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第27小節目:ワンダーフォーゲル

* * *


雑貨屋(ロフト)でスマホの三脚買って帰ればいいじゃん』 


 沙子さこさんにそう言われた私は、言われた通り吉祥寺きちじょうじのロフトに向かう。


 東急デパートの近くの横断歩道を渡ると、この間ライブをやったし、今度ロックオンを——そして私たちの解散ライブをするライブハウス『惑星系』があり、その先を左に曲がって地下に行くとロフトがある。


 アーケードも、ビルも、街路樹も、どこかで流れている曲も、12月に入った街はいつの間にかクリスマスムードだ。


 ロフトに向かうほどに心なしかその色は濃くなっていって、私はなんとなく浮き足立つ。昔から、キラキラのイルミネーションが結構好きだった。


 自分の誕生日が12月25日だからかもしれない。


 自分がお祝いされているような気分とまではさすがにならないけど、それでも自分の誕生日に向かって街のテンションも一緒に上がっていってくれるというのは、なんとなく気分がいいものだ。


 クリスマスソングを鼻歌しそうになった時、カップルがたくさんいるな、ということに気がついた。


 連想ゲーム的に彼のことを思い出してしまい、ため息でにがす。


 冬の空に吐き出されたため息は名残惜しそうに白く残って。スクリーンみたいになったそこに思い出なんかが投影されそうになって、慌てて両手でバタバタとかき消す。


 自分の意思で手放したものを、こうして勝手に思い出して、都合よく感傷に浸ったりなんかして。


 そんな未来を望んで私はあんなことを言ったわけじゃないんだから。


「市川」


 幻聴が聞こえるから振り切って、少し早歩きでお店に向かった。





「ただいま」


 誰もいない家に挨拶をほうる。


 12月の午後6時は真っ暗だ。手洗いうがいをしたら、自分の部屋に入る。道沿いの街灯の光がかすかに差し込む。


 せっかく買ってきた三脚で何か撮ってみるかあ、と袋から三脚を取り出す。


 三脚のパッケージについている取扱説明書の通り、スマホを挟んで、レンズをこちらに向けた。


 そして、アコースティックギターを構えて、前に座ってみる。


 …………さて、と?


「……え、どうすればいいの? これ」


 さすがにスマートフォンのカメラ機能の使い方くらい誰かに聞かなくても分かると思っていた私だけど……これ、自分が映ってるかどうかってどうやって分かるの? 画面見えないと分からなくない?


 いちいち画面を見て、試し撮りとかするしかないってこと?


 なんかそう考えると、自分撮り?(じどり?)してる人たちって、すごくない? 一発で撮ってる場合、カメラの画角をいつも把握してるってこと?


 カメラのレンズと画面は逆についているんだから、そういうことになるよね?


 明日誰かに聞いてみようかとも思ったけど、私はこういう疑問を放っておけない。


「えーっと……」


 こういうのに圧倒的に詳しそうな人にLINEで電話を掛けてみる。


 すると。


『…………はい?』


 4、5コールたってやっと出てくれた。いつもは甘いはずの声がなんだかいぶかしげだ。


「もしもし、市川いちかわ天音あまねです。こちら、黄海おうみ英里奈えりなさんの電話であってますか?」


『うん、それ、えりなのセリフってゆうか……かけてきたの、えりなの電話であってる? えりなに掛けてきたの? 天音ちゃんが? なんで?』


「なんでって……クラスメイトだから?」


『はぁ?』


 なんか不機嫌だね?


「えっと……ごめん、忙しかったかな? 部活?」


『いや、部活はとっくに終わって、今ちょうど乗り換えのタイミングだったから忙しいってことはないけどぉ……』


「よかった……。あのね、ちょっと聞きたいことがあって……」


『たくとくんなら返さないよ?』


「え?」


 突然出てきたその名前とその内容に頭が真っ白になる。


 え。小沼くんは、英里奈ちゃんと……?


