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D.G  作者: パステル
第1章 再開
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第一話 死界

お願い...!起きてよぉっ...!


大雨の中、河川敷で男女2人が佇んでいた。

男は横に倒れていて、

彼女は泣きながら彼の体を揺さぶる。

上半身を起こして抱きしめもした。

雨と徐々に大きくなる救急車の音が、

彼女の悲痛な声を掻き消す。

それでも彼女は諦めず、彼の体を抱きしめる。


「お願いだからぁっっ!目を覚ましてよぉっっ!!」




「っ-!」


明かりの消えた一室で彼女は目を覚ました。

静まり返った部屋で体を起こして、自身の服を見てみると寝汗なのか下着が若干じめっとしていた。


「またか...」


実はここ最近、先程のような夢を何度も見ている。

正直見飽きたと言いたいぐらいに。

でも、心のどこかで忘れては行けないと感じてしまう。でも、その理由が見つからない。

彼女は服を着替えるため、ベッドから降りて、タンスから衣装を取り出して脱衣所に向かう。

念の為シャワーでも浴びようかな。

ふと思い立ち、彼女は服を脱いで浴室に入る。


彼女の名前はチコ・ブリリアント。

緑色の長髪に頭にはアホ毛があるのが特徴的で、明るめの赤い瞳をしている。

顔面からシャワーを浴び、その中でチコはリラックスする。

無意識でやる程、当たり前になっているこの行動。でも、これが一番リフレッシュ出来る。

それにしても、あの夢は一体何なのだろうか。

あれだけ似たような夢を何度も見ているのに、一向に思い出す気配がない。

私に友達がいたのだろうか?

大切な人なんて、居ただろうか?

私に【家族はいたのだろうか】?

一切思い出せない。

無理もない、だって私は...


チコは右手を壁につけて、視線を下に向けた。そして、彼女が異質である部分を見つめる。【影がない】。


そう、彼女は死んでいる人間なのだ。

私の名前と、自分が死んでいるという事実だけ、記憶に残っていた。

理由や発端がなんなのか、殆どと言っていいほどわからない状態。

だから、自分が生前どういう人間だったのか、どんな生き様を歩んだのか。

あらゆる生前の記憶が抜けてしまっている。

そんな状態でこの世界に訪れた。


シャワーを終えて、チコはタオルで体に付着した水滴を拭う。


そもそも死んだ人間がなぜ生活しているのか?

この世界が【死界】と呼ばれるからと言うべきか。はたまた、この時間軸には第2の生として亡者達が住む世界が存在するというべきか。

生前で自殺や事故、あらゆる要因で亡くなった者が行き着く世界、それがこの世界である。

円状に8つの巨大なエリアが方角で分かれていて、その中心に様々な主要機関がひしめき合うセントラルエリアがある。

エリアは球体のように地形が構成されており、厚いガラスで覆われている。

その外側は奈落の底に等しい空間になっている。


体を拭いてる最中、一緒に持ってきていた携帯が振動と共に鳴り出した。

アラームだ。時計は7時を表示していた。

通知を切ったその直後に寝室の方から音が聞こえた。

チコはそれがなんなのか知っていた。


「チコさん?お風呂ですか?」


優しい印象を与える声が近づきながら聞こえてきた。

それにチコは服を着替えながら返事をした。


「うん。またあの夢見てね...」


「また、ですか?最近よく見ますね」


「えぇ...、それはともかく、今日はベールちゃんの番ね」


チコの様子を伺っていた彼女の名前は死月・ベール。変わった名前だがこれも死界では正式な名前として登録出来る名前だ。

金髪のロングヘアーで紫色の瞳をしている。

表情はチコが明るいと言うのなら、ベールはおっとりといったところか。その印象通り、家事や掃除といった世話が得意である。チコもそれなりに出来るがベールがそのあたりは任せて欲しいと希望があったため、彼女に色々と任せていた。


「はい。いつもありがとう」


「お互い様だよっ!昨日は私の分を手伝ってくれたし!」


先程から話す内容は、二人にとって一つの存在意義に匹敵する話。鏡を見ながら綿密に髪をドライヤーで乾かすチコ。


「あれは...その前の私の分を手伝ってくれたから...」


「あれ?そうだったっけ...?いいじゃない!パートナーなんだから気にしない!」


ベールには家事の事もあり、感謝の意を込めて言い返した。パートナーという言葉にベールは少し嬉しい表情を零した。朝食を作りに移動する旨をチコに話して彼女はその場を離れた。

チコも少しして、ドライヤーを済ませ、携帯を持ってリビングに戻る。

通り越して寝室の窓から外を除くと相変わらず夜景のような街の輝きを見せている。

死界に【朝は無い】。年がら年中夜なのが死界の特徴のひとつだ。

オレンジ色に灯る街灯がロマンチックな雰囲気を漂わせる。石レンガの建築物が軒並みに立てられており、ところどころには一部の住民が店を構えて商売繁盛の一面を見せる。

二人はそこからちょっとだけ逸れた集合マンションの一つに暮らしていた。

だが8階ともあって、道から逸れつつも商店街の様子を伺うことは出来る。


「朝から凄い人〜...」


「最初の頃は堪えましたね〜...時間の感覚が麻痺したりと...」


死界に訪れた直後の頃と比べ始めるベール。

それにチコも賛同してリビングの椅子に腰掛ける。


「驚くことの連続だったもんね〜」


そう、おそらく私が死界に来る前、真っ暗な空間で倒れてたんだよね。




【???】


「ゲホッ!ゴホッ!」


意識がはっきりすると同時に激しい咳を模様した。あまりに突然だったため、焦りを露わにしていたが落ち着きを取り戻し、体を横にしたまま辺りを見渡して見る。

一面真っ暗な空間に戸惑いを見せるチコ。

ゆっくりと体を起こして自身に異常がないか確認した。特に違和感は無く、それなりに自由が効いた。

それにしてもここは一体何処なのだろうか。

そもそも、私はどうしてここに居るんだ?

