つつじ診療所
虫の雄は交尾の後大抵死にます。複雑な気分です。(この物語とは何も関係ありません)
街を外れて20数分。時折牛の鳴き声が聞こえてくるかのようなのどかな場所に彼はいた。
ヒノキの香りが心地いい木造の平屋。入り口には可愛らしい丸文字の『つつじ診療所』と書かれた看板がかかっている。
「突然の電話申し訳ありませんでした。今日は本当にありがとうございます」
「いやいや、こちらも患者さん以外の客人なんて珍しいですし良い気分転換になります。ですからそんな硬くならないでください」
胸に『田野辺』と書かれたネームプレートを白衣に付ける初老の男は無名の藪医者まがいの私を快く迎えてくれた。今は私の希望である診察室でこう話している。
そうだな。全体的にパステルカラーの暖色が使われていて何だか穏やかな気分になる診察室だ。椅子も柔らかいし、先生の机の上のぬいぐるみなんかがとても可愛い。
「ありがとうございます。何でも先生は『万病の薬』をお持ちだとか」
「……あー、その話ですか」
街から絶妙に離れたこの診療所は、それにも関わらず絶大な人気を集めており県外からも患者が来る程だった。何でも、『軽い症状ならどんな病気も治せる』薬があるらしい。
『万病の薬』。あるいは『仙薬』とも呼ばれるその秘密を知りたかった僕は、こうしてつつじ診療所を訪ね話をしているわけだ。
「そうですね、では―――」
先生が何か言いかけた時、カランカランと来客のベルが鳴った。
「……おっと。外来の方が来られたようです。…そうですね……あちらの椅子に座って下さい。その後続きを話しましょう」
先生に促されるまま、指された椅子に座る。すると程なくしてマスクを付けたスーツ姿の女性が診察室に入ってきた。
入り口から診察室までのルートからの死角になっているのか、女性が私が居ることに気付く気配は無い。
先生の発する一語一句を聞き逃さぬよう集中しながら診察室全体を見渡してみる。一面の暖色。処処に散りばめられた可愛らしいぬいぐるみ。微かに聞こえてくる音楽。
…お。………ふーん。………へえ…………。
「それでは今言ったことを決して間違えぬように。メモは取りましたね?」
「はい。先生、今日はありがとうございました」
「いえいえ、明日のプレゼンが上手くいきますよう僕も応援しています」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「お大事にー」
外来の方が帰られる。1度、深く息を吐いた先生は相変わらずの穏やかな表情でこちらを向いた。
「もう大丈夫です。すいません、僕のやり方に合わせていただく形になりまして」
「いえいえ、こちらも興味深いものが見れました。………しかし、手は叩かれないんですね」
「………………。……薬の内容を教えてくれと、たまに頼まれるのですが。大抵の方は失望されるか怒られるんですよね」
それもそうだろう。これをするなら環境から変えなければならない上に、何より技術が要る。
「僕からしたら下手な医薬品よりもこれの方がいいと思うのですけどね」
一面の暖色。処処に散りばめられた可愛らしいぬいぐるみ。微かに聞こえてくる音楽。
一対一。深呼吸から始める診察。何度も繰り返す細かい使用法。まるで、弛緩した意識に刷り込むかの様。
「薬を、見せてください」
出された白い粉末をひとつまみ取り、舐める。予想通り苦い。
良薬は口に苦しだ。
「プラシーボ効果。聞いたことはあるでしょう?」
先生が穏やかな表情を崩すことは無かった。
お読みいただきありがとうございました。
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