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D.G  作者: パステル
第1章 再開
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第六話 狼男

レイスの討伐任務を終え、シエラ会長から休暇の命令を受けた二人は彼女の紹介の上、水の都アクアリウムに足を運んでいた。

時は夕暮れ。海側の入り口から街の中に入ると商店街は人混みが、港には漁からちょうど戻った男達が声を張り上げながら魚の入った木の箱を運搬していた。

どの壁も白く汚れもあまり目立たない。そのせいか、物凄く綺麗な印象を与え、海も会長の言う通り、透明感があった。

観光には持ってこいの街並みで二人の表情も好奇心で一杯になっていた。


「綺麗〜!」


「素敵な街ですね」


ゆっくりと街の景色を堪能しつつ、二人は夕飯の場所を探し始める。水の都という名に相応しく、魚介料理のお店が多く並んでいた。

その中でも石レンガの建物でレトロな雰囲気を醸し出すような装飾品がある店に入った。

店内はなかなか明るく、シェフの調理する風景がカウンター越しで見れる形になっていた。

そのカウンターに座る二人、オーナーであるシェフが声をかける。


「おや?ここいらでは見ない顔だね?」


「はい。観光で来ているんです!」


笑顔で言葉を返すチコ。海鮮料理を調理しながら、会話を進めるシェフ。街の名所やこの店の紹介も交えた名産物や特産物、そして治安の良さを自慢げに話し続けた。


「だがな嬢ちゃん」


「ん...?」


突然、血相を変えて話を切り替えた。


「ここ最近、へんな奴がいるという噂が出ててな。夜な夜な何者かに付け狙われてるような視線を感じるらしいんだ。それに狙われるのはいつも、お嬢ちゃんぐれぇの若い女ばかりだ」


話を聞く限り大層なストーカー行為に思える内容だ。どうせ変態の男に違いないとチコは心の中で呟いた。


「姿とかは聞いてるんですか?」


ベールが詳しく聞き出した。シェフは顎に手をやり、記憶を掘り返す様子を見せる。どうやらなにか思い出したようで、声を一瞬荒らげて口を開く。


「おっ、そうだ。確か人ならざる者って言ってた子がいたな」


「人ならざる者?」


その瞬間、二人はお互い顔を合わせ、シエラ会長のとある一言を思い出した。


【ここ最近、青い毛をした狼男がその世界で猛威を奮ってるそうじゃ】


もしかしてと思い、チコがさらに切り出した。


「それって獣のような...毛とかありましたか?」


「毛...?んー、そこまでは聞いてなかったなぁ...。嬢ちゃん、まさかとは思うが会ってみたいとか、思ってはないだろうね?」


シェフが不安げな様子でそう口にした。チコも一瞬唖然とした顔をしてから、慌てて手を振りつつ返事をする。


「えっ!いやいや!そんな!変態となんて会いたくないです!」


チコもベールもそんなつもりで聞いたわけでは無かった。現世の人間に死神の話をしたところで悪戯に思われるだけだろうから。

だが、警戒対象であるからには少しでも情報をおさえたかっただけなのだ。


シェフが次々と料理を仕上げ、スタッフが二人のテーブルにそれを運ぶ。美味しい料理を口にする二人に対し、シェフがお披露目としてロブスターを鉄板の上に乗せる。栓のされた白ワインを使って巧みにパフォーマンスを見せていく。流れるようにコルクを取り、栓を抜いてロブスター目掛けて振りかける。燃え盛る炎で豪快に焼き上げながら、彩り野菜を皿に盛り付けていく。

匠の技に二人は口を小さく開けながら眺める。

メインのロブスターが程よく焼き上がった所で切れ込みを作り、丸ごと同じ皿に盛り付けていく。さらにホワイトソースなどで彩りを追加し、ついに二人のテーブルへメインディッシュが運ばれてきた。

豪華かつ煌びやかに感じるロブスターの焼き姿に二人は思わず小さな声で歓声を漏らす。


「おぉ〜」


「うちの太鼓判だ。味は保証するぜ?」


「頂きますっ!」


チコが切れ込みをゆっくり開くと身がぎっしりと詰まっていた。また、そこから溢れ出てくる熱と香りで食欲をそそる。

早速ナイフで身をいくつかに切り、ベールの分を先に分けてあげた。次に自分の分を取り、同時に口へ運ぶとプリっとした食感と甘さのある味わいが口全体に広がり、噛む度に弾力が伝わってくるのが分かる。

死界では中々お目にかかれないぐらいの美味しさでまた来たいと思う程だった。


しばらく食事を堪能した二人は会計を済ませてシェフとお別れする。気づけば1時間近く経過しており、夜になっていた。

今のうちに宿を確保しなければ。現在の位置から近い宿を探していくと、「INN」と書かれた看板を見つける二人。中に入るとこれまたオシャレな内装で受付には一人の女性が立っていた。

チェックインをし、泊まる部屋まで案内して貰う二人。部屋の鍵を受け取り、スタッフから各施設の場所と朝食の時間を教えて貰う。その後、スタッフが部屋を後にしたのを確認し、二人はベッドに横たわって足を伸ばした。


「ふあーっ!ふかふかのベッドだー」


包み込むような弾力のあるベッドにご満悦なチコを見て、隣のベッドに座っていたベールの胸が揺らぎはじめる。


(はっ!ダメよ私っ!抑えなきゃ...!)


