第四話 受理
その日の訓練は全て終わり、シエラに連れられて近くのカフェハウスを訪れることになった。
深呼吸したくなるような空間と樹木がいい感じにインテリアとして備え付けられている店内。
そこで三人はカウンターでシエラ、チコ、そしてベールの順番で座っていた。
「実を言うとな、こういう教師みたいな事をしたのはお主らが初めてなんじゃよ」
「えっ!?そうだったんですかっ?!」
二人ともシエラの発言に驚き、それと併せてチコは思わず口にした。シエラが頼んでいたコーヒーを少し飲み、ソーサーの上に置いたあと、再び口を動かす。
「こないだ言っていたか忘れたが、死神の人手が足りなくてね...人選だなんだって言ってられない状況なんじゃ」
やはり、レベッカの言った通り、人員が足りていないようだ。会長の一人であるシエラが言うのなら間違いはないだろう。だがどうしてそんな事態になっているのか。ベールがそれを尋ねるとシエラはコーヒーの中身を見つめながら答える。
「最近、不吉な石っころが出回っているようでな。セントラルの役人共はそれを【霊瘴石】(れいしょうせき)と名付けておる。レイスの力を操ったり、中にはその石から発する瘴気を利用して自ら闇の力を得ようとするバカもおる。知能が高まったり、絶大な力を持ったりすると言った例がある...」
「そんな危険な物がどうして...?」
「分からぬ...じゃが、それは人工的に出来たものだという事は研究で解明されておる」
その石は紫色の光をにわかに輝かせ、見つめただけで石に眠る力か何かで心を支配されかけた者もいたと言う。
もし発見しても、無闇に見たり触ったりはしてはいけないとシエラから忠告を受けた。
その後も三人は世間話や死界のあらゆる施設の紹介をした。
会長というからどれくらい厳しい人なのかと思っていたのだが、こんなにも親しみやすい人だとは想像もしていなかった。
今この時でも同じように最近の世間話を流れでしていた。ベールが古時計の針を見て受付の時間が迫っていることに気付いた。
「あっ、ごめんなさい。そろそろ...」
「あぁ、そうじゃったな。すまぬな、つい長話をさせてしまったな」
「いえ!楽しい時間をいつもありがとうございます!...失礼致します」
二人は一礼して、会長室の扉を開けて再び一礼した。ゆっくりと閉めて、ボディガードの二人と入口の受付スタッフにも会釈をして役所を後にする。
会長との会話を億劫だと思ったことはみじんもなく、むしろ死界の新たな発見をすることがあるから飽きると感じたことも無かった。
次に面会をする時は彼女の大好物である「ブレッダ」と呼ばれるパン屋で売っているアップルパイを差し入れるか、二人で歩きながら考えた。
次に二人は依頼の確認と受理を行うために【依頼所】に足を運んでいた。そこは死神が任務をする上で欠かせない施設の一つである。
依頼を受理する前にここのシステムを説明しなければいけない。
過去のレベッカとの会話でもあったようにレイスは現世に蔓延る魂を喰らう悪霊である。その生息を探るのは【偵察班】と呼ばれる部隊。彼らがレイス達を見つけ出し、種類や数を調査した上でその資料を死界に届ける。その後は受付嬢達が死神達に内容を確認出来るためにさらなる資料作成とデータ整理を行っているらしい。
(カランッ...)
