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第30小節目:Ya Gotta Try!

 演奏を終えて席に戻ると、瞳を真っ赤にしたウサギ目の小動物・平良ちゃんが自分の隣の席をポンポンと叩いていた。


「こっちです、先輩!」


 平良ちゃんの左側に3つ席が並んでいる。


 まあ、別に、どこでもいいんだけど……。


「小沼くん、私がつばめちゃんの隣に座ろうか?」


 市川がなぜかそんなことを申し出る。なんでだよ。


「あ、amaneさまは、い、今は、まずいのです……!」


 カァァ……と、頬を染める平良ちゃん。なんでだよ。


「いいから早く座ってよ拓人。ゆりすけたちの演奏始まっちゃう」


 おれの背中を押す沙子。なんで……ではないな。正論。


「おお、すまん」


 おれが結局、平良ちゃんの左に座り、


「よいしょ」


「あ、あれれ……?」


 その左に非常にスムーズな動作で沙子が座って、そのさらに左に首をかしげながら市川が座った。



「……で、平良ちゃんはなんで市川の隣がまずいの?」


 小声で尋ねると、


「だってだって、『ボート』ですよ!? 自分が何回あの曲に救われたと思うんですかっ! なんなら井の頭公園に行ってボートを見ながら手を組んだことだってありますっ! もう、感動がやばいのです、エモいのです、大泣きなのです、号泣ごうきゅうなのですっ! というか、あの曲をやろうって小沼先輩が言ったって本当ですか!? 神ですか!? 自分の心をどれだけもてあそぶのですか!? 神ですか!? ありがとうございますっ! それでそれで、これからステラちゃんの晴れ舞台を見ないといけないっていうのに、あのamaneさまが隣にいたら集中出来ないのですよっ!」


 小声はなんとか保ちつつも、興奮を抑えきれずに長文のレスを返して来た。こわい……。


 なんというか、この自分の好きなものに対して話す時に周りが見えなくなる感じ、どっかで見たことあるな……。っていうかおれだな、気をつけなきゃな……。


 これからはなるべく短く意図いとを伝えることを意識しよう。


「りょ」


「もー、それ、リア充の言葉ですよっ!」




 そんなアホみたいなやりとりをしているうちに、器楽部員30人くらいがズラッと並ぶ。


 ドラム、ベース、ピアノ、ギターの他に、トロンボーンやトランペットなどの金管楽器、サックスなどの木管楽器がずらっと並んでる。なんだろ、大所帯おおじょたいのスカパラみたいな感じと言えば伝わるだろうか……?


 器楽部は『ビッグバンドジャズ』という音楽をやっているらしい。


 『ビッグバンドジャズ』というジャンルは、結構前に「スウィングガールズ」という映画で演奏されていたり、某夢の国(の海の方)でも人気のショーとしてもう10年以上上演されていたりと、おれも知識としては持っているものの、実際に生で見るのは初めてだ。


 ベースを首からさげた吾妻部長が、さっきまで市川が使っていたマイクを通して話し始めた。


「どうも、器楽部です! 私たちはビッグバンドジャズという音楽をやっています。私たちの演奏を見てくれたことのある人ってどれくらいいますか?」


 ほとんどの人の手があがる。ていうかなんならおれ以外全員の手があがった。


 ……え、おれそんなに少数派なの!?


「小沼先輩、観たことないんですか!? 吾妻先輩の親友なのに!?」


 平良ちゃんがドンいている。


「いや、だから親友とまでは言ってないだろ……」


「器楽部は武蔵野国際ムサコクでもかなり名物の部活ですよっ。ウィキペディアで調べても部活動の欄の一番上に器楽部が出てきますよっ。ほらほらっ!」


 ずずいっとスマホを見せてくる。いや、ネットの情報好き過ぎだろ平良ちゃん……。ネットの情報を鵜呑うのみにするなっておれ何回も見たことあるよ? ネットで。


 吾妻がまた声をあげた。


「知ってくれてる人が多くて嬉しいです! 楽器の紹介とかもしたいところですが、とにかく、「百聞ひゃくぶんいっちょう』にしかず」なので演奏しますね。まあ、どちらも『きく』んですけど」


 場内は、ややうけである。


 約1名、大友くんがめちゃウケてて、「さすが由莉ちゃん」みたいな顔しててなんか怖い。


「悔しいですが、うまいこと言いますね……!」


 おれの右ではギリギリと歯ぎしりをする平良ちゃん。え、そこまで?


