第20小節目:People Get Ready
『ラスト!』と『私小節』をそれぞれ初めて演奏した日の帰り道。
おれと沙子は、吾妻と同じ下り電車の方に乗っていた。
吉祥寺から一夏町駅まで、若干遠回りだが、下り電車でも帰れるのだ。
「ならいつもそうしてくれてもいいのに」
「「定期範囲外だから」」
「ハモるなし、ばか」
少しむくれる吾妻だが、「じゃあ、今日はどうしてこっちから帰ってくれるの?」とは聞かない。
そんなの吾妻からしたら聞くまでもないことなのだろう。
市川の新曲『私小節』の話をしないわけにはいかなかった。
「あの曲で、天音の考えてること、やっと分かったよ」
車窓の外を流れる住宅の窓々を眺めながら、吾妻はため息混じりにつぶやいた。
「天音は自分自身だけの力でもっと多くの人に曲が届くようになったら、amaneをもう一度組んでもいいって思ってるんだよ、きっと」
「だろうね。気がふれたかなって思ったけど、結局あの女らしいっちゃあの女らしいか」
「深窓の箱入り天然お嬢様なくせに、お姫様みたいに助けられてるだけだと、自分の存在意義とか問い始めて、自信がなくなって溺れそうになる。まじでめんどくさいなあ……萌えるなあ……」
萌えんの? てか『萌える』って今時言うの?
……などと、本質的でないところに引っかかる胸中ではあるが、やっと繋がったところもある。
『私は、『市川天音』として、もう一度デビューを目指す』
彼女はあの日、そう言っていた。
何のためにそんなことをするのか。バンドで目指すのとは何が違うのか。
その理由は明確で、市川は自分がamaneのお荷物だと、本気でそう思っているのだ。
「でも、『もっと多くの人に曲が届くようになったら』って、例えばどういうことなの」
沙子が語尾をあげずに疑問を呈する。
「わかりやすいのは、IRIAを超えたら、だろうけど。でも、天音のことだから、際限なくその基準とか水準は上がっていくんだろうね」
「ふーん……」
「ストイック天才の考えることはあたしには分からないなー」
ふはあ、と天井を見上げる吾妻。
「うちはちょっと分かるよ」
「そう?」
「うん。市川さんは選ばれなかったから、選ばれる人になろうと思った。……うちには、それを否定出来ない」
「そっか……」
吾妻は「難しいなあ、あたしにも否定できない」とぼやいてから、
「小沼ぁ、どうして黙ってんだよー?」
とこづいてくる。なんだその親友ポジ。
「……でも、市川が本当にそうだとしたら、最後の切り札はあるよな」
それが、さっきの曲を聴いてからずっと思っていた事だ。
「……ま、そうかもね」
「何それ」
沙子が眉間に0.数ミリの皺を寄せる。
「天音がまったく疑ってないし過ってもないらしい、あたしたちが使える人質……っていうか事質?が一つあるって話」
「はあ?」
珍しく語尾をあげる沙子。
「分からない?」
「分かんない。勿体ぶらないで」
「ごめんごめん。でも、分かんないところが、さこはすのかっこいいところだと思ってさ」
イライラする沙子と対称的に吾妻は嬉しそうだ。
「答えは簡単。音楽を辞めちゃえばいいんだよ、あたしたち3人が」
「……?」
「天音の夢はあたしたちが音楽を続けていく前提だから。正確には、『amaneじゃないなら音楽をやらない』って言えばいい。そしたら天音がいくら頑張っても、天音の夢は叶わなくなるでしょ?」
「うわ……」
沙子がドン引いている。
「そう、そういう顔になるよね。だからこそ、あたしたちはその手を使えない。バンドメンバーの信頼を裏切るわけにはいかないもん」
「でも、実際ない話じゃないんだよな。ていうか、信じられてないんだったら辞める選択肢は全然あった」
おれは頷く。
「どうして」
「どうしてって……おれは、amaneじゃないと音楽をやる意味なんかないから」
おれが沙子の質問に答えると、
「おお……!?」
吾妻が目を見開く。
「小沼、いつからそんなことするっと言えるようになったの?」
「…………?」
ん?
……………おお、結構恥ずかしいこと言ったね!?
「うわ、めっちゃ顔赤くなってんじゃん。自覚なく言った系?」
「拓人、可愛い」
か、可愛くないわい!




