表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/362

第41小節目:トレイン・ロック・フェスティバル

「そうか、だから、おれはずっと……!」


 昼の陽光が差し込む渡り廊下で、はたと立ち止まる。


 寝ぼけていた視界の焦点が合って、ようやく一つの像を結ぶような、そんな感覚だった。


「どぉしたの? たくとくん」


「ごめん、英里奈えりなさん。……全部、自分自身のためなんだ」


「どぉいうこと?」


 英里奈さんは萌え袖を口元に当てて、首をかしげる。


 無理もない。おれはさっきから自分勝手に話している。


 でも、その『自分勝手』ということこそが、今の自分の答えだったんだ。


 広末からの勧誘から、いやもしかしたらそれよりも前からずっと抱えていたモヤモヤの正体であり、今朝けさがた、特訓の後にかすかに感じたことであり、


『ま、好きにすりゃーいーさ。……明日の朝も同じこと思っていられるならな』


 そして、きっと、神野じんのさんが鼻を鳴らした理由なんだ。


『おれはおれのために音楽をやるのだ』と、『おれはおれのための人生を生きるのだ』と。学園祭のあの時、有賀さんからされたゴーストライターになる提案を断った時に、覚悟をして、決意をしたはずじゃなかったか。


 それなのに、おれはいつの間にか、『バンドのためだ』とか『広末《誰か》の青春のためだ』とか、小賢しく、そして偉そうな、あたかも大義を持っていそうな立場から物を考えてしまっていた。


 でも、今の英里奈さんの言葉で分かった。


 もっと、話は単純だ。


 おれは、おれが昨日教わって学んだ、成長したスキルを、他でもなく、おれのために使いたい。


 そしておれは、amaneのメンバーだ。他のどんなバンドでもなく、おれはamaneだけのメンバーなんだ。


 もっと言うなら、amaneは、おれのバンドなんだ。市川のバンドでドラムを叩かせてもらっているわけじゃなく、おれの曲を歌ってもらっているわけじゃなく。


 おれ自身のバンドが、amaneなんだ。


『あたしの青春のこれからのすべては、amaneにかけるって決めたんだ』


 おれは、英里奈さんのためじゃなく、自分のために、音楽をやっている。そのメッセージの宛先が今回は英里奈さんに向いているというだけのことだ。


 ……こんなこと、改めて市川いちかわ沙子さこ吾妻あずまに言ったら怒られてしまうかもしれない。


「英里奈さん、おれは、」


「ぅあ。その顔、ちょっと待って」


 言いかけたおれの言葉をさえぎり、英里奈さんがおれの胸を両手で軽く押して目をそらす。


 おれの胸に手を置いたままふいっとそっぽを向いた頬はなぜか紅潮こうちょうしている。


「……たくとくん、なんか、言おうとしてるでしょ」


「そりゃ、まあ」


 ていうか、「どぉいうこと?」と聞いてきたのは英里奈さんだ。


「その、ね? その顔でたくとくんが何かを言おうとすると、えりなはえりなのペースを乱されちゃうことが多いなぁってことが分かってて……」


「何言ってんの?」


 何これ、おれが鈍感どんかんなパターンか?


「だから、その、ちょっとやめてほしいっていうかぁ……」


「ああ、そう……?」


「うん、そぉ……」


 まあ、無理に聞かせるほどのことではないというか、自分の中での発見でとどめておいていいのであればいいんだけど……。


 おれが言いかけた言葉を飲み込み直そうとしていると、英里奈さんはちらちらとこちらを上目遣いで見上げてくる。


「ちなみに、なんて言おうとしてたぁ……?」


「はい?」


 おれの口から『なんと言おうとしてた』かを言うのは、普通に発言するのと何か違うのか……?


「いぃから、教えて」


「えーっと……」


 途切れて、輪郭りんかくのぼやけた言葉を、改めてなぞり直す。


 そして、口にした。


「おれは、英里奈さんのためじゃなくて、おれ自身のために、英里奈さんに向けての曲を作ってるだけだから、気にしなくて良い。……ってことが言いたかった」


「ほらぁ、言わんこっちゃない……!!」


 英里奈さんはより一層顔を赤くして、唇をとがらせる。


「別に親切で言ってるわけじゃなくて、本心だから」


「なんでもっと言ってくるのぉ!?」


『もっと言う』って何? 追い討ちってこと?


「んんん……!! ほらぁ、売店行くよぉ!」


「あ、それで、ごめん」


「まだ何かぁ?」


 英里奈さんが睨んでくるし、一緒に売店に行くと言った手前申し訳ないが、本心が分かったなら、彼女になるべく早く伝えた方がいい。


「ちょっと、行くところがある」


「どこぉ?」


「……後輩の女子」


「……はぁ?」


 一転、超絶呆れ顔だ。


 いや、売店行けないのは本当にごめんって思ってるよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2021年10月1日、角川スニーカー文庫より
『宅録ぼっちのおれが、あの天才美少女のゴーストライターになるなんて。』が発売中です!

購入はこちら!(amazon)
作中曲『わたしのうた』MV
― 新着の感想 ―
[一言] 拓人と英里奈さんの関係性はすごく好きなんですが、この、恋愛感情はないはずなのにたまに拓人にクラっと来てしまう英里奈さんは大好物です。 学習して回避したかと思ったら結局聞いちゃうあたりもかわ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