6.おまもり
「はい、お水飲みます!」
小休止のMCタイムだ。
「ということで沙子さん、何かある?」
「は」
うん、これは別におもしろひらがなを一文字言ったわけじゃなくて、疑問符つかない系の質問文(ややキレ気味)だ。
「振るとしても、今の曲のあとじゃなくない」
「ええっと……ちょっとそれを改めて言われちゃうとなんか面映いね……」
「何その語彙……いや照れくさそうにはにかむのやめて」
「というか、そうじゃなくて! この次の曲は、……ほら。沙子さんから紹介したほうがいいでしょ?」
「……ああ」
沙子はマイクの方を向く。
「……うちには、"仕方ない"友達がいるんです」
二人にはきっと、おれも知らない過去があって。
沙子は穏やかな表情で、ダンス部の悪魔の話をする。
「何も考えていないように見えるし、自分のこと大好きで、わがままな、可愛いだけのバカ女なんですけど」
「あはは、女って」
市川が笑ってあいづちを挟む。うん、あなたも『あの女』って呼ばれてるからね……。
「でも……数少ない友達である、彼女のために作った曲です」
「さこっしゅ……」
と、甘くてか細い声が聞こえた。
『お願い。英里奈のこと、うちだけじゃ、もう……』
「この曲で応募した青春リベリオンは、リスナー投票で落ちちゃったけど……でも、録音するならこの曲しかなかったと今でも思います。だって——」
『……だって、えりな、一緒にいると自分のこと嫌いになっちゃう。さこっしゅのこと、嫌いになっちゃうから……』
『えりなが一緒にいたら、いつまでもさこっしゅと健次は幸せになれないじゃんかぁ……!』
『かっこよくなんかなくたっていいんだよ、英里奈』
『英里奈。うちはもう諦めない。たしかに、大好きな人と一緒にいるのは一番いたいこと、かもしれない、苦しいことかもしれない。大好きも愛してるも、心を誰かに預けちゃうことかもしれない。それでも、うちは英里奈と一緒にいたいよ』
「——この曲が『おまもり』だからです」
* * *
『おまもり』
あなたがたった一言で 世界をひっくり返したあの日
心の底から かっこいいと思ったんだ
あなたはきっとこれからも この視線を奪い続けていく
おなかの底から かなわないと笑ったんだ
その勇気を分けてもらって
そこから糸を紡いで 縦と横に編んだら
ほら 一つ 曲ができたよ
なんの足しにもならないかもしれないけど
きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい
あなたのことが好きだよ
それがどういう意味合いかは内緒だけど
そしたら「なにそれ」って
あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら
ちょっとでも その心があったかくなるのなら
泣くほど嬉しくなるんだ
ねえ それだけで 伝えて良かった
* * *
そして、この曲は、おれたちにとって、別の意味を持つ曲だった。
『バトンは受け取った。あとは、あたしに任せて』
『あたしは、あの日の小沼の決意が、覚悟が、完璧に正しかったってことを証明したい。それが後悔になるような未来なんかお呼びじゃないでしょ? だから、あたしは、それをなんとしてでも叶えることにした』
『あたしが小沼を幸せにするから、その姿であたしを幸せにしてね』
* * *
あなたが誰かのために 世界をひっくり返したあの日
心の底から 幸せを願ったんだ
その覚悟を貸してもらって
その言葉を紡いで 大切に編んだら
ほら 一つ 歌ができたよ
なんの役にも立たないかもしれないけど
きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい
あなたのことが好きだよ
それがどういう意味合いかは内緒だけど
そしたら「なにそれ」って
あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら
ちょっとでも その心が前を向いてくれるなら
あの人だって同じはずだよ
ほら それだけで 伝えて良かった
* * *
『だからね、小沼。とっておきの『おまじない』、かけてあげる』
彼女の覚悟を思い出し、また胸が張り裂けそうに痛む。
* * *
苦しいときは歌って
それが いつもみたいな笑顔の力になるなら
ちょっとでも その心があったかくなるのなら
泣くほど嬉しくなるんだ
ねえ 好きになれて 本当に良かった
長くなってごめんね
ありったけの思いと ありったけの祈りを 編み込んで
おまもり 作ったから
* * *
『あたしは、小沼のことが好きだよ』
『こんなの絶対に叶わない恋だって分かっていても、それでも』
* * *
もしよかったら
この歌だけ あなたのそばにおいてね
この歌だけでも あなたのそばにおいてね
* * *
『あたしの初恋の相手が小沼拓人で、本当によかった』
「1、2、3、4!」




