3.ボート
「今日はライブハウスでやるロックオンにたくさん集まっていただきありがとうございます! あ、ロック部部長の市川天音です」
客席を見ると、沢山の人。
チェリーボーイズの面々、平良ちゃん、英里奈さん……ロック部の部員はもちろん、器楽部の部員だったり、ダンス部の部員、Butterの面々(受験勉強大丈夫?)、IRIAこと広末亜衣里、さらには、バディ・ミュージックの有賀紗代さん、大黒月子さん、オクタの店長、ゆず……生徒じゃない人もたくさん集まっていた。
それに……ロック部のSNSで告知をしたからだろうか。
今まで見たことのない、話したことのない人たちもたくさん詰めかけてくれていた。
学外でやるからこそ見届けてもらえるのかと思うと、ライブハウスのロックオンにしてよかったな。
「本当に……みなさん来てくれて、嬉しいです」
改めておれも深く頭を下げる。
……ここまで来てくれて、本当にありがとうございます。
「次の曲は、『ボート』という曲です」
それは、再びソロamaneの楽曲だ。
「この曲は私たちが曲とか詞を書けなくなっちゃった時に、ロック部と器楽部の合同合宿で初めて演奏した曲なんです。元々私がバンドを組む前に作った曲で……」
バンドamaneとしてのラストライブにこの曲を入れるべきか、議論は確かにあったのだが。
『歌詞に出てくるじゃん、『カップルで乗ったら別れるって有名なボート 帰り道のたび、ギュッと手を組んで願う』って。あれ、井の頭公園のことでしょ』
『だってだって、『ボート』ですよ!? 自分が何回あの曲に救われたと思うんですかっ!』
バンドamaneの曲ではないが、この曲から生まれた感情がたくさんあった。
この曲を省いておれたちを完結させることは出来ないから。
「ちょっと懐かしい曲ですね。あなたにもう一度、聴いてもらえたらと思います」
にひひ、と笑う英里奈さんの顔が見えた。
* * *
『ボート』
例えば、水面を涼しい顔してすべっていく水鳥も
その足はもがいているように
いつも優しい笑顔のあなたの水面下にも
「本当のこと」がきっとあるんだろう
例えば、ボートを漕ぎ出す最初のその瞬間に
パドルが一番重く感じるように
何度座り込んでも
立ちあがるあなたは
本当はどれほど力を込めてるんだろう
カップルで乗ったら別れるって有名なボート
帰り道のたび、ギュッと手を組んで願う
「強がりなあなたがそれでも いつかはちゃんと報われますように」
本当に言いたいことほど言えなくて
歯を食いしばっては 下唇を噛んで
口にしたら形になってしまう感情が怖いのなら
私は知らないふりをしておくね
あなたのその無理して笑った顔がすごくかっこいいことを
* * *
『だから、ね。無理はするよぉ? 『無理して笑った顔がすごくかっこいい』んでしょぉ?』
* * *
カップルで乗ったら別れるって有名なボート
帰り道のたび、ギュッと手を組んで願う
「強がりなあなたがそれでも どこかで素顔でいられますように」
* * *
『ねぇ、たくとくん……? えりな、もう無理かもしれない……!』
* * *
本当に苦しい時ほど踏ん張って
誰もいないところで ため息をついて
口にしたら形になってしまう感情が怖いのなら
私は知らないふりをしておくね
あなたが心から笑ってる顔を見ると嬉しくなっちゃうことを
「頑張れ」も「大丈夫」も無責任で 言えることは少ないけど
少なくとも1人 ここに味方がいることだけ 忘れないでくれたらいいな
* * *
『だから、もぉ遠慮しないことにしたの!』
『たくとくんのおかげだよぉ、だぁいすき!』
涙まじりの微笑みをスタートラインにして、なだれ込むように次の曲が始まる。
あの夏に作った、決意の歌が。




