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第43小節目:Friend Of A Friend

 担任がホームルームの終わりを告げる。


 急がねば、と席を立ち、一緒に教室を出る予定の市川の方を見ようとすると、視界をさえぎるように、ふわふわのツインテールがぴょこんと現れた。


「たくとくん、今日一緒に帰ろぉ? えりな、部活休みだし!」


 そう言ってニコニコと笑った英里奈さんの顔。


「小沼、お前……英里奈姫に下の名前で呼ばれているのか……」


 ああ、なんか久しぶりに安藤がなんか言ってる。


「いや、今日はだな、」


「今日、練習だから」


 やんわりと断ろうとした横から、不愛想ぶあいそな声が差し込まれた。


 左側を見ると、ベースを背負った沙子が立っている。


 沙子を見た一瞬、英里奈さんの顔が強張こわばったように見えた。


 そして、次の瞬間には、おおおおおお、おれのう、うう腕に手を回して、


「えぇー、どこでー?」


 と能天気な感じで沙子に訊く。


「何やってんの」


 沙子は質問には答えず、眉をひそめて、そう訊いた。


「小沼、どこまでいくんだ……!?」


 安藤、うるせえ。


「えぇー? これくらい、えりなとたくとくんなら普通だよぉ?」


 ヘラヘラとした声で答えている英里奈さんの身体がかすかに震えているのが右腕から伝わってくる。


「ねぇ? たくとくん?」


 そうこちらを見上げながら、おれの右腕の二の腕あたりの服をぎゅっと強く掴んだ。


 そこには『お願いだから、話を合わせて』という、強い意志を感じる。


 何をしたいんだ、英里奈さん……?


「ん、あ、おお……」


 迷いながらつむいだ言葉はそんな何にもならない言葉で、おれは心底自分が情けなくなる。


 そうこうしているうちにも沙子の目が釣り上がっていく。


 そんな沙子の方をじっと見つめながら、英里奈さんが何かを決意したような顔をして、そっと口を開いた。


「だってね……えりなは……」


 何かを言おうとする英里奈さん。


 おれの右腕にかかる力がどんどん強くなっていく。


「えりなはね、たくとくんのことが……」


 は、おれ?


 英里奈さんがもう一度息を吸った瞬間。


「小沼くん、沙子さん、お待たせ! あ、英里奈ちゃんも」


 アコギを背負った市川が割り込んできた。


「い、市川……」


 小首をかしげる市川。どうやらわざとじゃなくて、本当にたまたまこのタイミングで声をかけてきたらしい。


 おれの右腕にしがみ付いていた力が空気を抜いた風船みたいに弱まっていく。


 英里奈さんを見ると、拍子抜けしたみたいな、なおかつどこかホッとしたような表情をしている。


 そして、


「えりなは、だめだめだなぁ……」


 小さくそう呟いて、そっとおれの腕から手を離した。


「英里奈、なんか言いかけてなかった」


 沙子が問いを重ねる(多分)。


「……ううん、なんでもない。ごめんねぇ、さこっしゅ」


「そう」


 何を言ってるんだろうこの子、という感じで首をかしげる沙子。


 市川は相変わらずほけーっとしている。


吉祥寺きちじょうじ


 沙子が突然、駅名を口にする。


「ほえ?」


「今日の練習」


 どうやらさっきの質問に答えたということらしい。


「あ、うん、そっかぁ……」


 くしくしと髪を触りながら英里奈さんが言う。


「一緒に行くの」


 沙子の質問(多分)に、


「ううん、やっぱりいいやぁ」


 と、英里奈さんは寂しそうに笑った。 





「なんか英里奈ちゃん、すごく切羽せっぱ詰まった顔してたね」


 スタジオまでの道すがら、市川が言う。


「どんなこと言いかけてたの?」


 そう言って、おれの顔をのぞきこんできた。


「いや、おれもよく分からないけど……」


 本当によく分からない。作戦内容はおれも把握はあくしているつもりだったのだが、予想外の行動に戸惑っているのが実際のところだ。


「そっか、小沼くんだもんね。沙子さんは分かる?」


 市川はそう言って沙子に水を向けた。


 ……ていうか今、諦めのセリフとして『そっか、小沼くんだもんね』と言いませんでした?


「英里奈、そうなのかな……」


 沙子は何かをぶつぶつと口の中で呟いている。


 どうなのか教えてくれよ。


「沙子さん?」


 そう市川がもう一度呼ぶと、沙子はおれの方を見て、


「なんでいきなり……」


 と0.数ミリ顔をしかめた。


 沙子が何を言いたいのかもよく分からないけど、全然答えてもらえない市川がしゅんとしているから何か言ってやれよ。


「あはは、そうだよね、私、お邪魔だよね……」


 ほら、なんかネガティブになっちゃったじゃん。


 市川さん、感情がダダ漏れである。何でも言葉にする運動の一環いっかんなのだろうか。


「いや、沙子は自分の世界に入っちゃってるだけだから大丈夫だと思うぞ」


「そうかな、今朝ちょっと仲良くなれたと思って嬉しかったんだけど……」


「そうなあ」


 実は、市川と沙子が二人で話しているとこというのは見たことがない。まあ、初めて話したのが1週間前なんだから、それもそうなんだが。


 だから、今朝の指先が硬いとかなんとかいうのを、沙子から話を振ったのも珍しいなと思っていた。


「やっぱり一筋縄ひとすじなわではいかないのかな」


 そうぽしょりと市川が呟く。


「別に沙子は無表情なだけで、人を嫌ったりはしないけどな」


 おれがそういうと、


「そういうことじゃなくてさ……小沼くんにとって……」

 

 とおれをジロリとにらんで、

 

「なんでもない……」


 と肩を落とすのだった。


 ええ、なに? 言いかけてやめるの気になるんですけど……。


「「はあー……」」


 不意に、市川と沙子のため息が重なる。


 ……おふたりさん、結構、気があってんじゃないの?

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