第50.5小節目:ココア
心理テストをやりながら歩いた英里奈さんとの帰り道、新小金井駅に着くと、見知った茶髪の女子が駅のベンチに座って電車を待っていた。
「あぁー、ゆりだぁー! やっほぉー!」
「おー、英里奈と……小沼!?」
おれを見て、吾妻が顔をしかめる。
「小沼あんた、また同じ過ちを……」
この間の『小沼くん勝手に先に帰っちゃった、しね? 事件』のことを言ってるのだろう。
「い、いや、市川も誘ったんだけど、用事があるって」
「ふーん……本当かなあ……?」
吾妻がジトーっとおれを見る。いや、おれに聞かれてもちょっと分からないです。
「……やっぱ、謝ったほうがいいもんか?」
「いや、謝られても意味わからないんじゃない? もっとヘソ曲げそう。天音、怒る時ちょっと面倒くさいもん」
え、吾妻ねえさんって結構辛辣なタイプ? amane様にそんなことをいうとは思わなかった。
「まあ、『天音』相手の時はね。大切な友達だから」
英里奈さんが居るからだろう、『天音』という時、少し意味ありげに目配せをしてみせた。
ていうか、
「心を読むなし……」
「小沼が読まれるなし」
へへ、と腕を組んで不敵に笑う。
吾妻が腕を組むと目をそらさざるを得ない小沼でした。
「むぅー、二人でなんの話をしてるのぉー?」
蚊帳の外にされた英里奈さんがむむぅーと顔をしかめる。
「いや、なんでもない」
「ふぅーん?」
不満げな英里奈さんと一緒に、武蔵境まで電車に乗る。
英里奈さんのご機嫌取りも含めて、英里奈さんとやった心理テストを吾妻にも解いてもらったりした。
ちなみに各回答と吾妻ねえさんご本人のコメントは以下です。
『1.赤(兄弟)』は実のお兄さん。
「まあ、そりゃあね。当たってるじゃん、すごい」
『2.ピンク(友達)』は間。
「チェリーボーイズってバンド名だからなんかピンクにしただけだけどこれも当たってるわ」
『3.青(恋人)』は大友豊くん(器楽部のドラマーの人)。
「は、恋人!? そ、そうなんだ……」
『4.白(結婚相手)』は……英里奈さんに引き続きおれだった。
「は、恋人と結婚相手別なの? なんか、小沼はこれから色々知ろうとしてる感じが真っ白って感じがしただけなんだけど。ていうか、この結果天音に言わないでね?」
だそうです。
大友くんの話をするときにちょっと顔を伏せて困ったような顔を作っていたのが気になりました。
まあ、そんなことをしながら武蔵境の駅に着くと、英里奈さんが、
「えりな、さこっしゅと健次がこっちまで来るの待ってようかなって思うから、スタバ行くねぇー」
と言ってパーティを離脱した。
成り行き上2人になった吾妻とおれ。
すると、吾妻が、
「小沼さあ、試験前のこの時期にほんと申し訳ないんだけど、このあとちょっと付き合ってくれない……かな?」
と、手を合わせる。
とりあえず何をするにも吉祥寺な武蔵野国際高校生徒であるおれたちは、今日も今日とて吉祥寺に向かう。
電車の中で、聞いてみる。
「で、どうしたんだ? どこにつ、付き合えばいいんだ?」
「んーとね、天音についての相談なんだけど……」
おれのどもりについては見逃してくれたらしい。
「市川?」
「えっとさ、天音の使ってるピックの種類とかって、分かる?」
頬を人差し指でぽりぽりとかきながらそんなことを訊かれた。
「ほお……なんで?」
「うん、ちょっと、ロックオンへの応援っていうか、小沼とかさこはすは演奏で出られるけど、あたしは出られないから、ちょっとプレゼントしたいなって思って」
へえ……なんというか、相変わらず真面目というか、エモいな、吾妻ねえさん。
「だからこれから一緒に楽器屋行ってもらえない?」
「当たり前だろ」
「あはは、なんか珍しく頼りになるね。ありがと」
「珍しくは余計だ」
まあ、たしかに珍しいですよね。分かります。
ということで、やってきました吉祥寺駅前の楽器屋さん!
