第二話 案内
ベールが自身の名前を確立させた今、レベッカも気を引き締めて死界の案内を続行させる。
「改めまして、チコさん、ベールさん。ここ死界は死者が集う世界です。また、第二の生として歩みを進める場所でもあります。営みを目指す者も居れば新たな道として進む方も居ます。また...、【死神】として現世の悪霊とその類を浄化させる者も居ます」
死神。想定していない言葉にちょっと驚きを見せる二人。その反応にレベッカは話を切り出した。
「今ならっ!死神専用のマンションが家賃半年分無料のキャンペーンもやっておりますよ!もちろん今すぐお決めになる必要はありません。いずれの選択でも最低でも2ヶ月は専用の宿舎がございますので!」
「でも、悪霊って事は闘うって事ぉ...ですよね?」
チコが核心を突いて行く、それにレベッカの眉がピクリと動く。手に持っていたバインダーを開き、あるページを二人に見せる。そこには人とは言い難い異形の姿をした黒い物体だった。
「おっしゃる通りです。...こちらです。これが悪霊、通称【レイス】と呼んでいます。死神達はこういった類の者を狩る仕事をしております。...と、普通ではここまでの案内なのですが、実を言うと人手が足りなくてですね...」
困り果てるレベッカ。それを見たチコは不意に彼女を助けなければいけないという衝動に駆られた。だが自分が死神として生きていける確信がない。ベールも同様に自分が生前どんな人間だったのか分からない以上は下手に決める訳には行かなかった。
キャンペーンが存在するのも分からなくもないが、果たして効果は出ているのか。少しばかり疑問があった。
「あの、まだ私達はここに来て間もありません。ひとまずこの街の案内をお願いできますか?今後の事はその間に決めますので」
「そうですねっ!ではまず、商店街に行きましょう!」
レベッカの後に突いて行くチコとベール。
ゆるやかな坂道を上りつつ、果物屋、魚屋といった食品に携帯ショップや電気屋といった家電機器類、中には居酒屋や鍛冶屋、紋章屋といったお店まで存在していた。
死界には夜しか存在しない事もこの時にレベッカから教えて貰った。賑やかに酒を交わす住民達、買い物を済ませ円満な光景を見せる家族連れ。生前の世界も同じだったのだろうか。
今となっては何度も言うが分からない。
商店街を抜け、次に訪れたの立派な建て構えをされた場所だった。
「ここは役所になります。住民登録や各種手続き、そして死神に関する手続きも行っております」
説明の後、レベッカに続いて中に入ると結構な人数の職員と住民達が居た。書類の記入や椅子に座って自分の受付の番を待つ者様々。
早速住民登録のために二階へ案内された二人、一人の職員が現れ、彼女達を受付の椅子に座らせると書類とペンを取り出して、懇切丁寧に説明をし始めた。
言われた通りにチコとベールは用紙に記入するも、書くのは名前とパスワード、アンケート欄ぐらいだけだった。生前の記憶が欠落するのが当たり前となれば当然か。二人の記入が終わると職員が用紙を回収し、今度は顔写真の撮影に入った。
後からレベッカに聞いた話だが、この後住基ライセンスと呼ばれるカードが手渡される。そのカードには個人を識別する機能が備わっており、先程記入したパスワードと照合する事で様々な手続きに必要な情報を確認する事が出来るらしい。すなわち、この写真撮影も顔認証の際に必要不可欠な大事な工程ということである。カメラのフラッシュが思いの外強くて少々目くらましをしてしまったがなんとか撮影は終えた。待機するよう指示をされ、受付付近の椅子に座って、カードの発行を待つことになった。
「やっぱり、私達、死んでるんですね...」
ベールが小さい声で言いながら。自分の足元を見ていた。そういえば影がない事に気づいたチコは同じように自分がもう生者では無いことを痛感した。
「そうみたいだね...本当に思い出せない」
「チコさんもですか?」
レベッカはそれを見て、茶色の髪を整えつつ、自分の過去を例えに慰める。
「私も勿論死者で、記憶も当時は一切ありませんでした。ですけど、記憶はいつか戻るものだと思っています。自分が何者だったのか。生前、どんな生き様を歩んでいたのか...」
彼女の素っ気ない笑い方や喋り方にチコは少しばかり浮かばない印象を受けた。記憶が戻ると言うことは自身の存在意義を取り戻せたということのはず。それはきっと喜ばしい話なのではないのだろうか?