そう、ベールはチコの事を尊敬の眼差しで見ているのと併せて、恋的感情も抱いていたのだ。発作のごとく心が荒ぶり始める。我が世界で慌てふためく素振りを見せる彼女、目を瞑ってその衝動を抑えようとするのだが、結局は欲が勝ってしまい、薄く見開いては彼女のリラックスしてる表情を再び見てしまう。


(ザッッ!)


「ふえっ!?」


ベールがチコの両腕を掴んでそのまま押し倒す。頬を赤める彼女の顔を見て、チコは察した。


「ま、待って!ベールちゃんっ!」


「ごめんなさいね...」


そう言って徐々に顔を近づけてくる。チコはじたばたして抵抗をする。


「わぁぁあっ!待って!場所っ!場所がマズいってっ!」


「大丈夫です。痛くしないから...」


「いやそういう問題じゃなくってっ!!いやぁっ!」


その時だった。またベールのスマホが鳴り始める。ふと我に返ったベールは恋路を邪魔されめちょっとふてくされながらもスマホの置いてあるテーブルまで移動した。

通知の名前を見ると再びシエラからだった。

電話に出るとシエラが少し早口で要件を述べ始めた。


「あぁ、ベールか。少し大事な話があってじゃな。今からわらわの所に来てくれぬか?」


「い、今から...ですか?」


「うむ。急ですまぬが...」


「分かりました。すぐ向かいます」


そう言って挨拶を交わして通話を切る。チコが内容を尋ねるとベールが先程の話を荷物整理しながら説明してあげた。


「え?大事な話?」


チコが聞き返し、それにベールが話を続ける。


「はい。今すぐに来て欲しいとのことでして...」


「そうなんだ...」


ベールに襲われかけた一件を未然に回避した事にほっとしつつも、会長からの突然の呼び出しに少し唖然ともするチコだった。

必要最低限の荷物を手にベールは部屋を後にする。言うまでもないがぽつんと一人になってしまったチコはひとまず温泉に入る事にした。

湯の香りが近づくにつれて感じるようになり、チコは脱衣所に入る。服を脱いでタオルを手に浴場へと足を踏み入れる。洗面台のシャワーで軽く身体を洗い流した後、シャンプーで髪を洗い始める。目を瞑りながらシャワーヘッドを探し、見つけて直ぐにシャンプーを洗い落とす。

しっかりと洗剤を落としたあと、同じようにリンスも行っていく。

身体もボディソープできっちりと洗い、頭にタオルを巻いて髪を固定させ、ついに入浴する事に。


「ふぁ〜...っ?」


身体に付着するプチプチ感。看板を見るとどうやら入った湯は炭酸温泉のようだ。二酸化炭素泉と書かれており、さまざまな効果や説明が記されていた。

体感ではあるがこのプチプチ感がいかにも健康に近づけているように感じた。

しばらくの間、炭酸温泉を堪能しつつ、海の景色を眺めていた。夜になっても活気溢れる商店街の人並みを見ているとふと死界の景色を思い出す。

夜の概念しかない死界も似たようにライトがロマンチックを彩るのと同じで、アクアリウムの街も街灯で賑わいを遠目でも確認出来る。


(あがって少ししたら私も商店街に行こうかしら...)


そうしよう。チコは温泉からあがり、脱衣所に入ってバスタオルで身体や髪をしっかりと拭いて行く。着替えを終え、備え付けのドライヤーで鏡を見ながら髪を丁寧に乾かしていく。

満足出来た所で自分の部屋に戻ったチコはベールと同じように最低限必要なものだけを小型のバッグに移動して受付の女性に外出の旨を伝えて宿を出た。

入浴中に見ていた商店街の方へ足を運ぶ事にしたチコ。途中でアクセサリーショップや魚屋などの商品を見つつ、より灯りの強いアーケード街についた。

人だかりが多く、時々ぶつからないように身体を避けることもあるぐらいだった。

途中、また別のアクセサリーショップを見つけ、品定めをしているとビーズで出来たブレスレットが視界に入った。


「お嬢ちゃん、見ない顔だね」


ショップの店員である少し年老いたおじいさんが声をかけてきた。観光で訪れた事を説明すると優しく微笑みながら街を堪能するように催促された。しばらく他のアクセサリーも見はするがやはりチコはそのブレスレットのデザインが気に入り、手に取るとおじいさんが再び声を掛ける。


