第2小節目:煙たい
一夏町駅に着くと、改札を出たところの柱に、金髪幼馴染こと沙子がブレザーのポケットに手を突っ込んで寄りかかっていた。
なんか沙子って、こういう格好サマになるなあ……。
近づいていくと、おれに気づいた沙子は、片手をあげる。
「よっす、拓人」
最近その挨拶するよねさこはす。
「おう。どうした、誰か待ってんの?」
「は。拓人を待ってたに決まってんじゃん」
「そうすか……」
じゃあ一緒に帰れば良かったくない?
ちなみに最初の『は。』は『は?』の語尾上がらないパターンのやつだ。さこっしゅは相変わらず平板だねぇ? ……アクセントがね?
「ちょっとマック行かない」
これも、『うちはマックに行かない』という宣言をしているわけではなくお誘いだ。
「妹が飯を作ってくれてるから、何か食べたりは出来ないけどいいか?」
「シェイクでも飲めばいいじゃん。なんでそんなこと訊いてくんの。うち以外の誘いの時はホイホイついていくくせに」
「人のこと尻軽みたいに言わないでくれます?」
「別に拓人のこと、将棋の『歩』みたいに沢山いる存在だなんて思ってないけど」
「それは足軽……」
何だその定番(?)のジョークは。
「王将ってわけでもないけど……飛車とか角とかそんな感じ」
「え、結構評価高いな……」
「昔は王将だったんだけどね。今は玉将っていう説もある」
「うん、将棋はもういいよ」
ていうかなんか沙子さん、饒舌だな?
場所を駅前のマックに移し(一夏町駅の前にもマックはあるのです!)、沙子もおれも結局コーヒーを頼んで座った。
「英里奈、めっちゃ怒ってたよ」
「え、なんで?」
「『なんであんなに良い曲が通過しないの』って」
「ああ……」
おれは沙子に見えないように俯き、少し微笑む。
英里奈さんのために作ったのが発端の曲だから、英里奈さんがそういう風に言ってくれるだけでも、幾分救われる。
「そんで、本当にごめんとも言ってた」
「ごめん……? それもなんで?」
「『えりながもっとみんなに伝えなきゃいけなかったのに、この曲なら大丈夫って思ってた』って。……ほら、英里奈ってインフルエンサー気取りだから」
はは、と軽く笑みが漏れる。気取りって。
「でも、『この曲なら大丈夫』って思ってくれたのは嬉しいし、まあ、英里奈さんのフォロワーがamaneを好きかはだいぶ怪しいしな。なんかもっと……K-POPみたいなのが好きそうじゃん」
「だね」
沙子はコーヒーを少しすすると、顔をこちらに向けないまま、
「……それで、あの女はなんて」
と尋ねてきた。何気ないことみたいに。
「あの女って……。市川は、『私、いつの間にか調子乗ってたんだなあ、慢心してたなあ』って」
「そっか。……慢心」
沙子はその言葉を、そっと反芻するように口の中でこっそりつぶやいた。
「調子にはずっと乗ってたけどね。多分、生まれた時から」
「おい……」
「でも、そっか。慢心、か。……他には」
「いや、別に。12月のロックオン頑張んなきゃね、みたいなこと言ってたよ」
「そ。じゃあ、まあいいけど」
ふん、と鼻を鳴らすと、再びコーヒーに口をつける。
「それが聞きたくて待ってたのか」
「別に。なんであんな女のこと、うちが心配してるみたいに言わないで」
若干文章が崩れてるし。
「ただ、さ。こういうの、うちと拓人は吹奏楽コンクールとかである程度慣れてるじゃん。市川さんは……これで否定されたって思ってないかなって」
「ああ……」
沙子は、市川がまた、一度歌えなくなってしまった時のようになってやしないか、と心配だったらしい。なんだかんだ言っても市川のこと大切に思ってるんだろうな。
「まあ、落ち込んでないわけじゃないけど、否定とまでは思ってないんじゃないかな。本当のところは分からないけど」
「そっか」
ふっ、と沙子は自嘲的なため息を吐き捨てる。
「落選に慣れてるって言っても、別に何も感じなかったわけじゃないけどね。コンクールの時も、今回も」
「……だよな」
沙子はこの無表情のせいで周りからも「波須さんって何も感じないの?」みたいなことを若干責め気味に言われてた。おれに言わせれば、沙子はミスなく演奏をやり遂げており、ミスをしていたのは責めている方だったりもして、なんのこっちゃっていう感じだったが。
おそらく、吾妻が夏休みに話していた「部活のために音楽をやってる勢と音楽のために部活をやっている勢」みたいな話だったのだろう。
「仕方ないことなんだろうけど……『仕方ない』とは言えない、今回は」
『仕方ない』
それは沙子がいつしかにも意識していた言葉。
英里奈さんが間に告白して3人がギクシャクしていた時、なんでも諦めたように「仕方ない」と呟く沙子に、おれが『『仕方ない』って、沙子にあんまり言わせたくないんだよな』と伝えた。
しかし、沙子は英里奈さんに『うちが英里奈のこと大好きなのも、仕方ないことだよ』と話して、関係を修復したのだった。
そんな沙子がそれでも今回は『仕方ない』と言えない理由。
それはきっと。
「ねえ、拓人」
沙子がまっすぐにおれを見る。
『お願い。英里奈のこと、うちだけじゃ、もう……』
おれが『おまもり』を作ったあの明け方と同じ顔をしている。
彼女がこの顔でおれに何かをお願いする時は、いつだって、自分じゃない誰かのためだ。
「……吾妻とは、明日話してみるよ」
「うん、ありがとう」
おれの先回りは正解だったらしく、沙子は0.数ミリ口角を上げてくれる。
「拓人のそういうとこが、やめらんないよね」
「……おれって『やめる』とかそういうことなの?」
「あたしと2人の時間をわざわざ取ってくれたのはいいけど、その経緯をあたしに話すってのはどうなの?」
翌日の昼休み。
スタジオにやってきた吾妻は呆れたように片眉を上げて微笑んだ。