「でもそれって、いい事なんじゃありませんか?」
チコは思ったことを口にした。今思えば、それはあまりにも軽率だったと後悔していた。
「...そうですね!自分のいい所が明瞭化出来るということですからね!」
違和感を抱くほどの間があった。それでもレベッカは笑顔で返して、近づいてくる職員を見て椅子から立ち上がった。
「カードが出来たみたいですね!」
職員をみると、小さめのトレーを手に持っていた。その上にはチコとベール、二人の住基ライセンスが紺色の布の上に綺麗に置かれていた。
二人はライセンスカードを手に取ってそれを少しの間見ていた。
「それが住基ライセンス。この死界の住民である証です」
これで自分達もこの世界の人となったわけか。
そう心の中でつぶやくチコ。ICチップ的なメッキのついた部分まである。
職員に礼を言って、三人はその場を後にする。
警備員と挨拶を交わし、再び外に出ると何となくではあるものの、通行人の数が多くなっている気がした。
そんな中で、今度は死神役所に向かう事になった。
すれ違う住民達を見てみると、亜人と呼ばれる人型の動物達もところどころ見える。チコはその時、ある疑問を見つける。
「あの、時々私達のような人間とは違う方がいらっしゃいますが?」
「はい。この世界は様々な現世と繋がっております」
繋がっている?その回答にチコは何か引っかかり、足を止めて同じ言葉を聞き返した。
「繋がっている?」
「え?はい。こちら側へ来るには死が前提となりますが死者であれば、現世に行くことは制限はありますが許可されてます」
それはつまり、自分がどの世界の現世か分かれば自分の死因、住んでいた場所、あらゆる記憶を取り戻せる可能性があるということだ。
チコの期待はどんどん膨れ上がっていく。
しかし、それをレベッカが突如真剣な眼差しで切り崩す。
「もしや、自分の存在を見つけようと現世に降りたとうとお考えですか?」
「うっ...」
彼女の考える事を1寸のズレなく射抜いていく。ベールもレベッカの鋭い目付きに圧倒される。
「もしそうなのであれば、...お辞めになられた方がよろしいですよ?現世にはレイスが蔓延っています。レイスが食すのはさまよった魂であり、生身の人間ではありません。過去に何万人もの死民が己の過去を知りたいがために現世に無断で乗り込み、尽くレイスに魂を奪われてしまった。そのため、今では月に2回までの制限を設けざるを得なくなりました。それでもなお、あなたは己の過去を知りたいのですか?」
彼女の台詞に少し戸惑いがあったが、チコの心はすぐに知りたい気持ちが強かった。
「...確かに怖い話ですが...やっぱり知りたい気持ちは収まりません!」
彼女の意志にベールも小さく口を開けたまま見ていた。レベッカは小さめの溜め息をつきつつも、手段がある事を明かした。
「方法はあります。死神の任務として、あなたの生前歩んでいた世界に運良く訪れるか。はたまた大切な記憶とあいつがえる何かと偶然遭遇するかしか比較的安全な方法はありませんよ?安全とは言いましても、命に関わる事に代わりはありませんが...」
死神になれば武術なりの戦闘能力を身につけられるということだろうか。それなら万が一、レイスと鉢合わせしてもやられる可能性は下がる。
「分かりました」
ここにきてから今までの一連で思い立った言葉や疑問をぶつける事が多かった彼女だが、あの一言に関しては今でも間違った道を歩んだと後悔したつもりはない。
「私は死神になる」
私はきっと、あの時から、何か思い出さなければならなかったような気がしたから。
【死界 チコとベールの家】
「色々あったね...昔は...会長の扱きもあって」
苦笑いでチコがそう言うとベールも賛同してクスクスと笑った。その時、ベールの携帯が突然鳴り始めた。二人はそれに目をやって、ベールはすぐさまその電話の宛先を確認し、耳にあてた。
「はい、死月です。...えぇ、そうですが...、分かりました、チコさんと一緒にそちらに向かいます」
彼女は快く話してる様子を見るに彼女が言わずとも、電話相手が誰だかチコには見当がついていた。
「会長から?」
「はい。いつもの話です」
過去の話でもあったように、会長とは【シエラ・ラペズトリー】の事である。死神西南支部会長、兼戦術指南役をしている彼女。
そもそも、死神にはクラスが存在する。
下位、中位、上位、高位と続き、そこから隊長補佐、隊長、会長補佐、会長と続いていく。
さらに会長の上が存在するらしいのだが、機密事項扱いらしく、シエラ会長ですらその名称を把握していない程だ。
