第50.4小節目:ボーイフレンド
「あづいよぉー」
「そうなあ……」
「つめたいよぉー」
「どっちだよ……」
英里奈さんがよく分からないことを言っている。
「気温的には暑いけどたくとくんは冷たいっていってるんだよぉー」
なんか拗ねているらしい。
「まあもう7月だし暑いよなあ。わかる」
「うん、ありがとぉー……」
今ので溜飲が下がったのか。英里奈さんは結構素直だ。そういうの、間にやればもうちょっと気が引けるだろうと思うんだけどな。
「ていうか、今日は間とか沙子とは帰らないの?」
「うーん……まぁー……ねぇ?」
英里奈さんの歯切れが悪くなる。ねぇ? ってそんな上目遣いで訊かれてもおれは分からんけども。
「なんか、2人で『話し合い』なんだってさぁー」
「話し合い……?」
それはまた、なんか怖い雰囲気の言葉ですね。語感が『果たし合い』に似てるからですかね。違いますね。
「ほら、こないだのStudy Meetingの日、健次がさこっしゅに告ったじゃんかぁー?」
「うん、まあ、そうだな」
Study Meetingって。勉強会だろ、思い出したように帰国子女設定盛り込んでくるのやめて。
「それで、何日か気まずかったんだけど、これじゃダメだ! ってことになったらしくてね? 『今日は二人で話し合いするから英里奈は先帰って』ってさこっしゅが」
英里奈さんの沙子のモノマネが妙に面白くて笑ってしまう。
「それで、おれを帰りに誘ったのか」
「そういうことー! たくとくんもえりなと一緒に帰りたかったでしょー?」
「いや、そうでもないけど……」
「えぇー!? えりなだよ?」
英里奈さんだからなんだと言うのだ……。
むしろおれは、後ろめたさにさいなまれていた。
例の『小沼くん勝手に先に帰っちゃった、しね? 事件』以来、なんとなく市川と帰る感じになっているが、あの時同様、明確な約束があるわけでもない。
なので、今日みたいに、市川より先に、『たーくとくんっ! 今日一緒に帰ろー!』みたいな感じで話しかけられると、『あー、そうっすね……』と言わざるを得ない感じになる。
市川と目があったので、『市川も一緒に帰らないか?』と聞いてみたものの『私は用事があるので大丈夫です』となぜか敬語で断られてしまった。
なんか、これ、あとでLINEとかで謝ったりしたほうがいいんですか? でもそれも自意識過剰ですよね? うん、吾妻ねえさんに相談しよ……。
「たくとくん、まーた天音ちゃんのこと考えてるでしょー?」
「あ、いや、別にそんなことはないけど……」
見事に図星っている。
「別に付き合ってもないのにそんなに気をつかうことなくないー?」
そんなことないって言ってるのに、この人エスパーなの? もしくはおれがサトラレなの?
「いや、なんていうか、一回それでケンカしたっていうか怒られてっていうか……」
「なんでたくとくんが怒られるのぉ……? 変じゃなーい?」
英里奈さんが顔をゆがめて引いている。
そんな『言うじゃなーい?』みたいに言われてもな。残念。
「まぁ別にどっちでもいいんだけどねぇー」
「そうすか……」
気分屋というかなんというか、この人はどこまでも小悪魔だ。
「ねぇ、たくとくん」
「ん?」
すると、いきなり妙に神妙な顔をして英里奈さんがしっとりとつぶやく。
「たくとくんって、好きな人……いるの?」
「はあ!?」
ななななななななにですか! なにですかその質問は!
「い、いや、もう、作戦は、終わったんじゃ……?」
しどろもどろになりながらそれだけ返事をする。
すると、英里奈さんは『はぁ?』みたいな顔をして、
「いやいやそうじゃなくってぇー、えりな、たくとくんに恩返ししたくてー」
と言った。
「へ……?」
はあ、とため息をついて、英里奈さんは説明してくれた。
「もしね、たくとくんが恋している人いるなら、えりなもそれを応援したいなぁーって。たくとくんにはすごくお世話になったもん」
「ああ、そういうこと……?」
「そういうことだよぉー、なんだと思ったのー?」
なんだと思ったって、好きな人がいるか訊くのって、なんていうか、そういう意味を持つものなんじゃないの? 天然悪魔な英里奈さんが悪いんじゃないの? ねえ?