「それはうちのとっておきでもある商品だ」


「これ、おじいさんが...?」


「あぁ、そうじゃよ。うちの妻と作った作品でね」


共同作業というものか。仲睦まじい話を耳にして思わず奥さんの話を伺うチコ。

しかし、おじいさんは少し悲しい表情を見せる。


「妻は数ヶ月前に病で亡くなってな」


「あっ...ごめんなさい、お辛い思いをさせてしまって...」


安易に聞いたせいで相手を悲しませる結果になってしまった。それに自分を強く責めた。

おじいさんも笑顔に戻ってチコに気を遣わせた。


「あぁ、いいんじゃいいんじゃ~。気にしないでおくれ。そのブレスレットは妻との最後の共同作品になってのう」


おじいさんの言葉の後、チコは少しの間、ブレスレットを眺め続けた。きっと、大切な人が傍に居なくなるかもしれない時、それからの不安や恐怖を抱きながら作ったのかもしれない。


「......あの」


「...?」


「このブレスレット。おじいさんが良ければ...買っても、いいですか?」


「...あぁ、構わんが」


これもきっと何かの縁なのかもしれない。決しておじいさんを不快にさせてしまった"お詫び"だからとかじゃない。最初からブレスレットを見つけた瞬間、買いたいと思っていたのだ。


会計を済ませ、赤色のブレスレットを右腕に身につけた時。おじいさんがサービスでもう一つ、青色のブレスレットを渡してきた。


「お嬢ちゃんにも、大切な人がいるじゃろうから、これはサービスじゃ」


大切な人、ベールの姿を思いながら、彼女のために青色のブレスレットを戸惑うことなく受け取った。


「ありがとうございます...では」


「きゃぁああっ!!」


「っ!?」


別れ際に突然、アーケードの方から女性の悲鳴が聞こえてきた。すぐさまチコはその声がした方へ走り出した。おじいさんは危険を感じ、慌てて彼女を引き留めようとするも、ご老体ゆえ、実行する頃にはもうチコは店の外に飛び出していた。


そんな事も知らず、チコは猛ダッシュで人混みを掻き分けながら現場に駆けつける。召喚機で鎌を取り出し、女性を庇う形に武器を構える。

突然の彼女の登場に周りの人は再びどよめきを露わにする。


肝心のターゲットを探す。鎌を使って上空を飛び上がり、人混みの奥側を重点的に探すと反対側に走る人型の影が見えた。


(あれだわっ!)


でも人に化けるレイスは聞いたことがない。だが、レイスも愚かではない。日々進化を遂げ、それが死神達の任務遂行を妨げる要因にだってなりえることはある。

ベールがいない以上、無理な詮索はしないつもりではいた。だがみすみす逃すのも恥である。スマホを取り出し、偵察班にレイスの疑いがある旨を報告する。


「死神番号5015、チコ・ブリリアント。至急っ!レイスの可能性がある影を追跡中っ!」


「了解、確認できてる情報をお願いします」


偵察班の女性が指示を出す。チコも再び人混みを掻き分けながら出来る限りの情報を掲示していく。


「死神番号5016、死月・ベールは別行動中!レイスと思われる影の形は人に近しい者です!」


「人に近い?」


流石の偵察班も耳を疑った。人型のレイスなど、今まで一つも実例がないのだ。

チコは続けて現状を説明する。


「アクアリウムの街、細い道を使って逃走中、街灯を避けているようにも見えますっ!」


「確かに逃げ方はレイスに似ている部分は多いわね...すぐに偵察機で情報を割り出す」


「了解ですっ!...すぐに、っ!!」


ふとスマホに視線を送ったのがまずかった。

影に不意打ちを決められ、首元を掴まれてしまった。その際にスマホを落としてしまい、偵察班の声が聞こえないと共にこちら側も応答ができない状況になった。


「ぐっ...こっの!」


チコは負けじと抵抗し、右足で敵の腹に蹴りをいれた。掴む手の力が弱まったのを隙に拘束を解いて敵と一旦間をとった。


二人の間で落ちていたスマホから、小さく発する偵察班の声。そんな中でお互い、チコは鎌、敵はおそらく爪であろう。武器を構えて態勢を万全にする。

敵の姿をしかと見つめると、チコは若干驚くように目を見開いた。なんとその姿はシエラ会長が口にしていた、青色の毛を基調とし、白色の毛も若干生やした狼男だったのだ。

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