二人は入口を開けて中に入る。他の死神達が掲示板に貼られた依頼のチラシを眺めていたり、自身の依頼を手に他の仲間を募っていたりしていた。
そんな死神達の一人が彼女達の存在に気付くとそれにつられて他の死神も次々と見始める。
二年目と同時に中位となった二人の異様な出世のスピードに同期と言える死神達からは大きな程注目の的だった。
そんな多くの視線に囲まれながらも二人はとある受付嬢を探し、居ることを確認するとすぐその場所へ歩みを進める。受付嬢も二人の存在に気づき、口を動かした。
「いつもお疲れ様です。チコさん、ベールさん」
「レイチェルさんも、毎日お疲れ様です」
「今日は確か、ベールさんのご依頼でしたね」
丁寧かつ優しい印象を与える口調で話す彼女はレイチェル。水色のセミロングに薄赤色のヘアバンドを身に付けていた。オレンジ色の瞳はデスクの引き出しを見ながらその中から資料を取り出す。
レイチェルは二人の専属受付嬢であり、チコ達の他にも何人かの受付も請け負っている。
机の横にある棚から水色のファイルを取り出したレイチェルはデスクの上に置き、開いて1番上の資料を数枚、留め具から抜き出して、閉じたファイルの上に重ねる。
「こちらが今回の依頼。アルカディアでの討伐任務です」
レイスの数やタイプ、生息地の大まかな場所など様々な情報が記されており、レイチェルがその内容を口頭で説明をしていった。
その後、契約書や報告書を資料と一緒に三つ折りにし、専用の封筒に入れてベールに手渡した。
それと併せて、引き出しから小型の銃を
「いつもの事ですが、くれぐれも用心をお願いします」
「はい。行ってきます」
微笑みかけて挨拶を返す二人。レイチェルも同じような表情でチコ達を見送った。
彼女とは会長と同じぐらいの付き合いであり、かなりお世話になっている人物。
その過去の話をする前に、仲睦まじい程信頼し合っている二人が過去にいざこざがあった話をまずしなければならないだろう。
【死界 チコとベールの自宅】
訓練を終え、正式に死神として活動するようになってから三ヶ月が経ったある日、チコは一人で仕事をこなし、遅くならないようにすぐさま報告書をレイチェルに渡し、途中、おかずとなる食材を買って帰宅した。
「ただいまーっ!...あれ?」
大抵キッチンかリビングにいるはずのベールがその日は居らず、寝室部屋を見て見るとベールがうずくまった状態で佇んでいた。
「ベール...ちゃん?」
「......」
今までにない、異様な雰囲気にチコはふと、自分の行いを振り返る。
何かベールを悲しませてしまっただろうか?
だが、そのような記憶はいくら手繰り寄せても見つからなかった。
チコは恐る恐る尋ねる。
「ベールちゃん...何か、あったの?」
「...チコさんは...私の事、どう思ってるんですか?」
塞ぎ込んだ彼女の問い掛けにチコは拍子抜けした顔をした。
「えっ...、勿論親友だし、かけがえのないパートナーだよっ!」
「...私はお荷物なんじゃないの?」
「...何を言ってるのっ?」
思いがけない言葉にチコの表情はとっさに青ざめる。まだこの時は二人の決まり事が定まっていなかった事もあり、一人で任務をこなすことが多かった。共に任務に行けない事にベールは不満に感じていた。
それが空回りして「自身がチコの荷を重くしている」と勘違いしてしまったのだ。
チコはすぐにそう出ないことを証明させたかった。
「そんなことある訳ないじゃないっ!ベールちゃんだって頑張ってるじゃない!」
「私はただ"あなたについて行ってるだけ"よ!」
ベールの言葉にチコは目を見開いた。その様子を見て本人も咄嗟に言った言葉を思い返して事の重大さに口を開いた。
「ベールちゃん...」
「......今日は...お休みさせてください...」
そう言って、ベールは布団を被って眠りについてしまった。
チコはあの言葉にショックを受けていた。
あの時、ベールを守ると誓いつつ、死神になった私は今の今まで稼業を続けていた。ベールも死神として必死に任務をこなし、お互い実績も悪くはなかったはずだ。でも今のベールを見る限り、不満が募っている様子だった。
ふとあの時を思い返す。あの日、死神になろうってベールを誘わなければ、別の職業で彼女にとって幸せと言える夢や希望を手にしていたのだろうか。
会話のあったその日から、ずっとそれだけを考え込んでいた。後日、自分の任務を受けに依頼所に出向くまでは
暗い顔を見せるチコをレイチェルは見逃すことは無かった。
「どうしました..?浮かない顔ですが?」
「...私はベールに辛い思いをさせてたみたいで...」
悲しそうな顔をするチコ。悪気は無くてもベールの辛そうな顔を思い出すと、自分の行いに罪悪感を抱いてしまう。そんな中であの時の話をするとレイチェルは真摯に話を受け止め、少しばかり悩んだ後、とあるアドバイスをしてあげた。
「きっとベールさんはあなたと一緒に戦いたいんじゃないですか?」
「えっ...」
