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第3小節目:Fearless

「よし、じゃあ、やりますか!」


 との号令で積み込み作業が始まり、おれがスタジオ(放送室)でケーブル関係をまとめてバスへと向かおうとしたところ


「すみません、小沼先輩!」


 と廊下で、知らない声に呼び止められた。


「は、はい……?」


 振り返ると、小柄な、栗色のボブの巻き髪、庇護欲ひごよくをそそる系の女子がいた。


 ……どっかで見たような?


 おれのことを先輩と呼んでいるから一年生なんだろうけど、こんな可愛らしい後輩が出来る世界線におれ入ってたかな。


 ていうかおれロック部に入ったの英里奈さんよりも遅いんだが……。


「あのあの、ロック部一年の平良たいらつばめと言います! こないだのロックオン、すごくすごくエモくてよかったです……!」


「あ、はい、ありがとうございます……」


 ついつい他人行儀に返事をしてしまいながら思い出す。この子あれだ。ヨ地下(イトーヨーカドーの地下)で会った子。


 おれは、くだんのロックオンを思い出す。そうかあ、あのライブを覚えている人がいるんだなあ……。


「すごくすごく良かったんです! アンコールの曲なんか、すごかったです、あんな音楽初めて見ました!」


「おう、そっか……」


 あんな音楽初めて見た、か。すごい賛辞さんじの言葉だなあ。褒められてますよamane様。


「あとあと、小沼先輩が泣きながらドラム叩いてるのとか、叫びながらドラム叩いてるのとか!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおお! やめてえええええ!」


 顔から火、いや、炎、いや、火炎、いや、マグマが吹き出す。バーニッシュ!


「あの曲がすごくすごく大好きなんだなってことがバシバシ伝わってきました!」


「やめてくださいいいいいい!」


 目を輝かせて熱弁してくれる美少女後輩、平良さんに新鮮な黒歴史をイジイジされておれはタジタジになる。


「あ、でもでも」


「は、はい?」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にしているおれに、首をかしげながら訊いて来る。


「amaneさんっていつから復帰したんですか?」


「……え?」


 その一言でおれは我に返る。


 今の『あまね』のニュアンスは……?


「あ、自分、amaneさんが無期限活動停止した当時、吹奏楽部の中学生だったのですけど、amaneさんの音楽に憧れて作曲とか作詞を始めたものですから、ものすごく感動しまして……」


「……はあ!?」


 amaneのやつ、バレてるじゃねえか! バレすぎだろ! 何、あと何人実は知ってましたって人が出てくるの!?


「でもでも、一曲目の方はよく知らない曲でした! あの曲は、amaneさんの新曲なのですよね? ちょっと曲調が違うなとは思いましたが」


「あ、うん、そうそう、そうね!」


 もう何をどう誤魔化せばいいかもよくわからないまま、無駄にしどろもどろになる。


「自分、amaneさんに憧れて、でも友達いないのでバンド出来なくて1人で宅録たくろくとかやってるんですけど……ドラムは打ち込みに頼っちゃってるので、もしよかったら小沼先輩に叩いてもらえないかなー、なんて……」


 チラ、チラ、とこちらを見てくる。


「え、宅録やってんだ!?」


 仲間じゃん! と、喉から出かけた言葉を必死に飲み込んだ。


「ですです! もしかして、先輩もやっていらっしゃるのですか?」


「ん? いや? やってないけど?」


 くおおお、言いたい! 言いたいけどダメだ! なんかこの子には芋づる式にバレる気がする!


「そうなのですね! とてもとても楽しいですよ! 宅録! 自分の音が重なって曲になっていく感じとか、最高です!」


「へえ、良い趣味だね」


 知ってるよ! ていうかなんなら、始めたきっかけまで一緒だよ!


「本当はですね、このお話をもっと早くお伝えしたくて、LINEグループに先輩のお名前を探したのですが、先輩は入っていらっしゃらなくて……」


 出たよ、LINEグループ。


 ちなみに市川はまだ入れてくれていない。なんで?


「確かに先輩は孤高の天才タイプかと思いますので、そういう馴れ合いっぽいのはされないのかもな、と思いつつ天音部長に念のために訊いたのですが、」


 ん、市川?


 と言おうとしたところ、


「あ、小沼いた!」


 平良さんの向こう側から吾妻の声が聞こえた。


 すると、なぜか。


 平良さんのまとっていた雰囲気がいきなりピリッとしたものになる。


 そんな空気の変化など知るよしもなく、吾妻は、


「小沼、PAミキサー運ぶんだけど、必要なケーブルの数とかわからなくて! こっち来られる?」


 とおれに近づいてくる。 


 平良さんは冷たい声で、


「小沼先輩、失礼します」


 と言いながら、吾妻をじっと見て、いや、睨んで、その場を立ち去った。


「え、あたし、何かした……?」


「さあ……?」


 おれもよく分からんのだ。


「あの子、ヨ地下で会った子だよね?」


「さすがよく覚えてんな。平良つばめさん。……amaneのファンだってさ」


「amane様の!?」


 平良さんの様子を思い出して首をかしげつつ、おれは吾妻と一緒にPAミキサーのあるところに向かう。


 道すがら、吾妻が、静かに、


「そういえば……小沼は、曲、大丈夫?」


 と尋ねてきた。


「ん、どういう意味?」


「……いや、なんでもない。ごめん」


「……そっか」


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