「ねぇねぇ健次、ゆりは何言ってんのぉ? えりな意味分かんないんだけど」


「オレも分かんねぇ」


 近くでそんな声が聞こえた。


 まあ、英里奈さん、帰国子女だもんなあ……いや、はざまは分かってやれよ。



「それではまず、ロック部のみなさんにもかっこいい! と思っていただけるように、ビッグバンドジャズとロックの融合ゆうごうと言われている曲、Gordon(ゴードン) Goodwin’s(グッドウィンズ) Big(ビッグ) Phat(ファット) Band(バンド)の『The Jazz Police』という曲をやります! 豊、カウントよろしく!」


 大友くんがうなずいてから、スティックを叩き、演奏を始めた。




「これがジャズ?」と思うような、ロック調のギターのリフから曲が始まり、少し遅れてベースが入る。



 その瞬間。



「嘘だろ……」


 おれはついつい、声を漏らす。


「ゆりすけ、またあいつ……」


 左側では沙子が爪を噛んでいた。


 なんだよ、なんだこれ……。




 そこには、おれが今まで生で見たどんなベーシストよりも上手に、カッコよくベースを弾く吾妻の姿があった。




 おい、あいつ、上手すぎるだろ……。


「……先輩、もしかして吾妻先輩のベース見るの初めてですか?」


 声をひそめて、平良ちゃんがおれにだけ聞こえるように話しかけてくる。


「あ、ああ……」


「吾妻先輩は、プロも多く輩出はいしゅつしている器楽部で、歴代で一番、現役中げんえきちゅうに上手いベーシストと言われてます」


「まじかよ……」


「しかも、自分を凡才であると自負じふされている吾妻先輩の実力は圧倒的な練習量に裏打ちされているのです。部長が『才能なんて関係ない』と、あんなに鬼のように練習していたら、他の部員は全くサボれません」


「だな……」


「それでついた呼び名が『鬼部長』というわけです」


「なるほど……」


 あいつが部員に対して厳しくあたるところから来ているあだ名じゃないってことか……。


「……ちょっと演奏中に喋りすぎました、すみません」


 おれが言葉少なになっている理由をそう解釈したのか、平良ちゃんは口を結んで、舞台に視線を戻した。


 正確無比せいかくむひで、それでも勢いのある、力強い演奏が続いていく。


 吾妻のベースに気を取られていたが、大友くんのドラムもめちゃくちゃうまい。


 ドラムを叩いているのではなく、ドラムが大友くんの身体の一部になっているように、鳴らしたい音をただただ鳴らしているという感じがする。


 どれだけの練習量でこんなことができるんだよ……。


 なにが、『僕に出来るのは、音楽しかないから』だよ、これだけ出来れば十分だろうが……。


 サックスソロが終わり、恐ろしく上手いギターソロが過ぎ、曲が大きく盛り上がり、刻み、うねり、波打って、狂って、とにかくホールから空気から心から、全てを震わせる。


 演奏している全員が視線を交わし。


 最後のフレーズを金切り声のようなトランペットが鳴らし、曲が終わった。


「「「うおおおおおお!!!!」」」


 ロック部の大歓声が響く。


「まじかあー……」


 おれも、もはや、驚き過ぎて、感動し過ぎて笑うしかない。


 沙子なんかもう、


「うちがベースを弾く意味……」


 とアイデンティティがクライシスしている。


 いや、そうなっちゃうのもわかる。それくらいの演奏だった。




「ありがとうございます! 器楽部、もう一曲やらせていただきますね!」


 吾妻が再びマイクを通して話し始める。


「今度は、もう少し、いかにもビッグバンドジャズっぽい曲の、『Ya() Gotta(ガッタ) Try(トライ)』という曲を演奏します」


「これ、ステラちゃんが参加する曲ですっ!」


 平良ちゃんが声をあげる。


「タイトルの『Ya Gotta Try』というのは、『君は挑戦しなければならない』というような意味の言葉みたいです。実際、この曲、すっごくテンポが速くて難しいんです!」


