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第52.1小節目:こころ

「由莉、俺ら、付き合わない?」


 不意に聞こえた声に、おれは足を止める。


「あー……えっと……」


 吾妻の困り顔が浮かぶ。


 おれは心臓をバクバクさせながら、道の真ん中、前にも後ろにも進めず、ただただ身体をこわばらせていた。




 それは、球技大会の翌日のことだった。


 テストの返却だけを午前中に終え、相変わらず他のクラスよりも時間のかかったであろうホームルームの後、市川がおれの席にトコトコとやってきた。


「小沼くんごめん、今日、先帰っててもらってもいいかな? ロックオンのバンドの出演順を決める会議があって……」


「お、おう」


 手を合わせて謝る市川におれは、一緒に帰るのが当たり前になっているという市川の態度にちょっとくすぐったい気持ちになりながらもなんとか返事をする。


 教室をいそいそと出ていく市川を見送り、家路に着いた。


 なんていうか、久しぶりの1人の帰り道だなあ……。ちょっと前までは普通の光景だったのに、違和感を感じるなんて。それこそ違和感だ。


 不思議な感慨に浸りながら歩いていると、校門のあたり、前の方から声が聞こえる。


「ねぇー、このあと何食べよっかぁー?」


「アイス」


「波須、アイスはメシじゃないっしょ」

 

 おれの少し前をダンス部3人衆(英里奈さん、沙子、はざま)が歩いていた。


 どういうからくりなのか、こないだの告白劇の前後であんまり関係性が変わっていないように見えるからすごい。


 おれは3人に気づかれないように、そっと歩調をゆるめる。


 沙子とは昨日Twitterの事件とかあったし、英里奈さんとはざまとの関係の話もあるし、はざまの前に姿をあらわすのもなんかアレだし……。


 英里奈さんが不意に振り返っておれを視界に入れようもんなら『あぁーたくとくんだぁ! たくとくんも一緒に帰ろうよぉー!』的な声をかけられてしまう可能性が高い。


 おれもずいぶん高度な悩み方するようになったな……。てか、本当に目があった時にスルーされたらめっちゃ恥ずかしいな。


 だが、ダンス部3人衆の歩くスピードは遅く(集団行動ってそうなの?)、少し歩調をゆるめたくらいではすぐに追いつきそうになってしまう。


 ふーむ、どうしましょうか、と考えていると、ピンときた。


 吾妻ねえさんに教わった遠回りの道を使えばいいんだ!


 おれは自分の記憶力に感心しつつ、遠回り道への分岐を意気揚々と歩き出したのだったが……。


 記憶力の良いはずのおれは、それでも、重要なことを忘れていた。


 この帰り道には、カップル御用達の路地裏がある。


 誰もいないはずの道を歩いていたおれに、冒頭のセリフが聞こえてきたのだ。




「由莉、俺たち、付き合わない?」


 おいおい。吾妻ねえさん、告白されてるじゃないですか……。


「あー……えっと……」


 とにかく、ここから離れないと。


 聞いちゃいけないことを聞いてしまってる。


 周りを見渡す。


 すると、数歩戻ったところに郵便ポストがあった。


 とりあえずあの陰に……!


「ごめん、あたし、今は器楽部にかけてるから、誰かと付き合ったりはしないつもりなんだ」


「……そか」


 移動しながら聞こえてしまったそんな言葉を背に、おれはポストのところまでなんとか足を引きずって戻り、そっとうずくまる。


 いや、なんでおれが隠れなきゃいけないんだ……。


 ほんの少しすると、男の方だけがしゅんとうなだれながら、道に出てきて、駅の方へとそっと歩いていった。


 ふう、やり過ごせたか、と額にかいた汗をぬぐっていると、


「……何してんの?」

 

 頭上から声。


 見上げると、吾妻ねえさんが腕を組んで立っていた。




「小沼とまたこの道を歩くことになるとはね……」


 こないだの朝歩いた、遠回りのさらに遠回りの道をさかのぼるみたいに歩いていた。


「今日、天音は?」


「部活の会議らしい」


「そっか。じゃ、大丈夫か」


 いつかおれが市川に無断で吾妻と帰った時のことを言っているのだろう。あの時はご迷惑おかけしました……。


「それで、どれくらい、聞いてた?」


 吾妻が質問を投げ込んでくる。


「えーっと、吾妻が告白されて、断るところまで……」


「全部じゃん……」


 はあー、と吾妻が息をつく。


「いえ、別におれも聞きたくて聞いたわけじゃないんです」


「分かってるって。小沼にとって何も楽しくもなんともないでしょ」


「そうなあ……」


 実際、楽しくもなんともなかった。なんならちょっと面白くなかった。なんでだかは知らんけど。


「えっと、あの人は……?」


おなクラの人。永沢って言うんだけどさ」


 おなくらとは……? なんか、やらしい話してる……?


