第23小節目:草原に立つ二本の木のように
「……で、ウチのところに来たってわけ?」
「うん……!」
超人気シンガーソングライターIRIAさん——広末亜衣里さんは呆れたような顔で私を見てくる。
『数字が欲しい』と話した私が、大黒さんに出された最初の課題は、
『ヒット曲を弾き語りでアップロードしろ、なるべく毎日』
ということだった。
最初は私も「そんな他人のふんどしで相撲を取るようなこと出来ません」と応じたが、それに対する大黒さんの答えは「うっせえ、やれ」だった。
* * *
「数字を取るためならなんでもやれってことですか? でも、大黒さんはビキニで弾き語りをしろとは言わないってさっき言ったばかりじゃないですか」
「ビキニで弾き語りをしろってアタシがいつ言ったんだよ」
「私にとっては似たようなことです。誰かの人気や才能に便乗して得た数字なんて、意味がないって言ってるんです。彼らが見ているのは私じゃなくて、その曲じゃないですか」
「……天音サンはあれだな」
大黒さんはふーー……と息を吐いて、
「青臭いっていうよりむしろ、理解のない老害みたいこと言うよな」
と呟く。
「んな!?」
老害……!?
「老害脳の天音サンに分かりやすく説明してやるよ。昔はテレビとかラジオとかのマスメディアに出ている音楽が唯一のメジャーだったけど、今はメディアが個別化したから、リスナーの好みが細分化したとか言うだろ? 知ってるか?」
「……はい、そう聞きますけど……」
「あれな、実は真っ赤な嘘なんだ」
「はあ……?」
なんですか自分で言っておいて……。
「今はタレントの人気は数字として世の中に公開されちまう。天音サンが言う通り、数字が重要なんだ。そして、その数字をあげる特効薬がヒット曲のカバーだ」
「それは、分かります。数字を稼げるってことが、楽曲の一つのステータスになってるというか……」
「そういうことだ。そして、みんながその名声に群がった結果、その曲はさらに拡散されて、そのヒット性は加速していく。考えてもみろ。アイドルとか声優とか、あーいうやつらが全員、自分の意思で、その曲が心から好きでしょうがなくてカバー動画を上げてると思うか?」
「思いませんね」
「お、答えが早いね。まあ、つまるところ、ヒット曲は承認欲求を簡単に満たすための武器になってるんだ。曲の良さなんか半分もわかっちゃいないさ」
嘆かわしいね、と大黒さんは首を振ってみせる。
私はおずおずと胸の前で挙手をした。
「あの……だから最初から私はそういうことを言ってるつもりなんですけど……。でも、それをやれって私に言ってるんですよね……?」
「ああ、そうだよ?」
あっけらかんと言う大黒さん。
「でしたら、話は最初に戻ります。その数字は私が求めているものではなくて——」
「だからこそ、そいつらを凌駕する本物の歌を見せてくれよ」
大黒さんは私の反抗を遮る。
「あいつらとアンタは違うんだろ? だったらその違いを見せてくれよ。アンタよりも顔が可愛くて胸が大きい子のカバー動画よりも、アンタの歌の方が価値があるって言うなら、それを数字で証明してみせろ。それがアンタが求めている数字になるはずだ」
「でもそれは……」
「アンタは今まで、『曲を自分で作っている』っていう下駄を履くことで、歌やパフォーマンスの技術から目をそらさせ続けてきたし、目をそらし続けてきたんだ」
「っ……!」
「現役女子高生シンガーソングライター・市川天音のこれまでのセールスポイントは『現役女子高生』『シンガー』『ソングライター』の3つだ。そして、そのどれが欠けても、アンタは戦えなかった。それが、今回バンドの一員になったことで——つまり自分で曲を作らなくなったことで証明された。『現役女子高生シンガー』じゃ、足りなかったってわけだ」
一瞬、息が詰まってしまった。
誰もがえぐってこなかった——自分でも刺しきれていなかったところを一突きされて、心を貫通する。銛で胸を刺されたような痛みが襲う。
「だから、『自分の作った曲』って下駄を脱ぎ捨てて、最も競争率の高い場所で1位を取るんだ。合唱コンクールの課題曲みたいなもんさ。それでこそ、アンタが軽蔑してる他のやつらと条件が一緒だろ? 同じ曲を歌って、その上で最も輝いてこそ、アンタは『ボーカリスト』として数字を持つってことになる。じゃないと、結局小沼拓人や吾妻由莉の曲を歌う権利を得ただけの……他人のふんどしで相撲を取るしか出来ない”元”シンガーソングライターのままだ。違うか?」
片眉を釣り上げた大黒さんのその挑発は、その口調と表情に反して、安い挑発なんかではなく、むしろ重く深い問いのように感じた。
「……分かりました」
私はその時やっと、世間に挑む覚悟を決められた気がした。
* * *
「ということでカバー動画を上げてみようと思ったんだけど、私、機材のこととかよくわからなくて……」
「そんなの、ウチよりも適任がいるでしょうが……」
「小沼くんのこと?」
「分かってるんじゃない。タクトさんはどうしたのよ? ……って何その怖い顔」
「……拓人くんの手を借りたら意味がなくなっちゃうから」
「呼び方変わってない? ウチ、本読むから結構呼称とか気にするタイプよ?」
「…………」
黙秘していると、亜衣里さんはため息をつく。
「敬語とかつかってないウチが言うのもなんだけど、年下に対する対応じゃないわよね。案外子供っぽいのね、あなたって」
「……ごめん」
「まあ、おもしれー女だとは思うけれど。いいわ、教えてあげる。ミキシングとか、色々考えたら、そんなに一朝一夕で出来ることでもないんだけど、やってみるならどうぞ」
「ありがとう!」
私は亜衣里さんの両手を包んでお礼を言う。その手を少し見てから困ったような笑ったような表情で、
「なんか……あなたの周りのみんなの気持ちがわかるような気がするわ」
「どういうこと?」
「別に。じゃあ、今日の放課後、うちに行きましょうか。実際の機材を見せてあげるわ」
「うん!」
すっと私の両手から自分の手を引き抜きながら、
「ちなみに、何を録るの?」
亜衣里さんは尋ねる。
「うん、今一番勢いがある曲って言えば、やっぱり……」
私は昨日考えていた曲名をはっきり宣言した。
「IRIAさんの、『青春なんて嘘っぱちだ』」
IRIAさんは片方の口角を上げて、ニヤリと笑う。
「……あんた、ほんと、面白い女だわ」
……その頬が痙攣しているように見えたのは、由莉ならどういう意味かわかるだろうか?




