第17小節目:アグレッシ部
「え、吾妻、学校は?」
「いや、それ小沼がいう……? 自分見えてなさすぎじゃない? ここにこんなに大きな鏡あるのに」
「たしかに……」
スタジオの壁一面の鏡に映った自分を見ると、そいつも呆れ顔をしていた。
「でも、吾妻が学校休むとか大事じゃない? 青春部部長的に大丈夫なのか?」
「そんな最高な名前の部活に入った覚えはないっての。……こほん、」
吾妻は謎に若干のドヤ顔をして、
「あたしが、学校をサボらないために、青春をサボるわけにいかないじゃん」
と言う。
「何それ、マンガかなんかの名台詞みたいなやつ……?」
「あ、あたしのオリジナルだから! バカにしたらただじゃおかないからね!?」
「相変わらずやばいな、吾妻って」
「あんたよりマシだから!」
そして。
「相変わらずかっこいいな、吾妻って」
「……あんたより、マシだから」
「なんだそれ」
「こっちのセリフだっての」
吾妻は少し笑ってから、
「……とんでもない曲が出来たね」
と呟いた。
「だな。……また、何にもならないかもしれないけど」
「かもしれないね」
「あーーー」
おれは一度起き上がった身体を再び背中側に投げ出す。
「なんで、こんなにいい曲なのに何にもならない可能性があるんだろうな。ていうか、『おまもり』がリスナー審査通過しなかったのだって、全然納得してないんだけど」
そして、嘆くように天井に吐き捨てると、吾妻は「だねえ」と応じる。
「あたし、その理由って、自分が思ってるほどは良い曲じゃないからだって思ってたんだけど」
「違うのか?」
「違うっていうか……あんまそういうのって関係ないんだって、今の曲聞いてて思った」
「関係ない?」
「そ。関係ないし、どうでもいいんだ。だって、自分的に最高な曲以外が評価されたってなんの意味もないし。自分的にはそうでもないものがめちゃくちゃ評価されたとして、『これがいいの、本当に?』って思うのって逆にモヤモヤしない?」
その吾妻の言葉が、妙に腑に落ちる。
「やっぱり、そういうことだよなあ……」
「だから、やっぱりamaneなんでしょ?」
「……なんでも分かるんだな、吾妻は」
「小沼の考えてることならね」
「なんでだし……」
「ほんと、なんでだろうね」
吾妻は自分に呆れるみたいに笑って、
「ま、ほらさ」
声のトーンを上げて空気を少し上向ける。
「もし上手くいかなかったって、」
それでも、『次にもっと良い曲作ればいいよ』とは言わず、
「その時はまた死ぬほど悔しがればいいよ。この世の終わりみたいな顔して。実際この世の終わりみたいなもんだし」
そんな提案をくれた。
「そうだな」
「だから、その時は、全部終わらせよう。次なんかなくていい」
「そうなるのか? 続けるんじゃなくて?」
「うん、いつだってそう。最後の曲作るくらいのつもりで頑張らなきゃ」
「なるほどな」
そのポジティブなのかネガティブなのかよくわからない吾妻の理屈は妙にしっくりきて、おれは笑ってしまう。
「あのね、あたし。昔、あたしのことバカにしてたやつらから、めっちゃメッセージ来たよ。DMとかLINEとか、そういう有象無象」
「ああ……」
学園祭の時、吾妻の中学の同級生がやってきたのを思い出した。
彼女たちみたいな人に歌詞を書いていることをバカにされて、吾妻は自分が歌詞を書いていることを隠すようになったのだった。
「山津瑠衣じゃなくて、吾妻由莉って名前で載せたからね。『これって吾妻さん!?』とか言って」
……そして、いつしか彼女は自分の本名で作詞をするようになった。
「ああ、ついにあたしはあたしの言葉は、世界をひっくり返したんだって思った。あたしをバカにしてたやつらがあたしに媚びを売る世界になったんだって」
「どんな気持ちだった?」
意地悪な質問だな、と自分で思いながらも聞かずにはいられなかった。
吾妻は、「それ聞いちゃう?」みたいな顔をしてから。
「めっっっっっちゃ気持ちよかった」
「だよなあ……」
おれは高校以前の知り合いと連絡を取る手段がほぼないから(いや、もしくは単純に誰にも見向きもされてないからかもしれないけど、とにかく)、そういった連絡は来なかったが、来たらきっとそんなことを思っていただろう。
というか。
「おれも、正直なこと言っても良いか」
「いいよ、あたしも多分同じだから」
おれは、そっと自白する。
「動画が回ってるの見て、『おれの曲が間違ってたわけじゃなかったんだ』って思った」
「はは、最低。……あたしも」
「でもさ、」
「うん?」
なんと途方のない道だろう、とおれは呆れて乾いた笑いを吐き出す。
「……『嬉しい』ってのとはちょっと違ったんだよな」
「だね。この先には、あたしの望む未来はないって思った」
「だな」
吾妻のいう世界をひっくり返すということがどういうことなのかは分からないが、それでも、おれたちはそれを茨の道を通って叶える必要があるらしい。
「amane、また……まだ、出来るのかなあ……」
「さあね、でも、最後の曲だって思ってやるべきなことに変わりはないよ」
「そうかもな」
だとしたら、その先のことを考える必要はないのか。
「だとしても、解散はやりすぎだけどね。天音はなんであんなこと言ったんだろう?」
「我が強いっていうかこだわりが強いっていうか、いつも勝手なことするもんな」
「そういうことなのかな」
んー、と吾妻は考えるそぶりを見せる。
「あたし、amane様のこと追いかけてたわりに、天音の考えてることっていつもよくわからないんだよね」
「吾妻でも?」
「あたし、別にみんなの心を読み取ってるわけじゃないから」
「そうだっけ……?」
なんだかいつも心を読まれてるから、テレパスなのかなと思ってたけど……。
「天音は、何を選ぼうとしてるんだろう。そんで」
ふう、と一息吐いて、
「——何に選ばれようとしてるんだろう」
吾妻は下唇を噛む。
「そうなあ……」
「ま、そんなこと考えてもしょうがないか。あたしは、早速この神曲の神歌詞を書かなきゃ!」
吾妻はぽんっと立ち上がる。
「小沼、まだここにいる? アレンジとかするよね?」
「ああ、うん」
「じゃ、あたし、ここで歌詞書いててもいい? もう、今日デモを送っちゃおうよ」
「いいけど……え、そんなに早く書けるのか?」
「うん、もう曲名は決まってるし!」
「まじか……! なんて曲? ……って聞いてもいいのか?」
「しょうがないな。特別だよ?」
吾妻はニヤリと笑って、ホワイトボードに大きく4文字を書く。
そこに書かれた曲名は。
『ラスト!』
「『!』って……。最後なのに、ずいぶん元気だな」
「この『!』は、あたしの祈りっていうか、願いっていうか」
「祈り? 願い?」
相変わらずのハイコンテクストなコメントに首を傾げているおれに、
「細かい文法とかには、目をつぶってね」
と、吾妻は片目をつぶってみせた。