「へえ……」


 へえ、とは言ったものの、おれの語彙力ごいりょくの無さゆえに、永沢さんの素性すじょうは名前しかわからない。


 ただ、なんとなく永沢さんとやらに今見つかったらすごく逆恨みされそうだなあとは思う。


「だから、遠回りの道を歩いてるんだけどね」


「出たな、スキル《読心術どくしんじゅつ》……!」


「何それ、ちょっと、あたしに中二病設定を付加するんのやめてくんない? うずくから」


 うずくのかよ! そうだった、こいつ元々は少年漫画オタクだ。


「結構、仲良い人だったのか? 永沢さん」


「んー、クラスの男子の中ではまあまあって感じかな……」


「そういうもんなんすね……」


 まあまあ、くらいでも告ったりするもんなの?


 吾妻は頭上にハテナを浮かべているおれをじろーっと見てから、


「高二の夏休み前だからね」


 と言った。


「何それ、関係あんの?」


 おれが疑問を口にすると、吾妻はぷふっと吹き出した。


「小沼には分かんないかー」


 と、心なしか嬉しそうにしている。


「なんすか?」


 ちょっとバカにされた気がしますけど……。


「みんな、焦ってるんだよ。高二の夏の間に大人の階段登ろう、って必死なわけ」


「おとなのかいだん?」


 何それ? H2O?


「試験が終わって、なんか気分も開放的になってて、夏休み前に彼女作っとかなきゃ! みたいな感じ」


「ほーん」


「あいづち」


「あ、すまん」


 あいづち、まだうまく出来ません……。


「別の人だけど、去年もちょうど球技大会の次の日に告白されて、それで、同じ理由でお断りしたもん」


「すげえな、吾妻……」


「そんなんじゃないんだって」


 吾妻は自嘲的に笑って続ける。


「あたしはそれで夏休み中『あたしのせいで一生に一回の高一の夏休みを楽しめてなかったらどうしよう』ってずーっと気にしてたのに、夏休み終わったら他校の女子と付き合ってて、クラスの男子の中で『この夏、卒業しちゃいました!』みたいな自慢しててさ。なんか、あたしの心配返してって感じだったわ」


「そんなことが……。モテると大変だな」


「いやいや、小沼の周りにいる女の子たちの方が全然モテるっての」


 吾妻が自分の目の前で手を振る。


「おれのまわり?」


 なんかすげえな。おれが自分の意思ではべらせてるみたいじゃん。


「さこはすのことはケンジが狙ってて牽制けんせいかけられてるから誰も積極的に狙いに行かないし、英里奈はケンジへの思いがダダ漏れだから告白とかはされないかもだけどね」


 英里奈さんのダダ漏れの思いには、肝心のはざまが気づいてないけどな……。


 ていうか。


「えっと、市川も……?」


 そう言うと、吾妻はしらーっとこちらを見て、


「……いつも周りをうろちょろしてる誰かさんがいない今日とかは狙い目かもね?」


 と、意地悪そうに小首をかしげた。


「ええ?」


「自覚を持ちなよ、いい加減……」


 吾妻ねえさんのマジの呆れ顔である。




「それにしてもさ」


 吾妻が話を変える。


「ん?」



「さっきの告白はちょっと無かったと思わない?」


「へ?」


 そんな難しいこと訊かれても、おれにはわからんぞ。


「だって『由莉、俺たち、付き合わない?』だよ?」


「そうなあ……」


「『好きだ』くらい、言ってくれてもいいと思わない?」


 ああ、そういうのが欲しかったんだ。結構乙女なんですね。


「やっぱ、ポエマー的には、告白の言葉もポエムだと嬉しいもんなのか?」


「ポエマーって言うな」


「すみません」


 謝るおれの横で吾妻はんんーと考えている。


「んんー、多少詩的だと素敵だなとは思うけど、あんまり詩的過ぎても分かんないかも知れないからね……」


「そうなあ……」


「『好きだ』ってことが分かりやすく伝わってしかも詩的、みたいな言葉があれば素敵だけどね? まあ、どんな告白にも勇気がいるだろうから、」


 そう言って、吾妻は寂しそうに笑って、


「その告白が本気とか本気じゃないとかじゃなくて、それをお断りしちゃったっていうのはやっぱりちょっとヘコむなあ……」


 がらにもなく、深く、ため息をついた。


 なんというか。


 吾妻がこんな顔をしているのは、調子が狂う。


「えっと……」


 何か気の利いたことは言えないもんだろうか。


 おれは思案し、腕を組んで、んーと空を見上げる。


「あ」


 そこに見つけたものに、つい、おれは声を漏らした。


「吾妻」


「ん?」


 おれは空を指さして言う。


「月がきれいだ」


 見上げた空には、昼間だと言うのに、月がくっきりと見えていた。


「えっと、小沼、それって……」


 吾妻は、なぜか頬を赤らめて、空も見ずにおれの顔をじーっと見ている。


「……え、なんすか?」


 なに、おれ変なこと言った……?


 考えながら目を合わせて数秒がたつ。



 ……あっ!!


 やばい、おれはなんてことを!


「ち、違う! 漱石そうせき的なあれじゃなくて、おれは昼間なのにあんなに月がくっきり見えるの珍しいなと思って……」


 おれが慌ててそう言うと、吾妻は、吹き出して、


「あはは、だよね。でもそれ、ちょっと、アリかもよ」


 と、照れたように笑うのだった。


「『ごえんだま』じゃなくて、『千円札』だけどね」

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