『いや、冗談だよぉ……そんな声出さないでよ、天音ちゃんは本当に天音ちゃんだなぁ……』


「な、なんだ……!」


『ていうかさぁ……そう言われてそんなになるならさぁ……!』


 英里奈ちゃんは申し訳なさそうな声から一転怒ったような声になって、


『……まぁいいや、それで、なに?』


 諦めたような声になった。


「ああ、えーっと……スマホの自分撮り? ってどうやってやるのかなって」


『はぁ? じぶんどり?』


「う、うん……スマホで自分の動画を撮りたいんだけど、やり方を知りたくて……」


『………天音ちゃんって本当にJK? あと自分の動画って何の動画?』


「え? ギターの弾き語りの動画を……」


『なんだ、なんか変な方向にいっちゃってるのかと思った……。表アカないのに裏アカっていうか……』


「ん?」


『なんでもないでーす』


 そう話を切り上げると、


『天音ちゃんのおうちって吉祥寺きちじょうじだったよねぇ?』


 と聞いてくる。


「あ、うん」


『えりなちょうど今吉祥寺いるから。駅までくれば教えてあげるよ』




 数分後、私は吉祥寺駅公園口についた。


「お待たせしてごめん!」


 英里奈ちゃんは駅の柱にもたれかかって、ブレザーのポケットに手を突っ込んでいた。なんか、あの姿勢、沙子さんみたいだなあ。


「別にぃ。それで? スマホの自撮りのやり方が分かんないって何? えりなは天音ちゃんが何言ってるのか全然分かんないけど……」


「うん、そうなんだ。スマホ用の三脚買ったんだけどね。これにつけると、自分がどう映ってるか分からないでしょ?」


 私は念の為持ってきたスマホ用の三脚にスマホを取り付けながら説明する。


「インカメでやればいいじゃん。え、そういう話じゃないの?」


「いんかめ?」


「え。嘘だよね? キモいんだけど……」


「キモい!?」


 さんざんな言われようだ。その……いんかめが分からないだけでそんなに言われないといけない?


「カメラ起動して」


「あ、うん」


 私はスマホのロックを解除して、ホーム画面にあるカメラのアプリのアイコンを押す。


「カメラのアプリからカメラ立ち上げてるし……」


「え?」


「……まあいいや。で、ここ押して」


 英里奈ちゃんの言う通り……なんだこれ、輪廻転生りんねてんしょう?みたいなマークを押したら。


「うわっ!」


 自分が映った!


「反応が原始人じゃん……。そういうのもう可愛くないよぉ……?」


「可愛いと思ってないよ!?」


「どうだかなぁ……」


 はぁー……と目を細めてため息をつく英里奈さん。


 んー、なんだか。


 待っててわざわざ教えてくれたのは本当にありがたいけど……。


「いつにも増して当たり強いね……?」


 と私がついこぼすと。


「あのね、天音ちゃん」


 英里奈ちゃんはいつになく真顔で、私をじとっと見て。


「えりな、天音ちゃんのこと、ちょっと結構だいぶかなりむかついてるから」


「……!」


 想像以上にストレートに突き立てられたナイフに驚いて身をすくめる。


「えりなの大事な人……さこっしゅも、たくとくんも、傷つけて。天音ちゃんは何がしたいの?」


「それは……」


 それでも、自分で決めたことだ。


 迷わない、ブレない。


「……今の自分じゃ足りないって気がついたから。だから、今もこうして足りるために——」


「それって、再生回数がどぉとかってやつ?」


「……うん」


 どうやら誰かから話を聞いていたらしい。


 いや、私はそこまで詳しく3人に話した覚えはないけど……隠し事は出来ないってことなんだろうか。


「ふぅん? じゃあ、天音ちゃん的にはえりなの方が歌がうまいってことでいいね?」


「え?」


 突然論理が飛躍した気がして、私はついほうけた声をあげてしまう。


「違う? えりながインスタライブで歌った方が、フォロワー0のあまねちゃんが歌うよりも絶対見られるし、褒められるよぉ?」


「……そっか」


 そうだ。この世界は数字がものを言う世界だった。


 そう、私が決めたんだった。


「そう……だね」


「そうじゃないでしょ!?」


 伏せ目がちに負けを認めようとした私の両頬をパン!と英里奈ちゃんの両手が挟んで、正面を向かせた。


 ちょっと痛いけど、優しい痛みだな、と思ってしまった。


「えりなはそれでいいよ? えりなの世界ならそれでいいよ? えりなはいろんな人が見てくれて、褒めてくれたら嬉しい。ちやほやされて、それでいい。PRの案件の連絡だって数字が上がればくるよ。それもめっちゃ気持ちいい! それでいい。けど!!」


「英里奈ちゃん……」


「けど、天音ちゃんは違うんじゃないの? 天音ちゃんの歌う意味ってそういうことだった? 天音ちゃんはそのために歌ってたの?」


「でも。……でも! このままじゃ、私のままじゃ、バンドamaneはどこにもいけない。だから——」


「だーかーらぁ! 今そんな話してないじゃん!」


 相当イライラしているらしく、英里奈ちゃんが声を荒げる。

 

「たくとくんがどぉとか、ゆりがどぉとか、さこっしゅがどぉとか! そんなのはどーでもよくて! 全っ然どーでもよくないけど、どーでもよくて!」


 そして、もう一度、私に問いかける。


 それはいつか、誰かが小沼くんに投げかけた言葉によく似ていた。


「天音ちゃんは、なんのために歌ってるの?」


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