表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
349/362

第29小節目:Last Christmas

(いち)()(さん)(よん)、1」


* * *

せい』の字

くうを掴むようだった

理由わけもわからず書いた

その記号はまるでただの『五』


押すと

ライターがけたあの火

解凍しようとして

その資格すらなかったことを知った

どんなにあやまったって

未来は真っ白だったんだ


デモはもう聴かないよ

バンドじゃないと聴かない

『おまじない』読んだから

こんなにも強い気持ちになった


ずっと夢を見ていた

今日までめることなんてなかった

いつか一緒に音を鳴らせるかな

だからこそ


ラスト!

だってもう決めたんだ

その先のわたしたちを迎えに行こう

たとえそれが死ぬほど苦しい道だとしても

どうせ他に生きる意味なんてないし


ラスト!

きっと明日のさらに

その先で「私とあなた」を塗り替えよう

たとえ それが今を否定したって

あなたにもらった声 出ないと意味なんてないし


一緒に見た夢 何一つ叶わなくても

次の夢を見よう

なんてことないよ

だって、初めて鳴らしたあの音が

この耳の中に残り続けてる


『本当』は見にくいけど

『本当』はずっと痛い

優しくなんてなくていいから

全部離そう

一つ残らず 全部


ラスト!

だってもう決めたんだ

その先のわたしたちを迎えに行こう

たとえそれが死ぬほど苦しい道だとしても

どうせ他に生きる意味なんてないし


ラスト!

きっと明日のさらに

その先で「私と貴方」を塗り替えよう

たとえ それが今を否定したって

あなたにもらった声 出ないと意味なんてないし


ねえ、聞こえる? 最後の言葉

決して振り返らないで

行っていいかなんて もう迷わないで

ほら、これで未来は空欄になった

ぽっかり空いた穴を

その声で満たして


離れ 欠けても 夢に向かう

物語わたしたちを今、

一度ちゃんと結ぼう

そのための常套句じょうとうくだよ

せーの、


『おしまい!』


* * *


「うん、結構いいんじゃないかな!」


 演奏が終わり、市川いちかわが振り返って明るく声をあげる。


 12月も終盤。土曜から続いた三連休の最終日の今日は、当然休日で学校が開いていないため、吉祥寺きちじょうじのスタジオオクタで練習をしていた。


「どうだったかな? 小沼おぬまくん、沙子さこさん、由莉ゆり


「うん。楽しそうに演奏出来てると思うよ」


 おれがまず答えて、


「こないだまで悲壮感漂ってたしね、市川さん。この曲は明るく歌わないと。ね、ゆりすけ」


 沙子が応じて、


「んー、だね」


 吾妻が笑う。


「だよね!」


 嬉しそうに笑う市川は、


「明日も、こんな感じで出来たら……うん。後悔しないと思う」


 胸の前で拳を握って、それを自分で見て、たしかめるように呟いた。


 明日。


 明日は終業式だ。


 どうせ三連休に入るんだから、先週の金曜日に終業式をやっておけばよかったのにって感じだけど、それだとさすがに早過ぎると言うことらしい。思えば、小学校の時から、この国の年末の仕様は毎年そんな感じだ。


 しかも今年はさらにややこしいのが、日曜日が天皇誕生日だったから翌日の今日が振替休日になっていることだ。あれ、ていうか、来年からはどうなるんだろう? まさか、『平成の日』とかっていう祝日が生まれる? え、休日増え放題じゃない?


 まあ、そんなことより、今は明日の話だ。


 おれたちは終業式に向けて練習をしているわけじゃない。


 明日、終業式のあとには、ロック部の定期ライブ、年末ロックオンがある。


 それも、いつも使っている多目的室が改装工事に入るとかで、ライブハウスで行うことになっているのだ。


 前回のロックオンは3ヶ月くらい前の9月の学祭ロックオンなわけだが、うーん、いろんなことがありすぎたな。遠い昔のことに思える。


「それにしても、本当に最後(ラスト)にふさわしい、未来に向けて鳴らす良い曲だよね。不仲とか、方向性の違いとか、そういうのじゃなくて……ちゃんと、未来とか夢のために解散するって気持ちがこめられてて……本当に、ありがとうね、由莉ゆり


 そして。


 ——そのロックオンこそが、amaneの解散ライブということになる。


「ううん、天音あまねがそう思って歌うからそう聴こえるんだよ」


 吾妻は謙遜けんそんするみたいに、微笑んで首を振る。


「——明日で解散っていうのは、それでいいんだよな?」


 なるべくシリアスにならないように、未練がましく聞こえないように、ライブハウスへの入り時間を確認するくらいのトーンを意識しておれは尋ねる。


『私、自分わたしうたが好き』


 市川がおれにあの電話をしてきてから、2週間くらいが経った。


 おれはあの言葉が、バンドamaneを継続する理由やきっかけになるのかと思っていたけれど。


「うん、私は自分の歌を好きになれたけど、だからといって、小沼くんたちの夢を叶えられるかはまた別の話だから」


 それが、市川の出した答えだった。


『とにかく、ライブまではバンドのamaneをやり切る。後悔を何一つ残さないように。ソロのことはそのあとにやるんだ』と息巻いて、すごく前向きに練習に取り組んでいる。


