1.わたしのうた
C。G。C。
すべてのはじまりは、このコードだった。
市川天音が深く息を吸って、鳴らしたギターが、4人をここまで連れてきた。
それぞれがこの曲に救われて、ぶつかって、離れて、転んで、立ち上がって。
そして、あの日の夕暮れ色の空気で満たされた教室に辿り着く。
『小沼くんの曲、私に一つだけくれないかな?』
『だって、ポエム書き溜めてるなんてみんなに知られたら、絶対、バカにされるじゃん……』
『……拓人の曲、聴かせてもらってもいい』
『amaneの曲を、amaneの声で聞かせてほしい』
そして、おれたちはバンドになった。
* * *
『わたしのうた』
ねえ 自分にしか出来ないことなんて たった一つでもあるのかな?
教室のすみっこ 黙って座ってる おりこうなだけの私
ねえ かけがえのない存在なんて たった一つでもあるのかな?
遠い街に住む運命の人を 私は知らないままかもしれない
何にも持ってないから自信がなくて
自信がないから勇気がなくて
「そばにいて」だなんて そんなこと言えはしないまま
痛みとか傷を避けて歩いてたら
いつの間にか 大切なものから遠ざかった
それはきっと 本当の本当はそこにいたいから
苦しいことばかりで 届かないことばかりで
今日を投げ出したくもなるけど
何者にもなれない 70億分の私を
「いてくれてよかった」と言ってくれる人に いつか出会えるかもしれない
ねえ 自分にしか出来ないことなんて たった一つでもあるのかな?
本当はきっと そんなこと どうだってよかったんだ
* * *
『嬉しいなあ、そんな風に、私の曲、歌ってもらえて……。そんな風に、誰かの心に、届いていたんだったら、本当に作ってよかった……』
『この曲は、うちが、世界で一番好きな曲だよ』
* * *
もしも私がここに立ってることで
息を吸ったことで 笑ったことで 泣いたことで 歌ったことで
生まれたものがあるのなら
それがどんなに小さなものだっていい
勲章みたいに 誇りみたいに
とびきりの笑顔でかかげて生きていよう
* * *
『ねえ、小沼くん。私、自分の歌が好き』
* * *
これが、わたしのうた
* * *
市川が右手を大きく掲げて、曲が終わる。
しんみりしてる暇はない。
Cコードの余韻に乗っかって、勢いをつけて、4カウントを叫ぶ。
「1、2、3、4!」




