志ならばそれに従わなくてはならない。しかし私の今の王はニアカ王だ。
王の命令を違えるわけにはいかない…。
「新王様!道をお譲りすることはできません。しかしながら新王様に刃を向けることもできません。どうか私達を切り捨ててください。私達の屍の上をお進みください!」マハカ将軍は苦渋の決断をした。
「そのような事ができるはずもございません。」サンロが言う。
シンナ、キニシャ、ロダナ、マタニは臨戦態勢になっている。
彼らの使命は新王を無事に神の地に送り届ける事だ。
神官は戦いの修行もしている。王軍が束になってかかっても負けはしないだろう。
神官達の強さは圧倒的だ。神通力もある。
とは言え無抵抗の者に刃を向ける事などできはしない。
今度はサンロが悩む「困りましたねぇ…。」
程なくすると後ろの市民軍から
「なにもたもたしてんだい!」
「早く戦おうぜ!」
「王軍をやっちまえ!」
などと威勢のいい言葉が飛び交っている。
この市民軍は一行を新王だと思い込み勝手についてきた連中だ。
新王をお守りしようとの信仰心からついてきた者達も多いが、現王体制に不満が有り現王軍と戦いたくてついてきた者達も少なくない。お祭り気分でついてきた者達もいるだろう。
市民軍の高揚はどんどん高まっていき、やがて誰かが矢を放った。
すると一気に市民軍は王軍に襲いかかった。
王軍500人はここで死ぬ覚悟ができている。
なぜなら将軍が最初からその覚悟だったからだ。
もしここで戦わなかったとしたら王に殺されるだろう。
そうすれば恩賞もなく、家族もどうなるかわからない。
ここで王の為に死んだことになれば、恩賞も与えられ名誉の死として葬儀もしてもらえる。
王軍は伏したまま動かなかった。
その無抵抗な王軍に市民軍が襲いかかる。
サンロは「やめてください!やめてください!攻撃をしないでください!」と何度も大声で言うが、声は誰にも届いていない。
市民軍は興奮しきっている。
御付きの4人はサンロの周りを固め、サンロが巻き込まれないように防御している。
王軍は全滅した。
サンロの目の前には無残な光景が広がっていた。
「なんで…、なんで…、なんで戦わなきゃならなかったんだ…、戦わなくてもどうにかなったはずなのに…、なんで…、これは戦いじゃない、虐殺だ…」サンロは膝を落とした。
市民軍の一部の者は亡くなった王軍兵から鎧などをはぎ取っている。
「神官様…、もうやめさせてください…、もう十分だ…、もう皆さんを帰らせてください…」
サンロはやっとの思いで言葉は発した。
「御意」
マタニはサンロの傍に残り、神官3人が市民軍を追い払っている。
しばらくして市民軍はいなくなった。
「まだ奪える物がたくさん残ってるのによー」
などと捨て台詞を言う者までいる始末だ。
「私が答えを出すのが遅かったから…」
「私は止められなかった…」
「私は何の為の王になるんだ…」
サンロは嘆いている。
「新王様、これが現実です。善良は国民もいればそうではない国民もいます。世界は神社の中とは違います。全ての国民を導くのが王の役割です。どうか現実を受け入れてください。」
「少なくとも現王の為に500人の命が亡くなりました。王にはその力があります。王の一声で多くの国民を殺める事ができるのです。」
「王が正義なのです。それがどんな事であれ、王が言えばそれが正義になってしまうのです。それが神が定めた王なのです。」
「これで道が開けました。先に進みましょう。」
神官達が口々に言った。
サンロは「わかりました。しかし私はこの者達をこのまま放置することはできません。せめて王軍の皆さんを葬儀の姿勢にしてください。ここで亡くなられた皆さんへお祈りを捧げる事をお許しください。」と神官達に言った。
サンロと神官達は王軍兵を並べ、祈りを捧げた。
それは翌朝まで続いた。
一行は王軍の屍の脇を通り、決断の谷の入り口まで着いた。
決断の谷は両側に切り立った断崖が続いている。
道は人が1人通れる程の幅しかない。道から下の谷底までは光が届かないぐらい深い。
ここを通り過ぎるのにどんなに早くても5日はかかるらしい。
「新王様、私の馬車ではここから先には行けません。私はここで引き返します。
これより先は人間界ではありません。魔物の地です。決断の谷、混沌の森、沈黙の沼。
本当の試練はここからです。
しかし新王様ならば必ずや神の地へ辿り着けると信じております。どうぞくれぐれもお気をつけて。」
「マタニ様、ここまでありがとうございました。必ずや神の地へ行き王になります!」
「シンナ、キニシャ、ロダナ、頼みましたよ。」とマタニは別れを告げ帰って行った。