 吾妻がたはーみたいな顔をして、器楽部の面々が苦笑い気味に笑う。


「そして、今回はそんな難曲なんきょくに、合奏初参加の一年生がピアノソロを弾きます! ここに座っている、星影ステラです」


「わー、ステラちゃんですっ!」


 壇上ではいつの間にか吾妻のすぐそばに置いてあるピアノの前に座った星影さんが照れくさそうにうつむいていた。




「最近、あたしの友達が、『やってみても出来ないかもしれないけど、やってみなかったら絶対出来ない』と、そう言っていました」


 吾妻は、そう言って、優しく微笑みながら、おれの方を見た。気がした。


「だから、あたしたちは、『挑戦しなければならない』んだと思います! それでは、そんな思いを胸に、演奏します!」


 よいしょ、とベースを構えて。


Buddy(バディ) Rich(リッチ) Big(ビッグ) Band(バンド) のカバーで『Ya Gotta Try』です!」



 大友くんがカウントをはじめると。


 冒頭から、ピアノソロが始まった。


 ピアノソロの部分は、ピアノとドラムとベースの3つだけで進んでいく。


「やっぱりすごいなぁ……」


 平良ちゃんが感嘆かんたんの声をあげる。


 うん、やっぱりすごい。


 やっぱりすごいのだが。でも、やっぱり。


「……あの子、暴走してる」


 おれの左側で沙子がそう、つぶやいた。


 そうなのだ。


 星影さんはテンポをキープすることが出来ず、彼女の天才的な感性だけにのっとって、速くなったり遅くなったりと不安定だ。


 そこに大友くんのドラムと吾妻のベースが瞬間的に合わせているため、現時点では曲が成立している。


 実際、ロック部の面々はうっとりとそのピアノソロを聴いていた。


 だけど。


 これはビッグバンドの演奏だ。


 きっと、このあと他の管楽器がどこかで入ってくるタイミングがあるのだろう。


 器楽部の面々が戸惑い、顔を見合わせている。ひそひそ声で近くの人と何かを相談した後に、困ったように眉間みけんにしわを寄せた。


『やってみても出来ないかもしれないけど、やってみなかったら絶対出来ない』


 それはその通りだ。


 でも。


 それは、もしかしたら『やってみても出来ないことはある』ことを、認めてしまった表現なのかも知れなくて。


「くそっ……」


 おれは下唇を噛む。


「あれれ……?」


 さすがの平良ちゃんもこの異変に気づいたらしい。


 器楽部の面々の視線が、吾妻に集中する。 


 そんな中。



 吾妻は、堂々と笑っていた。



 超速のベースラインを弾きながら、マイクに向かって、大きな声を出す。


「ピアノソロ、星影ステラに大きな拍手をお願いします!」


 んん……?


 ロック部のみんなは「いえー!」と盛り上がりながら拍手を送った。


 そして、吾妻は、続ける。


「次は、うちの天才ドラマー、大友豊のドラムソロです!」


 壇上だんじょうの器楽部員たちが、ハッとした顔をして、お互いに顔を見合わせ、うなずく。


 今ので、分かったのか……?


『ビッグバンドに一番大切なのはね、あたしは協調性だと思ってる』


 そう言った吾妻が部長を務める器楽部の団結力をおれはナメていたらしい。


「いきまーす、(ワン)(ツー)1234(ワンツースリーフォー)


 そこまでカウントをしたら、瞬時にベースから手を離し。


「あっ……!」




 吾妻は星影さんを後ろから抱きしめたのだった。




 瞬間、ピアノの音が止まり、大友くんのドラムソロが始まる。


 こんなに瞬時に対応出来るとか、あいつも鬼だろ……。


 

 その脇では、星影さんが申し訳なさそうに、泣きそうな顔をして吾妻を見上げていた。


 対する吾妻は、優しく微笑んで、星影さんに向かって声をかける。


 おれには、読唇術どくしんじゅつも、ましてや吾妻の固有スキル《読心術どくしんじゅつ》も使えないけど。


 その短い言葉くらいは分かった。



「任せて」



 そう言って吾妻は、星影さんの座っているイスのあしに、自分の足の靴底をそっと立てかけた。


 また、吾妻はマイクに向かう。


「ドラム、大友豊に大きな拍手を! それでは、管楽器ホーン隊のみんな、いくよ!」


 そして。


(ワン)(ツー)1234(ワンツースリーフォー)!」


 そのカウントに合わせて、星影さんのイスの脚に、吾妻は足踏みでリズムを刻みはじめた。




「ゆりすけ、すごすぎる……」



 星影さんが吾妻の方を向いて、しっかりとうなずき、テンポどおりに(・・・・・・・)演奏を再開した。



 そう。



『実はタッチすれば普通に認識するのですよね……!』



 星影さんは耳で聞き取ることができなくても、身体でなら信号を感じることが出来るのだ。




 吾妻の足踏みが星影さんのイスを叩いて、星影さんの身体に、間接的にテンポを送る。


 それによって、星影さんは、テンポどおりに、合奏が出来るようになったのだ。




「すっごいです……!」


 平良ちゃんの濡れた瞳が舞台の照明を反射してきらめく。


「かっこよすぎます、吾妻先輩……!!」


 いや、本当に、かっこよすぎるだろ……。



 そのあとはもう、ピアノも含めて一糸いっし乱れず、曲が進んでいく。


 曲はクライマックスに差し掛かり、全ての楽器が全力で歌い上げたあと。


 一瞬。


 全楽器が音を止める。




 1小節だけピアノが、1人でもう一度演奏をして。




 また全楽器が歓びの音を叫び鳴らして、曲が終わった。




「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


「ありがとうございました!」


 耳をつんざくような歓声に囲まれて、汗を拭う吾妻。




『あたし、こう見えても、器楽部に青春かけてるから!』




 いつかの帰り道での吾妻の言葉がリフレインする。



 吾妻が満面の笑みで、高らかに宣言する。




「これが、あたしたちの青春そのものです!」


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