このまま立ち尽くしてても始まらない。無駄だとしてもひとまず移動してみよう。

彼女が行動に移した直後、どこからか声が聞こえた。


「チコ・ブリリアントですね?」


女性のような声にチコはキョロキョロと辺りを再び見渡す。その様子に構わず、謎の声は話を続ける。


「あなたは亡くなられたのです」


突然の死亡宣告に思わず驚きを隠せないチコ。亡くなった理由を問いかけるも謎の声はこの空間に訪れる事は死を意味する事までしか把握出来ないと言う。

色々確認してみるも、大抵が同じ回答だった。

残念がる彼女に謎の声は慰めるように死界の概念を説明しだした。


「これから訪れる死界と呼ばれる世界。そこがあなたの新たな生として歩む場所です」


「死界...? 」


「臆することはありません。あなたが想像する死の世界よりはきっと、快適な世界かと思います」


その言葉に信じきれる自信は無かったがひとまず肯定の意を示した。その後、左側から光が現れ、徐々に大きくなって行くのが分かる。

それに連れて、謎の声がその先が死界である事を告げる。不安はあったが、このまま居続けるよりかは進む方が得策だろう。

チコはゆっくりと光の方へ歩みを進める。

視界が光で包まれてしまう。

手で影を作って視界をできる限り確保した。

少しづつ死界の風景が見えてくる。


「んっ...、わぁ...!」


彼女の目の前には石レンガで出来た道に整備が行き届いた芝生と花壇、街灯や噴水などが置いてあった。

おどろおどろしい世界をイメージしていたのが馬鹿らしい程、雰囲気はとても良かった。

ロマンチストな街の光景に圧倒される彼女の背後で、一人の女性が同じように姿を現していた。


「あっ!!」


彼女はチコの後ろあたりで足を躓いて大きく転んでしまった。その声に反応して転んだ彼女を視界に捕える。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


そう言いながらチコは彼女の体を優しく起こしてあげた。恥ずかしそうな表情で視線を合わせないようにするも、お礼を言う金髪の彼女。


「ありがとう...ございます...」


おどおどとしながらも言葉を返す彼女こそ、死月・ベールなのである。


「私はチコ。チコ・ブリリアント。あなたは?」


迷いなく自己紹介を切り出すチコに彼女は再び戸惑いを見せ始める。チコはその様子に首を傾げる。一体どういうことだろう。

名前が言えない理由があるのだろうか。

もう一度問いかけるも、彼女は申し訳ない顔をしつつもじもじしながら黙ってしまった。

そんな二人の会話の中に一人の女性が割って入ってきた。


「おそらく、名前をお忘れになってしまったのではありませんか?」


少し高めのトーンで話しかける彼女はスーツ姿で手にはバインダーとペンを持っていた。メガネを整えて二人の元に歩みを寄せる。


「あの...名前を忘れるというのは?」


「先程の空間でお話があったかとは存じますが、ここは死界と呼ばれる世界。生前で亡くなられた大抵の方がこの世界を訪れます。その際、現世の記憶が殆ど抜け落ちてしまうのです」


確かに言われてみれば、私は自身の名前ぐらいしか思い出せない事に気がついた。

スーツの女性が引き続き彼女の現状を憶測ながら説明した。


「彼女の場合は失礼ながら、現世の記憶と共に自身の名前も忘れてしまったのでしょう」


その言葉にベールは肩を落とす。それを気にせず、スーツ姿の女性は言葉を続ける。


「申し遅れました。私は死界の初案内人のレベッカです!」


「あっ、チコ・ブリリアントと申します!...あっ...」


名前がない以上、彼女は自己紹介すらままならない事に気付いた。チコは何か紹介出来る内容がないか催促する。しかし、彼女は何も思い出せないらしく、次第に悲しい顔を見せ出す。

慌てるチコは早速名前を決める事を勧める。


「私の...名前......」


「うん!あなた、優しそうな印象が強いし、包み込むような面影があるし!」


必死に彼女を宥めるチコ。それが功を制す形で彼女は上を見上げる。ちょうどそこには満月があった。それがライトで模した物であるにも関わらず、それを少しの間見つめていた。

チコとレベッカも釣られて満月を模したライトを見る。その後、彼女の口から不意に零れた。


「シヅキ...」


「えっ?」


その言葉にチコが聞き返した。満月のライトを見ながら彼女は今度、ハッキリとした口調で声を出した。


「死して尚輝く月。そして、あなたがイメージした包むような面影。あなたの言葉を尊重して、私の名前は...死月・ベール...!」


今、あの時の事を思うと彼女のその表情は一番と言っていい程明るかったような気がした。

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