第43小節目:Easter
「なんだろぉ……?」
人だかりに近づいていくと、一年生のネクタイをした女子4人が、スタジオの扉についている小さな窓越しの景色を、譲り合うように奪い合うようにおしくらまんじゅうしている。
その中に、ほんの少しだけど見知った生徒を見つけた。
1年の器楽部員、星影ステラさんだ。
夏合宿の際、平良ちゃんが『吾妻さんにいじめられている子がいるんです』と訴えかけてきたその被害者(実際はもちろんそんなことはなかったわけだが)が、星影さんである。
「星影さん?」
「あっ……! お、小沼先輩……!」
相変わらずの声の小ささではあるが、その言葉の中に以前はなかった熱量みたいなものを感じた。
「どうした? スタジオに誰か有名人でも来てるのか?」
市川部長も知らないだろうに、そんなことがあるんだろうか。
「ゆ、有名人なんか、よりも、すごいことです」
「有名人よりすごい……?」
おれと英里奈さんが目を見合わせて首をかしげている間に、スタジオの中を見ている他3人が「きゃあっ……!」と、黄色い歓声を上げる。その声を聴いて、「す、すみません……!」と、星影さんも元の塊に戻っていった。
「んー? ケンジかなぁ? あ、徳川くん?」
イケメンの名前を列挙しながら、英里奈さんも中を覗こうと背伸びをするが、見えないらしい。
「……もしかして、IRIAか?」
それなら、有り得る。と、ようやく合点がいったところで、後ろから、バタバタと廊下をこちらに走り寄ってくる足音がした。
振り返ると、唇を引き結んで、黒髪のとんでもない美人(美少女っていうよりも美人という言葉がしっくりくる)が鬼気迫る表情をして立っていた。
たしか、彼女は、器楽部の今の部長の真野凛子さん……だっけ?
器楽部の学園祭公演のパンフレットで次期部長だと紹介されていたし、吾妻と謎の七不思議巡りをした時に一度だけ挨拶を交わしたこともある。
「ああ、えっと、真野さん」
と言うおれの横を何も見えていないように通り過ぎて、4人に「連絡ありがとう」と御礼を言った。
「たくとくん、残念ー……慰めてあげよぉか?」
「いいです……」
真野さんは、他の女子に扉の小窓の前をゆずってもらって、そこからちらっと中を覗く。
「うわあ……!!」
そして、瞳を大きく見開いて、その目に涙をたっぷり溜めて、たまらなくなったというように口元を押さえて、しゃがみこんでしまった。
……なるほど、これは。
「吾妻部長が、ベースを弾いてる……!」
真野さんのその嬉し泣き同然の言葉で把握する。
……5人全員、器楽部の後輩か。
きっと中では、吾妻から沙子へのレッスンが行われているのだろう。
おそらく、練習前に二人が売店にベースを背負って行ったのだ。
それを見つけた器楽部の1年が、まさかと思ってついてきてみたら本当に吾妻がベースを弾くようだったので、特に吾妻を慕っていた現部長の真野さんにもLINEを飛ばしたということだろう。
おれも位置をずらして、少し背伸びをして5人の後ろからそっと中を覗くと、思った通り、amaneのベーシストと作詞家が中で練習をしているみたいだった。
吾妻の人徳は天井知らずだなあ、と心から感服する。
こんな風に、弦を一回弾くだけで人を泣かせてみたいものだと思うが、これは彼女のこれまで重ねてきた全ての結果だ。同じ機会と期間が与えられても、おれじゃ絶対にこうはならないだろう。
……さて、そうなると、おれはこの中に用があるわけだが、彼女たちを掻き分けて中に入ってもいいものだろうか。
別に、放課後にでも沙子には話して、それから広末に言いに行くのでも遅くはな「失礼しまぁーす!!」あれ英里奈さん!?
おれが逡巡しているうちに、無遠慮にずかずかと扉を開く英里奈さん。
1年生たちに、「ちょっと、ごめんね、ほんとごめんね……」と詫びを入れつつ、後に続く。
その瞬間の彼女たちのしゅんとした表情をおれは忘れられなさそうだぜ……。
「ゆりぃー! さこっしゅー!」
防音扉の向こう側へ、英里奈さんが大きく手を振る。
すると、呼びかける声が聞こえたわけではないだろうが、英里奈さんの動きがうるさいので、こちらを向いた吾妻が、驚いたように目を見開く。
おれたちの後ろにいる1年生たちに気づいたらしく、なんとなくベースを持っているのが気まずいのか気恥ずかしいのか、苦笑いしながら手を振った。
すると、再び黄色い歓声が上がる。なるほど、これがファンサというやつか……。
おれは邪魔にならないよう、壁際によけ、なるべく壁と一体化出来るよう、壁にもたれかかり、腕組みをする。
すると、おれを一瞥した吾妻が、「それは後方腕組み彼氏ヅラってのよ」と口パクで言ってきた。
あれ、おれは読唇術なんか使えないのになんでこんなにハッキリわかるんだろうね……?




