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第48小節目:NAO

 勉強会。


 みんなで同じ科目をせーのでやって教えあいっこ! みたいなことかと思っていたけど、それぞれで静かに勉強をしている。


 なんというか、結構真面目(まじめ)な会なんだな、勉強会。


 ほら、アニメとか漫画とかだと、結構やいのやいのやってる感じするじゃないですか。


 リア充と真面目は両立出来るんですね。


「んあー……」


 そんなことを考えていたら、おれの正面に座るはざまがうめき声めいたものを出し始めた。


「健次、どぉしたのー?」


 おれの右に座った英里奈さんがはざまに話しかける。


「数学分かんねぇんだわ」


「あぁー……えりなも、数学分かんないなぁ……」


 はざまが頭をぽりぽりとかいている。


「あ、そぉだ」


 英里奈さんがぽん、と手を打つ。


天音あまねちゃん、数学、どうかな?」


 英里奈さんが自分の横に座っている市川に水を向ける。


 そうだよな、そのための勉強会だよ。


 だが……。


「えっと、天音ちゃん……?」


 市川は英里奈さんのことを全く無視していた。


 英里奈さんが戸惑っておれの方を見る。


 いや、おれも分かんないけど……。


「市川?」


 無視だ。


「市川さん」


 沙子が挑戦する。


 だが、これも無視。


 これはまさか……。


「天音、すごい集中力だね……」


 あの吾妻が若干引いている。


 どうやら、市川は、勉強を始めると周りの音が全く聞こえなくなるタイプらしい。


 なるほど、これが成績優秀女子の集中力……。

 

拓人たくと


 ひええ……となっているおれを、沙子が呼んだ。


「へ?」


「拓人も、数学、得意じゃん」


「あ、まあ、得意ってほどじゃないけど……」


 おれはなんだか照れ臭くて鼻を鳴らす。


「たくとくん、勉強は出来そうだもんねえ」


 うんうんありがとう。『勉強は』っていうところちょっと気になりますね。


「そうなん? コヌマ、教えてくれよ」


 はざまがやけに真剣な顔で、


「オレ、今回のロックオン、マジかけてっから出らんねぇとかないんだわ」


 と言う。


 仕方ない。言い方は気に食わんこともないが、熱意は買った。


 でも、おれはコヌマじゃないってことくらいはそろそろわかってるんじゃないの?




「ほお、なるほど……」


 一通り教えてやると、はざまは感心したように声をあげた。


「コヌマ、教えんのうまいんだな」


「ほんとだね、意外」


 吾妻もふむふむとうなずいている。


「お、おう、ありがとう……」


「いや、ありがとうはオレが言うとこだろ」


 珍しくはざま殊勝しゅしょうなことを言う。


「拓人は、教えるの、うまいよ」


 横からまた沙子が0.数ミリ胸を張ってそう言った。


「……そうかよ」


 その瞬間、はざまがすねたように、不機嫌そうに、口をとがらせた。


『健次、さこっしゅを狙ってるんだよねぇ』と、英里奈さんは言っていた。


 ほう、なるほど、そういうことか……。


 沙子が他の男子を褒めているのが気に食わないらしい。


 吉祥寺のアイス屋の前で、初めてはざまと出会った時に感じが悪かったのも、そういうわけか。もともとは別に悪い奴じゃなさそうだもんな。


 色々と納得しているおれの右側で、くしくしと自分のツインテールを触っている女子がいた。


「あー、えっと……」


 そちらを見てみると、なんだかよく分からないが、英里奈さんがやけに焦っていた。


「どうした? 大丈夫?」


 おれが英里奈さんにそう言うと、一瞬肩をビクッとさせて、こちらを見る。


「……?」


 おれがなんじゃろな、と思っていると、ややあって、英里奈さんが真剣な顔になった。


 覚悟をするように小さくうなずいて、


「た、たくとくんは、勉強出来て、かっこいいねぇー?」


 とそう言った。


「い、いや、別に、そんなことはないけど……」


 何? どうしたの? いきなりそんな……?


「あ、あのね。たくとくん」


 英里奈さんがそっとおれの袖口をつまむ。


 そして、上目遣いで、こちらを見た。


 おれにだけ聞こえるくらい小さな声で、


「ごめんね」


 と呟いたかと思うと、すぅーっと息を吸う。


 おれの袖口をつまむ指が小刻みに震えている。


 ……なんだ? 何が起ころうとしている?


「あのね、えりなはね」


「んん……?」


 潤んだ瞳。


 人形みたいに整った顔が少しだけ近付く。





「たくとくんのことが……」





 おれのことが……?



「す……」


「英里奈!」


 最後の何かを言いかけた英里奈さんを、はざまが制した。


 今、なんて言おうと……?



 『す』のあとに続く言葉を、おれは、ぐちゃぐちゃになった頭で探していた。


 いや、本当は、探してなんかなかったのかもしれない。


お前の(・・・)は、もっと、大事にしろよ」


 はざまは微笑みながらそう言ってから、沙子に向き合う。


「波須」


「え」


 目を点にしている沙子が突然呼ばれてそちらを向く。


 すると、はざまは一息に、




「オレは、波須のことが好きだ。オレと、付き合って欲しい」


 


 と、そう言ったのだった。




「は……?」


「ケンジ……」


 おれと吾妻が声を漏らし、


「……え?」


 沙子が語尾をあげてほうけている。


「健次ぃ……」


 英里奈さんが泣きそうな声を出して、さっきからつまんでいたおれの袖口をギュッと握り込んだ。




 なんだ、何が起きている?




 英里奈さんがおれに切羽せっぱ詰まった顔で何かを言いかけたところをはざまが制して、その流れのまま、はざまが沙子に告った……?


 頭がついていかない。


 呆然ぼうぜんとしたまま、おれは目の前に座るはざまと沙子を見ていた。


「……波須、返事は、今すぐじゃなくてもいい。ロックオンの日に、教えてくれ」


 はざまが、そっと、付け足す。


 すると、沙子が、首を横に振る。


「ううん、今、答える」


「……そか」


「健次」


「うん」




「……ごめん」




 沙子は、多分、一番残酷(ざんこく)な『ごめん』を、たった一言だけつぶやいた。


「……そか」


 単語ばかりのそんな会話が静かなグループ学習室にぽつりぽつりと、だけど大きなうねりを持って響く。


 はざまはあふれそうな何かをこらえるように、それでも、なんとか、笑った。


「ケンジ……」


 吾妻が悲痛な声を漏らした。


「……最低」


 おれの右側からそう低くつぶやく声がしたかと思うと、その声の主はバタンと立ち上がり、学習室から走って出て行く。


「英里奈さん!」


 おれは、わけも分からず、英里奈さんを追いかけた。


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