「それでそれで、好きな人、いるのぉー?」
悪魔はあざとくおれのシャツを掴んで上目遣いで訊いてくる。
「好きな、人……っていうのは、別に、いないけど……?」
ていうかそもそも、おれが好きとか好きじゃないとか言うこと自体おこがまし過ぎる。
「えぇー、ほんとー?」
ニヤニヤしながら英里奈さんがおれを見る。
「ほんとだよ」
呆れ半分、ドキドキ半分でおれが答えると、
「あー! そうだぁ!」
英里奈さんの頭の上にピコーンと電球が点く。
「心理テストでたくとくんが誰のこと好きか調べてあげるよぉー!」
「心理テスト?」
なんかいきなりスピリチュアルなこと言い始めたな。
「そぉー! 問題ね! えーっとね……」
英里奈さんはスマホを取り出して、検索をしているらしい。『好きな人、心理テスト……そうそうこれこれー』とか言いながら、咳払いをひとつ。
「男子と女子で違うんだねぇー。男の子はこれ! いくよぉー、『次の色でイメージする実在の女の子を思い浮かべて下さい。
1.白
2.黄
3.緑
4.紫』
はい、どれー?」
いきなり始まってるし。おれの深層心理、あばかれちゃうのかしら。
「うーん、まず、『1.白』は市川かな……」
純白天使だしな。
「うへへー? そうなのぉー?」
「え、何、なんか変なやつ?」
「ううん、えりなもまだよく分からない、答えまだ見てないから! 他はどんな感じー?」
じゃあ変な反応しないでくださいよ。
「『2.黄』は、沙子かな」
「さこっしゅね……なんか分かるかも」
金髪だもんね。
「『3.緑』は、吾妻だな。なんか、優しさというか包容力というか」
「へぇー? 4番の紫はー?」
いたずらそうに笑う。
「紫か……、それは英里奈さんだな」
なんか小悪魔って感じじゃん、紫。
「わかったー、じゃあ結果発表でーすー!」
「はーい」
なんかテンション高いなあ、楽しそうで何より。
「はい、まず『1.白』の天音ちゃんは……わー! 『結婚相手』だって!」
「え、え、まじ?」
そうなんだ……。おれの深層心理……。
「いやでも、おれがそう思ってたとしてもだな、それは一方的であって市川がそうとは限らないだろ」
「はいはい童貞おつー、それでね、『2.黄』のさこっしゅは、『からかいたい相手』です。なんか失礼じゃなーい?」
「いや、そんなこと言われても……」
ていうかおれの童貞をさらっとディスりやがったこの悪魔。普段チェリーボーイズに囲まれてるくせに。
「『3.緑』のゆりは、『友達』だってさぁー。フツーだねぇー」
「そうなあ……」
うん、まあそれは普通だわ。
「そして、『4.紫』のえりなは……ドロロロロロロロ……」
ドラムロールのつもりだろうか、もう『結婚相手』出てるのに何をもったいぶってんだろう。
そう思って見ていると、結果を見たらしい英里奈さんの顔がみるみるうちに険しくなっていく。
「どうした?」
「……最悪なんだけど」
低い言葉を吐き捨てた。
「なんだったの?」
「……セフレ」
「……なんだって?」
ついつい難聴系鈍感ラノベ主人公のメジャーなセリフで聞き返してしまう。
「セフレだって! セフレ! えりなはたくとくんにとってセフレなんだってー!」
やけくそみたいに英里奈さんが叫びだす。
「ちょっと、ここ普通に外だから!」
「誰のせいで言ってると思ってるのー?」
「いや、おれのせいじゃないよね!?」
おれの弁明もむなしく、すっかり不機嫌になった英里奈さんはため息をついて、
「たくとくんは本当にこういうとこたくとくんだよねぇー……」
と難しい顔をしている。
「いや、えーと、なんか、ごめんね……?」
「別にいいけどぉー……」
なんか無駄に空気悪くなってしまった。おれのせいじゃないのに……。
どうしよう、こういう時どうしたらいいの?