 あまりにもあっけらかんと、明るくそんなことを言うものだから、それが最良の選択にも思えてしまう。


「でも、私は何も諦めてないよ。悲観もしていない。2020年……だとすぐすぎちゃうから、次の節目だと2025年とか?」


 市川はそんな途方もない未来の話をしながら笑う。


「——とにかく、私たちが全員、もう一度出来るって思ったら、その時はまたこのバンドで音を鳴らしたい。絶対にその時を、迎えに行ってみせる」


「……そうか」


「だから……それまで、絶対に音楽続けていようね」


 そう呟いた頃、スタジオの利用時間の終了を告げるライトがパチパチとおれたちを追い立てた。






「それじゃあ、また明日!」


「うちはちょっと寄るところがある」


 オクタからのエレベーターをおりたところで、市川はニコッと手を振り、沙子はベースを背負って駅とは別方向に行った。


「二人になっちゃったね、小沼」


「そうなあ……」


 成り行き上、おれと吾妻は二人で吉祥寺駅へと向かう。


公園口(こっち側)はいつもと全然変わらないなあ。吉祥寺感丸出し」


「そりゃ吉祥寺だからな。……どう言う意味?」


「あれ、惑星系(わくせいけい)から電話だ」


 おれからの質問を見計らったように、年末ロックオンのライブハウスとの調整役をやってくれている吾妻のもとに着信が入る。


「はい、もしもし……あ、そうですよね!? すみません、すぐに行きます!」


 電話の向こうの店長に見えないお辞儀をする吾妻。


「どうした?」


 電話を切った吾妻に尋ねると。


「全バンドのセッティング図を提出しないといけないのに忘れてた」


「忘れてたって、吾妻にしては珍しいな?」


「いや、まあ元々今日練習前に渡しに行くつもりで持ってるから大丈夫なんだけどさ」


 さすがだぜ姉さん。


「ってことであたしライブハウス寄ってから帰るね」


「おう。お疲れ、ありがとう」


 おれが応じると、


「どうしてもっていうならついて来てもいいけど?」


 と言ってくる。


「おれ、一言もそんなこと言ってないけど……」


「……」


 じい……っとやや上目遣いで見てくる吾妻氏。


「……分かったよ、行くよ」


「そう? 仕方ないわねっ。今回だけ、特別なんだから。勘違いしないでよね? 別にあんたと行こうと思ってわざと忘れたわけじゃないんだからね?」


「そんなこと思ってねえよ……」


 思ってないけど、そうなのかと思っちゃうだろ……。





「それにしても、明日で本当に最後かあ」


 駅をくぐり、反対側の中央口に出たあたりで、吾妻がふうーと白い息を夜空に吐き出す。


「……吾妻は意外とどっしり構えてるよな。おれなんか何回も『本当に解散するのか?』とか聞いちゃってるんだけど」


「あはは、ださいよね」


「そうなあ……」


 いや、本当にね。


「舞台に上がらないあたしには、魔法をかけることしか出来ないからなあ」


「魔法……?」


「魔法カードっていうか、(トラップ)カードなんだけど」


「え、いきなり遊戯王の話してんの?」


「そ、いきなり遊戯王の話してんの」


 遊戯王の話してた……。


「発動出来るかな。オモテ表示に出来るかな」


 ……いや、魔法? それは、おまじないって言葉に似ているように思えて。


「吾妻、もしかして、また……」


「大丈夫。今回はああいうのじゃないから。自己犠牲なんかじゃない。必要なのはあたしの覚悟じゃない」


「何がなにやら……ポエム?」


「ポエムだよ、あたしの言葉は全部」


 それこそポエムみたいなことを言ってから、吾妻はため息をつく。


「小沼は気付いててもいいんだけどね。そういうところ、相変わらずたくとくんはたくとくんだなあ」


「それは英里奈さんだなあ」


「ちょっと。女子と歩いてる時に他の女子の名前出すとか無粋ぶすいじゃない?」


「なんでだよ。ライブハウスに向かってるだけだろうが」


 ていうか吾妻のその軽口、あれ以来、ちょっと上手く処理出来ないんだよな……。


「あれ以前は上手く処理出来てたみたいな言い方するじゃん」


「おれは何も言ってない」


 心を読むな。


「それに、この街を見ても、『ライブハウスに行ってるだけだ』って言える?」


「街がどうした……って、あ、そうか」


 改めて見回して気がつく。


「……え、今日クリスマスイブじゃん」


「そういうこと。イブに女子と二人で歩いたらさすがに言い逃れは出来なくない?」


「言い逃れって……」


「告白された女子から、イブに吉祥寺を二人で歩こうってお誘いがあって、それに乗るって。……思わせぶりだね、小沼って。ね?」


 悪戯な表情でおれをからかいながら身を寄せてくる吾妻。


「……よし、帰る」


「あー待って待ってごめん! 冗談!!」


 立ち去ろうとした腕を両手でぐいーっと引っ張られる。なんだこの珍しい構図は。


「いや、冗談っつったって……」


「最後かもしれないでしょ?」


 振り返ったおれを見上げたその目は思ったよりもまっすぐ、真顔でおれを見据えていて。


「だから、全部話しておきたいんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2021年10月1日、角川スニーカー文庫より
『宅録ぼっちのおれが、あの天才美少女のゴーストライターになるなんて。』が発売中です!

購入はこちら!(amazon)
作中曲『わたしのうた』MV
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