4.キョウソウ
一度一人ずつになったおれたちは、再び音を重ねていく。
その時、あの、とんでもなく濃厚で、とてつもなく短い夏の匂いがした。
合宿。
『それはきっと、小沼くんがいたからだよ』
『小沼が知ってくれてるって、それだけで、今よりもうちょっと頑張れる気がするから』
『鈍感すぎだよ、ばーか』
花火。
『拓人は、うちの、憧れなんだ』
『拓人のそばにずっといたい。誰よりも先に、誰よりも強く、そう思ってる』
『『憧れに手を伸ばす』んだったら、これくらい本気でいかないと、だよ。拓人?』
学園祭。
『あたし、中学の時には一人もいなかった友達が、今は、こんなにいるんだ。二人が羨むくらいの最高の友達と、二人が羨むくらいの青春を、あたしは過ごせてるんだ』
『自分は、リア充になりたいのです!』
『器楽部! 最後! 死ぬ気で鳴らそう!』
『ありがとうございました! これが、あたしたちの青春そのものでした!』
そんなに昔のことじゃないはずなのに、思い出すだけで乱反射して眩しい。
『すまん、おれ、曲が作れなくなったかも知れない』
あんなに苦しかったのに。
この曲が出来るために必要だったなら、全部許せてしまうな。
* * *
『キョウソウ』
靴紐がほどけて 踏んで 転んで
うずくまって動けなくなってしまった
それは多分 擦りむいたからじゃなくて
擦りむく痛みを知ったから
再開に怯えて 拗ねて いじけて
ふてているうちに遠くまで行ってしまった
憧れには 手も足も届かなくて
気づけば私は最下位だ
リタイアしかけたその時
どこかから力強い音が聴こえた
リズムを刻み ビートを叩くその音の正体は
自分の心臓の鼓動だった
自信なんかないけど 定義すら分からないけど
一番強くなるって 今、決めた
待ったりなんかしないで
すぐにそこまで行くから
息が上がりそうなその時
どこかから力強い音が聴こえた
花火みたいな ドラムみたいなその音の正体は
あなたにもらった言葉だった
* * *
『そんなの、嫌です』
『おれが、小沼拓人が作った曲に、吾妻由莉が歌詞をあてて、そこに波須沙子がベースを弾いて、市川天音が歌って、それで、初めてこの曲になるんです』
『他の誰にも渡すわけにはいかない、おれたちの、おれたちだけの音楽なんです』
『有賀さん、私、ようやく、一人じゃなくなったんです』
『amaneっていうのは、私たちの、私たちにしか出来ない、このバンドの名前なんです』
* * *
自信なんかないけど 届くかは分からないけど
一番強くなるって もう決めた
待ったりなんかしないで
すぐにその先へ行くから
さよなら、拗ねていた私
さよなら、いじけてた私
さよなら、怖がってた私
さよなら、負けていた私
あなたたちがいてくれてよかった
私は、今日までの全部と一緒にこの曲を奏でるよ
* * *
『わたしは、4人でデビューっていう……狂想を、夢を現実にするために』
『うちは、この誰よりもamaneの音を作る競争に勝つために』
『あたしは、4人で共創した音楽を世の中に届けるために』
『おれは、4人にしか鳴らせない音を協奏するために』
* * *
ほら、夜明けの方角を見てごらん
私たちのキョウソウがはじまる
* * *
いくつもの意味を重ねたキョウソウを思い出して、おれは。
なんで、こんなに明るい曲調なのに、涙が出そうになるんだろうか。
盛り上がる会場。沸き立つ歓声の中。
アコースティックギターのストロークが静かに、だけどしっかりとした質量を持って響く。
ざわめきが静かになった頃、市川天音が、そっと歌い出した。
『校庭に石灰で引いたみたいな飛行機雲をたどって』




