第25小節目:太陽のブルース
「——というわけだけど、機材のことは大体分かった?」
IRIAさんは一通り機材の説明や用途を説明してくれたあと、振り返って腕組みをする。なんだか様になってるなあ。
「うん、ありがとう! メーカーは違くても、やっぱり小沼くんの家にあった機材と同じようなものを使ってるんだなあと思った」
「うん、うちもそう思った。うちは幼馴染だから分かるけど、拓人の家にある機材と同じだね。うちは幼馴染だから分かるけど」
「その圧は何かな……?」
張り合うように胸を張る沙子さんを訝しがりながらも、IRIAさんは続ける。
「まあ、ウチは覆面シンガーだからカメラは使わないしね。そういう意味では、タクトさんと同じなのかも。でも、アマネさんは顔出して動画で弾き語りするのでしょう?」
「うーん……それはちょっと迷ってるんだよね。私も覆面でやった方がいいのかなって。名前とかも全然違うのにしてさ」
amaneと距離を置いたところで実績をあげるなら、その方がいいのかなとも思うし。amaneって名前が私由来だからね……。
「ふうん。イラストを誰かに書いてもらうとか?」
「うーん、なんかそういう感じでもないかなあって……。弾き語りにはあまり合わないかもって。……真っ黒の画面でやろうかな?」
「誰が見るのよ、そんなの……」
「そうかなあ……」
呆れたようにIRIAさんはため息をつく。
「アマネさんが可愛くなかったとしたっても、まだ動いている方がいいわよ。いわんや美少女アマネさんをや、って話だわ」
「は」
沙子さんが語尾を上げずに0.数ミリ眉間に皺を寄せると、
「あ……アマネさんが美少女じゃなくても動画の方がいいのに、ましてや美少女なら絶対動画の方がいいということを申し上げました」
とIRIAさんは応じる。
「……あんた、難しい日本語知ってんだね。海外で暮らしてたのに」
「ほ、本が好きなもので……」
「へえ、すごいね」
「……!!」
素直に褒める沙子さんに、嬉しそうに目を見開くIRIAさん。うんうん、分かるよその気持ち。
「そ、そうでしょう!? そうなのよ、ウチは、すごいの!」
「いやだから、日本人なら敬語使えっつーの」
「はーい……。まったく、日本の悪しき因習だわ……」
「また難しい言葉使ってるし」
この2人のやりとりはなんだか妙に微笑ましい。
「ちょっとそこのおもしれー女、笑ってる場合じゃないわよ。とにかく、スマホのカメラで撮影して、あとで録音した音を乗せるでもいいから、動画は撮っておくに超したことはないわ。録音機材より先にスマホ用の三脚でも買うべきね」
「うーん……。沙子さんはどう思う?」
私はそれでもなんだか煮え切らなくて、沙子さんに話を振ってみる。
と。
「別に。どっちでもいいんじゃない」
と返ってきた。
「興味ないか……そうだよね……」
私はamaneに頼らないって決めたくせに都合いい時だけ沙子さんを——
「いや、そうじゃなくて」
ネガティブに沈みかけた私の思考を遮るように沙子さんが差し込む。
「別にどういう方法でも最終的には認められるでしょ。市川さんなら」
「沙子さん……!」
沙子さんの言葉に驚いて、その後に喜びが追いかけてくる。
「いや、勘違いすんな。うちらの……うちのバンドのギターボーカルはそうじゃないと困るって言ってるだけ」
「勘違いも何も、そのままに聞こえるのだけれど……? 波須沙子さんは、ツンケンしてるように見えてアマネさんのことを評価しているのね……? ……ツンデレ?」
IRIAさんが呆れたようにツッコむ。
「だからそうじゃなくて。この頑固女がそう決めたんだから、そうならないと、もう一緒に出来なくなるでしょ。……それは困るじゃん」
「……そうだね」
指示語多めの沙子さんの言葉は、それでも私を奮い立たせるには十分だった。
「あの……イチャつくなら帰ってもらえるかしら?」
「んぁ?」
ドスのきいた沙子さんの声にIRIAさんは敬語を使わないと、と思ったのか。
「お、……おかえりあそばせ……?」
「もっと煽ってみるみたいだね……?」
* * *
吉祥寺の街のはずれを市川さんと歩く。
同じ吉祥寺住まいだけど、広末姉妹(IRIAこと広末亜衣里とレコーディングエンジニアの広末日千歌は姉妹で同居している)の家は、吉祥寺駅から東急デパートの方に行った方向で、市川さんは井の頭公園の向こうだから、逆っちゃ逆だ。
東急デパートの近くを通ったあたりでうちは、
「うち、楽器屋寄って帰るから」
と言う。
「え、じゃあ私も……」
「来んな、邪魔」
「ひどい!?」
だって本当に邪魔だし……。
「いいよ、それじゃあ家に帰って練習するもん……」
「雑貨屋でスマホの三脚買って帰ればいいじゃん」
「使うかわからないもん」
「別に、何かには使えんじゃないの」
「何かって?」
「知らないよ。ライブ映像撮るとか?」
「たしかに。買って帰ろう」
素直だな……。
「それじゃあ、また明日学校でね! 腱鞘炎、気をつけてね!」
「大丈夫だっての」
ロフトの方に手を振って立ち去る市川さんを見送って、うちは小さくため息をつく。
「……金あるかな」
広末の家で大体必要なものは分かったけど、少なくともマイクとオーディオインターフェイスを使うとすると。それで、拓人を頼らないとすると……。
「バイトしなきゃいけないかなあ……」
憂鬱な頭を抱えながら楽器屋さんに入ると。
「……?」
そこに、聴き慣れた——いや、弾き慣れたフレーズが聴こえてきた。