レイチェルは憶測でベールの心の内を弁解する。きっとチコと一緒に戦って、自身の存在を見出したかったのではないかと。ついて行くというのは「チコの背中を追う事」という意味で、本当の気持ちは「一緒に戦いたいのではないか」とレイチェルは捉えた。
彼女の言い分にチコはもの凄く納得し、その時に請け負った依頼を手にベールを誘うことにした。
「ベールちゃん!...ごめんね...私から死神を誘ったくせに...あなたを守るって誓ったくせに...ベールちゃんの期待に添える事をしてこれなかった」
「...っ!」
「だから、明日の私の任務、"一緒に行こっ!"」
この言葉にベールは涙を流して、思わずチコを抱きしめる。
「私も...っ、素直に言えなくて...ごめんなさい...」
お互いに戦う事の過酷さ、辛さを直接触れ合い、分かち合い、支え合いながら、より繊細にはっきりと理解し合える事がきっとパートナーという事なのだろうとチコはレイチェルのアドバイスでようやく理解した。ベールもきっと同じように思っているだろう。
それからお互い、出来る限り順番に任務をこなすようにルールを決めたのもこの時だった。
あの時、レイチェルに相談していなければ今頃、一人一人で死神稼業を営んでいただろう。
ましてや、ベールは違う道を歩んでいたかもしれない。依頼を受けると時々思い出し、その度に彼女へ感謝を込めるようにしていた。
依頼所を出た二人はついに現世に転移するため、近くのゲートへ移動を始めた。
時折、過去に援護に来てくれた同胞とすれ違う。軽く挨拶だけを交わす者もいれば、絡んでくる者もいる。
「よっ!ここ最近任務ばっかじゃね?」
ほんの少しとんがりの髪型をした男がチコに絡んできた。歳も顔立ちも彼女達と同じぐらいに見えるこの男も、過去に中型レイス討伐の際に援護に来てくれた死神だ。
「確かにそうね...」
「たまには休めよ。なっ?亡き者っつったって感覚はあんだ、リラックスは必要だぜぇ?」
彼の言葉は一理ある。でも休んだところで自分はすることが無くなる。性格故か誰かのために動かなければ落ち着かない。
考えてみればそれが理由で死神になったようなものだ。誰かを守りたい力が欲しいから。誰かの為に働きたい。そういう気持ちが大きかった。
「まぁ...休暇の命令とかが来たら、休むよ」
と苦笑いで返すチコ。彼も若干心配そうな顔をするも、あまり問いただすことはせず、注意を促すだけして二人から離れていく。
私は誰かを守る力がある。それを存分に持て余すことなく使わなきゃ、落ち着かないのだ。
でも、思い返せば、死神という言葉を初めて耳にする時から、この「誰かを守りたい」、「何かを助けたい」気持ちは心のどこかにあった。
ベールと「出会う前」からもあったような気がした。
つまり、死界に訪れた時からあったということ。
「さんっ...チコさんっ!」
「ふぇっ?!」
気がつけば自分は無意識に前進したまま考え事をしていた。目の前の門番が彼女の頭を軽く押さえて進行を止めていた。周りを見るとどうやらポータルと呼ばれる転移装置があるゲートに着いていた。
「あわわっ!ごめんなさいっ!」
「嬢ちゃんが真面目なのは言うまでも無ぇが、周りを見なくなる程真剣な眼差しで考え事をするもんだからよ?」
太めの声でそういう門番。悩み事という訳ではなかったが、確かに自分にとって、とてつもない大事な何かなのではと、気にはしていた。
ベールも少し気にする様子を見せる。
「大きな世話なのは重々承知だが、考え事は戦闘において隙を作るだけだ。ゲートに入ったらそれは慎むように」
「分かりました」
門番に注意されたチコ。気を引き締めて、二人は行き先の記した資料を門番に見せ、その座標を操縦士に大声で伝える。
「座標:226,538,1992。開放用意っ!!」
言葉に続いて操縦機の方からスイッチの音がパチパチと聞こえてくる。青白く光るポータルの渦がより輝きを見せる。きっと座標を再設定する際に自然と発光するのだろう。
轟音響く中、あたりのパイプから蒸気が溢れ出る様子も伺える。地面も若干揺れるのが伝わる。音は次第に静かになるに連れて、再設定も完了に近づいていく。最後に蒸気の音が鳴ると門番が口を動かす。
「ポータル設定、無事完了。ご武運をっ」
そう言って門番はベールに資料を返す。道を譲るよう少し横に移動し、二人を見送る。
考え事をやめるよう顔を横に振るチコ。気持ちを切り替えて先にポータルの中に入る。
未だ慣れないポータルから発する異様な音の変化に耳が強張る。
現世へと結ぶ空間はまさに異次元と言える背景だった。歪んだ波形が無数に存在し、見つめると視野が変になっていく感覚に陥る。
なるべく現世に続く向こう側のポータルを見つつ進むようにした。
数秒で辿り着き、ベールが外側の状況を確認しに顔だけをポータルの中へ突っ込んだ。
姿勢を戻して真下が安全である事を告げる。
ついに降り立つ世界「アルカディア」。
そこで彼女に牙を向く脅威が迫っている事など露知らずに。