第56小節目:片想い
「あのー……?」
アコギを背負った市川天音に手を引かれて、吉祥寺の街を井の頭公園方面へと歩いて行く。
沙子、吾妻、平良ちゃんは、おれが引き止められると、
「何にも思ってないのかと思ってた」「自分の感情を上手くいなしてたところはさすがamane様ってことだね……」「いかがなさったのですか……?」
と三者三様の割と難解な反応を返しつつ、手を振って、去ってしまった。
「なあ、これ、市川……天音さんの家に向かってる?」
「うん、今日は両親がいないので」
「ああ、うん……」
それは理由になっているのだろうか。
市川邸に着くと、「……こっち」と言いながら、部屋に案内される。
少し前にお邪魔したこの部屋が、今日は妙な緊張感に包まれている。
一つは、突然すぎるから。もう一つは、市川さんがあまりしゃべってくれないから。
「CD音源、早く聴きたいよね」
「そ、そうなあ……」
「私のパソコン、これ」
市川が机の上に置いてあったパソコンをベッドの上に置く。
「ああ、うん」
うん……?
「取り込んでもらってもいいかな? 私、エンコードとか間違えちゃうかもしれないから」
「そんな言葉を使ってる人は間違えないと思うけど……。いつ覚えたのそんな言葉?」
「いいから。これ、CDドライブ」
「……分かった」
よく分からないが、おれは床にあぐらをかいて、ベッドに置かれたパソコンを開きながら、CDドライブを接続する。
今日のマスターCDを入れたあたりで。
「……お?」
背中にぎゅっと柔らかい感触がのしかかってくる。
気づくと、おれは後ろから、寄り掛かるように抱きつかれていた。
「い……天音……?」
背中越し、泣き出しそうなほど穏やかな声が聞こえる。
「……分かってるよ、分かってる」




