第5小節目:New Music Machine
「あ、やば、部活行かなきゃ!」
時計を見た吾妻が声をあげる。
「おお、そんな時間か。吾妻って、何部なんだ?」
「器楽部!」
吾妻は立ち上がりながら答えてくれた。
うちの高校には音楽系の部活が2つある。
1つは、市川の所属するロック部。他の学校でいう、いわゆる軽音部だ。ほとんどの部員が兼部で入っている部活で、ロック部単独の部員はほとんどいない。
放送室をスタジオとして改装して、そこを使用できるということと、3ヶ月に1回くらいのペースでライブをやっていることが主な活動だ。
もう1つは、吾妻の所属する器楽部。ここは吹奏楽部みたいに管楽器をメインに演奏する部活だが、内容が少し違い、ビッグバンドジャズを専門にやっている部活らしい。
おそらく、器楽部との住み分けのために、ロック部は軽音楽部ではなくロック部という名前になったのだろう。
なんだ、あいつ、歌詞だけじゃなくて楽器もやるんだな。
吾妻は、教室を出がけに、
「小沼、音源のデータ送っといてね!」
と言い残して去っていった。
いや、おれ吾妻のアドレスとか知らんのだが。どうすりゃいんだろ。
そんな流れで、教室に取り残された市川とおれ。
……ん? このあとどうする流れになるの? 『じゃ、おれも』って立ち去るべき?
あらゆる経験値が皆無なおれがおろおろしていると、
「じゃ、私たちも帰ろっか?」
と市川が言ってくれる。
なに、おれ、二日連続でamane様と帰れんの? やばくない?
そして、夕暮れの帰り道。
いまだに現実感がない、市川との二人での下校だ。
「歌詞書いてくれる人見つけられてほんと良かったねー」
「そうなあ……」
それにしても、実はまだ決められていないことがある。
「あのさ、曲が出来上がったら、それをどうするんだ?」
「ん? 歌わせてくれるんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくて、いつ、どこで歌うのかって話」
「あー、そうだねえ……」
市川は、んー、と人差し指を唇に当てて上を向く。
「一番近いのは、7月のロックオンかなあ」
ロックオン。
3ヶ月に一回くらい多目的室でやってる、ロック部の定期演奏会だ。
去年、おれも一度だけ行ったことがある。あるが……。
「あれか……」
「んー?」
小首をかしげる市川。その表情になんか知らんけどドキッとしてしまった。無駄に可愛いのやめろよ……。
「いや、あ、あのさ、別に部外者のおれが言うことでもないんだけど」
「ん、どしたの?」
「あれ、歌全然聞こえなくね?」
「あー……」
市川が困ったように笑って、頬をかく。
そうなのだ。ロックオンは、壊滅的に音響が悪い。
原因はいくつかある。
まず、場所の問題。
ダンス部の活動場所でもある多目的室は、三方が鏡張りとなっていて、とにかく音が反射しまくる。
そして、PAの問題。
PAというのは、音響操作の技術のことだ。なんの略かはよく知らん。
とにかく、マイクやギターなんかから入ってくる音の音量を調整して、聴きやすい状態にしてスピーカーから出すための技術のことである。
音響を操作するPAを、その知識の全くないロック部員がテキトーに行っているため、マイクのハウリング(キィーンっていうやつ)がおさえられず、結局、ボーカルのマイクの音量を下げるほかないのだ。
楽器の音量をそれに応じて下げられる理性的なやつは部員にはいないので、結局歌は聞こえず、バランスのむちゃくちゃな、なんだかよくわからないノイズだらけのライブとなる。
一年生の頃に一度だけ観に行ったが、そのあとずっと耳鳴りが止まなかった覚えがある。
それ以来ロックオンには行かないようになったのだ。
「弾き語りだとしても、ギターと歌のバランスめちゃくちゃになりそうだな、むしろマイク通さない方がいいくらい……」
おれがブツブツ言ってると、市川が顔を覗き込んでくる。いや、近い近い近い近い......。そういうことを天然でやらないで欲しいです……。
「あのさ、小沼くんって、PA出来たりしないの?」
「は?」
「だってさ、小沼くんてパソコンで一人バンド……宅録って言うんだっけ? をやってるわけでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「そしたら、あの似たようなのいじるんじゃないの? 私もレコーディングしてもらった時、ライブで使うのと似たようなツマミとかあるやついじってもらったよ」
「そうなあ……」
市川の言ってるのはミキサーのことだろう。
録音したそれぞれの楽器の音量とかを調整するためのツマミがたくさんあるやつだ。「PA卓」とか、単純に「卓」とも呼ばれているものである。
「ねえ、明日一旦見に行ってみようよ!」
市川が嬉しそうに手を叩く。
「え、何を?」
「多目的室に行って、ミキサー? ってやつ! 多目的室の奥の倉庫に入ってるからさ!」
「え、おれが? amane様と?」
「ちょっと、小沼くんまでその呼び方するの、やめてよ」
「ああ、すまん……」
だってそんな、校内デートみたいなことをいきなり提案してくるから……。
「楽しみだね、小沼くん?」