彼女の立場上、呼び出しと言えば呼び出しではあるのだがおそらく世間話だろう。
チコ達からすればよくある話である。
あの時から死神になった二人はシエラを師匠として戦術から知恵まで、あらゆる知識を彼女から学んできた。
その間もプライベートを付き合う機会も多々あった。最初は社交辞令の感覚で交流を深めて居たがある程度死神としての実績を重ねた頃には親しみの意思の方が強くなっていた。
だとしても相手が会長である事に変わりはない。会長の職務がどれほど大変なのかも、付き合う中で理解していた。あまり時間の無駄をさせてしまう訳には行かない。
二人は朝食を済ませ、カバンの中に任務に必要な武器や道具があるか確認し、鎌の召喚に不具合がないか、腕につけた器具をメンテナンスする。チコは左腕に宿した紋章のタトゥーを見てあることに気付く。
「まずいっ、魔力が少なくなってきてる」
「あら、では死役所の後によって行きましょう」
「ありがとう!」
ベールが自分のショルダーバッグを肩にかけ、備え付けのベルトを腰に巻き付けて固定する。
チコも同じように固定して、お互い準備は完璧となった。
「では、行きましょうか」
ベールの言葉にチコが明るく返事をかえした。
マンションの鍵をお互い持って、自宅を出る。
商店街を通る際、鍛冶屋のおじさん、シドが声をかけてきた。
「おぉい!」
「あっ、シドおじさん!」
相変わらずの大盛況の様子に思わず口にしてしまうチコ。シドも自慢の腕を適度に自賛しつつ、二人の武器の具合を尋ねてきた。二人の鎌は購入した場所も細かいメンテナンスもシドに任せてもらっていた。これも全てシエラの紹介によるものだ。入念に二人の鎌を見るシド、温厚な喋りを見せていたあの優しさの表情とは打って変わって、まさに職人の眼差しだ。
「ふむ...死神2年目にしては丁寧に扱ってくれているようだなっ、関心するよ」
「シドさんの技術の賜物ですよ。それに、必ず、武器には職人の魂があるって、教えてくれましたし」
「そうだな。じゃが、そこまで熱心に向き合ってくれる若造はなかなか見ぬからな。嬉しい限りだ」
チコ達が微笑みを見せるとシドも温厚な笑みを浮かべた。メンテナンスを済ませ、二人を止めたことを詫びて別れを告げる。二人は礼を言いながらも死役所へ向かう。
数分歩いた頃、目的の場所についた二人は早速エントランスに入ると受付員が目の前まで足を運び、要件を伺う。
「チコ様、ベール様。本日は会長様との謁見でございますでしょうか?」
「はい、そうです」
ベールが返すと受付員は軽くお辞儀をし、かしこまりましたと一言添えて、受付デスクに置かれていた受話器に歩み寄って手に取った。
数秒し、通話が始まった。二人が到着した旨を伝える受付員、丁寧な言葉使いに流石な気持ちが強くでた。
通話を終え、会長からの許可を得られた旨を二人に伝えるとそのままエレベーターを案内された。一連の流れはチコ達も概ね把握はしていたが、やはり立場や礼儀というのはある。
文句を言わず二人は流れに沿ってエレベーターに乗り込む。
最上階まで上り、降りた所から右手を見てみると、そこに屈強なボディガード二人が微動だにしないレベルで静止していた。
何度見てもその静止具合に少し圧を感じるがプライベートで彼らと話をすることもたまにある。見るからに無口そうな雰囲気を醸し出しているが二人とも中々の達者な喋りをする。
受付員とはここで別れて、二人はボディガード達に謁見に来たことを告げる。
「ご苦労さまです。中で会長がお待ちです」
それでも静止を決め込むボディガード達。
そんな中でチコは前に出てドアをノックする。
初めの頃は緊張していたこの一瞬も、今となっては呼吸するのと同じぐらい慣れてしまっていた。
「死神中位クラスのチコ・ブリリアントと」
「同じく死神中位クラスの死月・ベールです」
二人のクラスと名前を申し出ると、ドアの奥から女性の声が帰ってきた。
「入れ」
その言葉を聞いて、チコは失礼しますと一言添えた後、大きめの扉を開ける。
ある程度開いたら、先にベールが会長室に入る。その後、ゆっくりと扉を閉めつつ、チコも会長室に入った。
シャンデリアが周囲を明るくし、赤いカーペットが床一面に敷かれていた。ソファーから何まで高級感溢れるこの部屋の向こう側に、
背もたれを向けている椅子が一つあった。おそらくその椅子に会長、シエラ・ラペズトリーがいるであろう。
「今日は急な呼び出しにも関わらず来てくれて済まなかった。礼を言う」
そう言って、ゆっくりと椅子を回転させ、二人の視界に彼女の姿が映り込む。
その彼女の姿を初めて見た時は、ベールと一緒に唖然とした事を思い出しながら。