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第11小節目:マイワールド

 カレーを食べ終えて、英里奈さんと沙子と一緒に席を立つ。


「ごちそうさまぁー! おなかいっぱぁーい! りゃくして、おなぱい!」


「ぶふっ」


 ついつい吹き出してしまう。いきなりなに言ってんだこの人!


「ちょっと英里奈、それやめな」


「えぇー? なんでやめたほうがいいのぉー? えりな、何か変なこと言ったかなぁー? ねぇ、さこっしゅー?」


 英里奈さんがニターっと笑って、沙子の顔を覗き込む。英里奈さんやっぱまじ悪魔だな……。


「え、えっと……」


 ほら、沙子が赤面せきめんしてるじゃねえかよ……。


 見てられん。


「えっと、英里奈さん、英語だと『おなかいっぱい』ってなんていうんだ? ソー・メニー・ストマック?」


 なんか助け舟を出してやろうと思って、おれが思いついたことを言うと、


「えぇ……? それじゃ『すっごく沢山のおなか』じゃんかぁ……。めっちゃホラーなんだけど……」


 英里奈さんはたいそう引いていらっしゃった。うん、たしかにそうだね。怖いね。


「拓人は、英語は出来ない……」


 あれあれ沙子さん? おれ、あなたのためにやったんだけど?


「ふぅーん? じゃ、今度教えてあげるよぉ、なぜならえりなはたくとくんの先輩だから!」


 そう言ってから上機嫌じょうきげんに鼻歌を歌いながら英里奈さんは食堂から出ていく。


「……拓人、ありがと」


 残った沙子がおれのTシャツのすそを掴んでぽしょりとつぶやく。


「……べ、別に」


 なんだよ、いきなりいじらしくなんなよ……。



 食堂を出たところでおれは立ち止まる。


「行かないの、拓人」


 沙子にかれている(多分)。


「あー、ちょっと用事があるから、先行っててくれるか」


「……そか、分かった」


 沙子はそう言って先に行く。


「なんの用事なの」と詮索せんさくしないでいてくれるのは沙子の優しいところだなあ。



 食堂を出たところには自動販売機とビニール革のソファがあり、そこに座っていると、少し経って、器楽部の面々が出てきて、最後に吾妻が出てきた。


「小沼じゃん」


 吾妻はおれに気づいて声をかけてくれる。


「おう。ちょっといいか?」


「何……? これから花火だから時間あんまないけど……?」


「すぐ済むよ」


「そっか……、じゃ、ちょっとだけね」


 そう言って吾妻はおれの前に立つ。



「で?」


 吾妻が腕組みして強調されたそこを見ないように目をそらし、


「えっと、さ」


「ん?」


「星影さんのこと、吾妻はどう思ってる?」


「星影さん……って、ステラのこと?」


 おれがうなずくと、


「……なんで? 知り合いだったっけ?」


 と、吾妻が怪訝けげんそうな顔でおれを見た。


 そりゃそうだよなあ。いきなり話すやつがあるかよ。おれのコミュりょくよ。


「えーっとだな、なんていうか、今日、器楽部の使ってるスタジオにスピーカーの配線を直しに行ったんだけど、星影さんだけ1人で黙々(もくもく)と練習しててな。合奏、ホールでやってたんだろ? だから、どうしてなのかなーって」


 しどろもどろになりながらおれは返す。嘘はついていない。平良ちゃんのことを伏せてるけど。


「ふーん。……で、誰に頼まれたの?」


 いや、勘付かれてる!


「え、いや、それは……」


「あの、つばめって子?」


 バ、バレてるだと!?


「いや、まあ、それは、ほら、なんていうか、おれは……そう、ぼっちの人が心配なだけだよ」


「はは、なるほどね」


 吾妻がやっと笑ってくれた。よかったー……吾妻ねえさんの目が鋭いと怖いんですよぉ……。


 それにしても、こんなごまかしが通用するとは吾妻ねえさんもチョロいぜ。


「いやいや、小沼の顔に書いてあるから問いただす意味もないだけだし。調子乗んな」


 ジロっとにらまれる。ナチュラルにおれのモノローグと会話すんなし!


「んーと、ステラはピアノ弾いてたんだよね? だったら、小沼にはなんであたしが合奏に参加させないか分からなかった?」


「……いや」


 おれは首を振る。


 そんなこと、分かりきっていた。


「……星影さんが、天才だからだろ?」


 吾妻は真面目な顔でうなずくと、


「そう。ステラが、天才過ぎる(・・・)からだよ」


 と、答えを率直そっちょくに口にした。


 だよなあ……。


『きっと、ステラちゃんがあまりにも天才過ぎるので、妬んで、合奏に入れてあげてないんですよ』


 そう抗議した平良ちゃんの言葉がよぎる。


 まあ、ある意味では平良ちゃんの主張は正解だったのだ。


 吾妻が言葉を続ける。それが、もっとわかりやすい答えだ。


「ステラは演奏してる時、本当の本当に、自分の音しか聴こえないんだ。だから、合奏で『誰かと合わせる』ってことが出来ないんだよ」


 ははっ、と笑って、


「勉強してる時の天音みたいな感じだね。まったく、天才っていうのは厄介やっかいだねえ」


「そうなあ……」


 そうなのだ。


 おれが今日メトロノームを直してからも、星影さんはまったくもってメトロノームに合わせた演奏をすることがなかった。そのために直したはずなのに。


 演奏自体は素晴らしいものだった。あんなに生きた音楽をおれは聴いたことがないかもしれない。


 でも、それはソロピアノという領域での話になる。


 吾妻はふぅーっと息を吐く。


「ねえ、小沼。ビッグバンド……えっと、つまり30人とかやっているうちの器楽部の演奏に一番大切な能力ってなんだと思う?」


「んんー、どうだろうな」


 器楽部の演奏を聴いたことがないおれが正解を持ち合わせてるとも思えず、ついつい答えをにごした。


「ビッグバンドに一番大切なのはね、あたしは協調性だと思ってる」


「協調性?」


「そう。だからね、」


 吾妻は、目を一度閉じて開くと、


「個人の才能なんて、いらないんだよ」


 平坦に、冷静に、冷淡に、そう言い放った。


 おれは、口をつぐむ。


「だから、あたしはあそこにいられるんだと思う」


 吾妻は、自分をあざけるように、渇いた言葉を吐き捨てる。


 個人の才能がいらない音楽の世界。


 そんなものが本当にあるのだとしたら、おれは……。


「ま、なんにしてもさ」


 ついつい思考にのめり込みそうになったおれを、吾妻の声が引き戻す。


「つばめって子には、『ステラは最終日の発表でピアノを弾くからそれを楽しみに待ってなさい』って伝えといてよ」


「……おう、分かった」


 いや、平良ちゃんにそのまま伝えたら怒る気がするけどね?


「で、小沼の用は、それだけじゃないんでしょ?」


 吾妻が小首こくびをかしげる。


「そうなあ……」


 吾妻には、全部お見通しらしい。


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