「……えーっと、英里奈さんもやってみるか?」
恐る恐るそんな提案をしてみると、
「うん、やってみるぅー」
なんとか機嫌悪いながらも応じてくれた。素直で助かる……。
口をとがらせながらも、『このサイトだよぉ』と、英里奈さんがおれにスマホを渡してくれる。
「よ、よーし! じゃあいくぞ。
『次の色でイメージする実在の男性を思い浮かべて下さい。
1.赤
2.ピンク
3.青
4.白』」
「……男の子4人も答えられるかな?」
「え? どういう意味?」
「……なんでもない」
何言ってるんだろうこの人は。
「……よし、いくぞ、まず『1.赤』は?」
「うぅーん、パパかなぁ」
「ほう」
あの例の海外で白い粉をこっそり輸入してくるパパか……。(合法です)
「『2.ピンク』は?」
「なんかいつもいやらしい顔してるから夏達くんかなぁー」
夏達くんというのはおれの後ろの席のモブキャラで、チェリーボーイズのギターを弾いている安藤のことだろう。いつもいやらしい顔はしている。
「『3.青』は?」
「健次! 青ってかっこいいもんね! サムライブルー!」
「そうなあ……」
別に間はサッカー部でもなんでもないからサムライブルー関係ないけどな……。
「『4.白』は?」
「んー、真っ白っていうか、何も知らないっていうか、何もわかってないっていうか、童貞って感じがするから、たくとくんかなぁー。ねー?」
「は、はい……」
この機に乗じてめっちゃディスってくるじゃん。
「そんで、結果はー?」
訊かれておれはスマホをシュシュっといじる。
「えーっと、『1.赤』のお父さんは……『兄弟』だって。まあ、家族って意味ではそんな感じかもな」
「なるほどねぇー」
ふむふむ、と英里奈さんがうなずく。
「んで、『2.ピンク』は『友達』だってさ」
「それって、普通の友達ぃー? セフ……」
「普通の友達!」
危ない危ない。なんとか遮ることに成功する。
「んで、『3.青』の間は……おお、『恋人』だってさ」
「わぁー! さすがぁー! この心理テストめっちゃ当たってるじゃん!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いで英里奈さんが喜んでいる。ほほえましい。
「よかったねえ……」
一気に上機嫌になった英里奈さんがスマホ画面をぐいっと覗き込んでくる。なんか近いし良い匂いするし……。
「それでそれで、『4.白』のたくとくんはー? 『奴隷』とか?」
「そんなんねえだろ。えーっと、これは……」
失礼な英里奈さんを無視してスマホをスクロールすると、そこには……。
「「『結婚相手』……!?」」
そんな文字が書いてあった。
「え、えーっと、『恋人』と『結婚相手』があるのー……?」
「お、おう、そうみたいだな……」
なんだか照れ臭くて目が泳いでしまう。
ていうかなんで男子と女子で項目違うんだよ……。
「そっかぁ……」
英里奈さんが、ふむ……と頷いている。
「なに……?」
「えりな、ちょっと分かるかも」
「はい……?」
英里奈さんがじっとこちらを見てくる。
「たくとくん、付き合うと思うとなんか冴えないけど」
そして、英里奈さんには似つかわしくないほど優しくふふっと微笑むと、
「結婚するなら、たくとくんみたいな人がいいなぁ」
と言った。
おれは、そんな英里奈さんの笑顔に目を奪われ、言葉に声を奪われ、口をパクパクさせることしかできない。
「ま、たくとくんにとってはえりなはセフレみたいだけどねぇー?」
「それは、ほんとすみません!」
英里奈さんの楽しそうな笑い声が、夕暮れにこだました。