「どれだっけな……」
市川が使ってるのは……と探していると、
「ねえ、これ、何……?」
と吾妻が横から声をかけて来る。
吾妻が手にしていたのは、『パティパッド』というドラム練習用のアイテムだった。
赤いスライムみたいな形状をしたもので、机とかにそれをベターっと貼ると、どこでも『練習パッド』になるというスグレモノである。
という説明をしていると、おれの解説そっちのけで吾妻は中身を取り出して、
「うへへ、経験値高そう……」
とか言ってる。
この人は、なんというか、いつも気張っているわりに、時たま無邪気になることがある。
ジーッと見てると、我に返ったのか、おれの方を見て咳払いをした。
「ご、ごめん」
「いや、いいけど。はい、これ、市川が使ってるピック」
そう言っておれはピックを手渡す。
「わーありがとう、おぬ」
そこまで言って、おれの腕をグッと引っ張った。
なに!?
状況が飲み込めないまま、吾妻を真似て近くの棚の影に身を潜めた。
「こんなとこ見られたらあたしまで殺される」
「はあ?」
「しーっ!!」
小声で言う吾妻に普通のボリュームで返事をしたら、怒られた。
「なに、どうしたの?」
仕方がないので声を潜めて訊くと、吾妻がそっと指をさす。
棚の隙間から見てみると。
「やべっ」
少し離れたところで市川が何かの商品を選んでいた。
まだ市川はおれたちには気づいていないみたいだ。
「二重でやばいよ……」
おそらく吾妻が言っているのは、市川へのサプライズプレゼントなのに市川に見つかるバツの悪さと、今日というタイミングにおいておれと一緒にいることを責められるという話だろう。
いや、後者は吾妻は全然悪くないんだけどな。
「……どうする?」
「そりゃ、バレないようにそーっと、出てくしかないでしょ」
「でも、ピック、買わなくていいのか?」
「いや、買いたいけど……」
ふむ。
「そしたら、吾妻は市川に話しかければいんじゃね? ベースの弦を見たかった、とかなんとか言って。その隙におれはピック買いつつ立ち去るから」
「ああ……まあ、そうだけど……」
吾妻が下唇を噛む。
「そうだけど?」
「せっかく一緒に来てくれたのにそんな恩知らずなことはしたくないっていうか……」
おれの腕をぎゅっと掴んだまま、吾妻が言う。(多分無自覚)
この人、無駄に真面目だなあ……。
「いいよ、おれは別に……」
「ううん、ダメ」
首をふるふると振られてしまう。
「そうなあ……」
じゃあ、どうするかなあ。
「あとね……」
「ん?」
吾妻が少し頬を赤らめて、つぶやいた。
「……マンガみたいで、ちょっと楽しい」
「はあ?」
「なんでもない」
いや、おれは別に聞き取れなかったわけじゃなくて、言っていることの意味が分からなかっただけなんだが……。
おれは、ふむ、と軽くため息をついて、
「じゃ、市川が店から出るまで、隠れる作戦だな」
と言うと、
「……うんっ」
と吾妻が上機嫌に返してくる。
なんかおれの心臓がドキンと跳ねた気がするけど気のせいですかね。
それからおれと吾妻は、市川から目を離さないようにしながら、死角になるようなところを歩き続けた。
「なんか、忍者みたいだねっ」
「そうなあ……」
そんなかっこいいもんじゃなくて単なる不審者であり、その挙動不審さで店員さんに怒られるんじゃないかと思ったが、珍しくキャッキャしている吾妻に水を差したくなくて、ぬるく同意をした。
10分くらいそんなことをしていたあと、市川は結局、おれたちに気づくことなく、チューナーを買って、帰っていった。
その後ろ姿を見送って、おれたちは目を合わせてふうーっと息をつく。
なんだか、どちらともなく笑いがこぼれてきて、2人して笑い合う。
横を通った店員が「なんだこいつら」という顔をしていた。すみません。
ようやくおれたちは市川に贈るためのピックを買って、店の外に出た。
井の頭線沿いに住んでいる吾妻と、改札の前で手を振る。
「小沼、今日は、ありがとう。試験前にごめんね」
「いや、別に大丈夫だけど」
「ねえ、小沼」
「ん?」
「……今日のことは、2人の秘密ね?」
自分の唇に人差し指をあてていたずらに笑う吾妻は、いつも見ているお姉さん顔の吾妻とは違っていて。
なんだかその蠱惑的な笑顔に、おれはなぜかつばを飲み込むのだった。
「天音にも、さこはすにも、英里奈にも、絶対、言っちゃダメだからね?」




