第4小節目:SUMMER SONG
積み込みが終わり、各部活ごとに分かれてバスに乗りこむ段になった。
席順とか決まってるのかしら、バスの入り口近くにいる市川部長のもとに、のんきに近づいていくと、そこで、部長がとんでもないことをのたまった。
「それじゃあ、テキトーに好きな席に座ってくださーい」
……は?
目の前が真っ暗になる。ブラックアウトというやつである。
……あの天使は、何を言ってるんだ? めっちゃむずかしいこと言ってる自覚はあるのか?
何が問題なの? とおっしゃるリア充の皆さまのために説明しよう。
バスというのは通常2人席がダダダーっと並んでいる。つまり、必然的に「ペア」が存在する。体育の授業で『ペアを組んでストレッチしてください』と同じ現象がここで起こるのである。
夏休みにまでそんなものに苛まれることになるとは……。なんてこった……。
ちなみに、『ペアじゃ困るなら、一番後ろの5人席なんてどう?』なんていう人は、言語道断ですからね。あれは最も上位に位置する者が座るところなのですよ。
悪魔の言葉を言い放った大天使の近くでおれは立ち尽くすことしか出来なかった。どうすりゃいいんだ。
ブラックアウトした世界で、ただ立ち尽くす僕の弱さと青さが日々を駆け抜けていると(わからない人ごめん)、そこに不意に一筋の光が見えた。
「……小沼くん、もしよかったら、」
「たくとくん、隣座ろぉー!」
英里奈姫のか細い手がガバシッとおれの腕をつかんだのである。
「へ……?」
この人、おれなんかの隣に座ってくれるの……? 天使じゃない?
ずっと心の中で悪魔とか大悪魔とか呼んでてごめんね……。
……いや。ていうか、その前に大天使アマネル様が何かを言いかけていた気がする。
「市川、えっと、もしかして、」
本物の天使様の厚意を無下にした可能性があるので市川に話しかけると、
「何ですか? 私は部長なので部長席に座ります」
とすげなく返された。
「部長席……? あ、そうなの?」
「はい、そうです」
えーっと、なんで敬語なんですか市川さん……。
ツンとそっぽを向いている目の前の天使に何も対処も出来ずに、ただ立ち尽くす僕の弱さと青さが日々を駆け抜けていると(わからない人二回もごめん、そうさ何度も)、
「いいからいいから。座ろうよぉ、たくとくん」
そんな市川を横目に英里奈さんがおれを引っ張る。
「あ、ああ……」
英里奈さんに引かれてバスに乗り込む。
え、いや、ていうか。
「英里奈さん、間の隣じゃなくていいの?」
おれが小声で訊くと、英里奈さんは「はぁー……」と溜息をつく。
「たくとくんは夏休みに入ってもたくとくんだなぁー」
みんな、おれの名前を悪口みたいに使うの流行ってるの?
すると、英里奈さんは他の人に聞こえないように、おれのみみみ耳元に口を寄せて、
「えりなはまだ健次には告ってないじゃん? 健次はまだ、えりながたくとくんのこと好きだって思ってるんだから、今のところはまだ、さこっしゅと健次が隣、えりなとたくとくんが隣、じゃないと意味わかんないじゃんかぁ」
『バカなのぉー?』という顔して返される。
そんなこと言われても、ちょっと複雑で何を言っているのかよくわかんないんだけど……。なんて?
首をかしげながら後部座席の方へとに進んでいくと、バスの進行方向の左側の2席に沙子と間が座っていた。沙子が窓際、間が通路側だ。(伏線)
その横のシートがちょうど2つ空いていた。
「おお、コヌマ、英里奈。そこ座れば」
「お、おお、ありがとう」
別に確保しててくれたわけじゃないのにおれはお礼を言ってしまう。
そっと横に視線をスライドさせると、沙子が『はあ?』みたいな顔をしておれを見ていた。
「拓人、英里奈と座るの」
「そうだよぉー?」
英里奈さんがおれの代わりに答える。
すると、沙子は0.数ミリ唇を尖らせた。
「さこっしゅ、アヒルぐちー?」
「違う」
英里奈さんが愉快そうに突っ込んで、沙子がプイッと窓の外を見る。
沙子は英里奈さんや間にはかなり素直に感情をむき出しにする。あくまで沙子なりにだけど。
なんだか、それはすごく良いことだなあと拗ねているところ悪いのだが、ちょっとほっこりしてしまった。
その隙に英里奈さんが、
「えりな窓際がいいー!」
と言って奥に座ろうとするので、
「いや、おれも窓際がいい。ジャンケンしよう」
と言うと、怪訝な顔をされる。
「えぇー……? レディファーストじゃないの?」
「いや、関係ないだろ。ジャンケンだろ」
何言ってんだ英里奈さん。ここ日本だぞ。
「えぇー」
「はい。最初はグー、じゃんけんぽん」
おれが出したのはグー、英里奈さんはチョキ。勝った。
「もぉー最悪ぅー、えりな窓際が良かったのになあー。帰りはえりなが窓際ね?」
帰りも隣に座ってくれるんだ、英里奈さん……。
「いや、場合によってはもう一回ジャンケンだろ」
ていうか、なんでおれが窓際を譲らないかが分からないのも謎だし、英里奈さんが窓際に座ろうとするのも意味不明である。
席順、見えてんのか?(伏線回収)
バスは出発する。
最初の方はロールケーキがどうだとか心理テストがどうだとか楽しそうに話していた英里奈さんであったが、段々話し声がふにゃふにゃになっていって、しまいには寝てしまった。
おれも朝早かったのと、なんでかは分からないけど昨日の夜全然寝付けなかったことも含めて『実質3時間しか寝てないわー』状態だったので、いつの間にか眠りについていたらしい。
「わわ、海です!」
近くの席で小動物的な後輩の大きな声がして、ふわっと目を開くと、左肩に重みを感じた。
「んん……?」
そっと重みのする方を見やると、えええええええ英里奈さんがおれによっかかって眠っていた。
「ちょっと、英里奈さん!」
こんなん、間に見られたら『恋』とやらが遠のくだろ!
なんか、良い匂いする! ふわふわの砂糖菓子の匂い!
「んんー……?」
くぐもった声を出して英里奈さんが起きる。くぐもった声やめて……!
「たくとくん、どうしたのー……?」
目をこすりながらおれの方を見た英里奈さんが、窓の外を見てクワッと目を見開いた。
「海だぁー!!」
そういうと窓に近づこうと、今度はこちら側にぐわーっと身を乗り出してきた。
とっさに身体をひくものの、目の前に英里奈さんの顔がある。
この人のこういう天然悪魔なところ、間に発揮しなよほんと……。秒で落とせるよ……。おれなら瞬で落ちてるよ……。
「ねぇ、たくとくん、海だよーっ!?」
そう言って英里奈さんが窓の外を指差しながら、こっちを向く。
「ちょっ……!!」
その瞬間、文字通り、おれの目と鼻の先に、英里奈さんの目と鼻と唇が。
「あっ……」
さすがの英里奈さんも想定外だったのか、カァ……っと頬を赤くして、スッと、自分の席に座り直した。
「ご、ごめんねえ、えりな、ちょっとそういうところあって……」
「あ、いや、おれこそすまん……」
2人揃ってもじもじしていると、前の席からひょこっと平良ちゃんが顔をニョキッと出した。
ニヨニヨと笑いながら、こういうのだった。
「先輩方、夏ですねえー」




