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第30小節目:電話

 帰宅後。


 夕飯を食べ終えて部屋でぼーっとしていると、スマホが小刻みに長く震えた。


 ん? と思って画面を見ると、「天音」と表示されている。


 電話? でもLINEって出てるけど……?


 理解が追いつかないまま、とりあえず放置した。電話ってなんか怖いし。


 すると、スマホが鳴り止む。


 回避出来たらしい。怖かった……。


 ほぉっと息をついた瞬間、またスマホがブブッと震えた。


 なんですかなんですか……。


天音『小沼くん、電話したい! 今電車とかかな?』


 市川からのLINEだった。


小沼拓人『自分の部屋にいます』


天音『え、電話出来るの?』


小沼拓人『状況的には出来ます』


 そう答えると、またスマホが小刻みに震える。


 ひぃ、電話だ……!


 おそるおそる青いボタンを押して応答した。


「……もしもし?」


『あ、小沼君。今大丈夫?』


 市川の声がする。どうやら電話らしい。


「大丈夫だけど。どうした?」


『なんで1回目で出てくれなかったの?』


「なんか、怖かったから……」


『へ? 何が?』


「え、電話が……」


『なんで?』


 なんでって、なんでもですよ。


『LINEも全部すごい敬語だし……。まあいいや』


「おう」


 まあいいらしい。ありがとうございます。


『今ね、家で歌の練習してたんだけど、今日小沼くんが歌ってたメロディ忘れちゃって。忘れちゃったというか、結局どれが正しかったんだっけ? ってなっちゃって。歌ってもらえたらなあ、と』


「ああ、それで電話か」


 なんだよ、夜に電話なんて男も女も家族も誰ともしたことないからドキドキしちゃったじゃねえか。ていうかまだ緊張してるよ。


『そうそう』


 ていうか、え、それって……。


「おれ、いま、ここで、うたう?」


『私は今、カタコトの原人げんじんさんと電話してるのかな……?』


 市川の首かしげポーズが目に浮かぶ。原人さんって。


「いやいや、ここでは歌えねえよ」


『え、どうして?』


「どうしてって……」


 こんなとこで歌おうもんなら、あいつが……。


「たっくんー! お風呂入っていい……よ……?」


 ゆずが部屋の扉を開けて、口を開けて静止している。


「で、でんわ……?」


 ほらきたじゃん……。


「ママー! たっくんに友達が出来た!」


 ゆずがそう言ってリビングに駆けて行った。


 言わんこっちゃない。


 電話の向こうで、ケラケラと笑う声が聞こえる。


『あはは、妹さん?』


「そうだよ……」


『妹さんいるんだ、知らなかったよ。たっくん』


 いたずらっぽく笑う。


「おい」


『メロディ教えてよ、たっくん』


「やめろ」


『あはは』


 楽しそうですね……。


 でも、歌うならゆずがいない今のうちに……。


「『目覚まし時計に追いかけられて家を出た 革靴は足にひっかけたまんま』だよ」


『あ、ボイスレコーダーにメモるからもう一回』


 もう一回!? 急がないと……。


『はい、セット出来たからいいよ』


「『目覚まし時計に追いかけられて家を出た』……ひぃっ!?」


『どしたの!?』


 ドアの隙間からこちらを覗く女子と目が合った。こええよ。


「ママー! たっくんがオリジナルソングで告白してるー!」


「してねえよ!」


 顔が熱い!


 また、笑い声が耳元から聞こえる。


『オリジナルソングは合ってるけどね、たっくん?』


「まじでやめろ」


『たっくんが怒ったー!』


 はあ……。


『妹さんの声、れちゃったよ。あーおもしろ……』


「勘弁してくれよ……」


 はあ……とため息が漏れる。


『あはは、ごめんごめん。でもおかげさまでメロディ分かったよ。助かりました、ありがと』


「それは良かったけどさ」


 カッ、カッ、カッ、カッ……と時計の針だけが部屋に響く。


「……えっと、じゃ、じゃあ」


『あ、うん……』


 変な空気が流れる。


 電話って同じところにいないのに空気は流れるんですね。


『あ、えっと、小沼くん』


「ん?」


 何、切るんじゃないの?


『私も、小沼くんのことは友達だと思ってるからね』


「いきなり何?」


『……それなりに、仲良しの』


「……そっか、ありがとう」


 多分、おれが吾妻と仲良くないと言おうとしたことが気になったのだろう。


「あれは、吾妻を……」


『分かってるよ。由莉を守ろうとしたんだよね? 小沼くん的に』


「守るっていうか、なんていうかだけど」


『んー、まあ、いいんだけどさ』


「ん?」


『ちょっとだけ、寂しくなるよ、やっぱり』


 市川が呟いた。


「……ごめん」


 おれは、素直に謝ることにした。


『いつか、小沼くんも、小沼くんの曲を、小沼くんの曲だって言えるようになるといいよね』


「なんで?」


 小沼くんってすげえ言うじゃん。


『だって、小沼くんの曲、良い曲だもん』


「お、おう……」


 質問の回答になっているのか微妙なところだが、なんとなく市川の中で納得しているみたいなので放っておいた。


『って、私が小沼くんの曲もらっちゃってるからいけないんだけどさ。ほんと、ダメダメだなあ、私……』


 えへへ、と頭をかいているのだろう。


『じゃあさ』


「ん?」


『私が歌えるようになったら、次は小沼くんの番ね。約束!』


「……いいよ、そんなの」


『いいから!』


 なんだか、頼んでもないのに気合いを入れられている。


「とにかく、amane……、市川の復帰が先だろ」


『うん、そだね』


 市川がそう答えると、また、無言の時間が訪れた。


 カッ、カッ、カッ、カッ……。


「え、えっと、それじゃ……」


『あ、うん……』


 カッ、カッ、カッ、カッ……。


「え、切っていいの? これ」


『あ、うん、小沼くん、切って?』


 切って、って……。


 スマホを耳から離し、画面を見る。


 この赤いボタンをタップするだけなのに、なんか、電話切るのって、難しいな。


 んん……。


 カッ、カッ、カッ、カッ……。


『どうしたの?』


 スマホを耳元に戻す。


「なあ、市川、切ってくんない?」


『……ええっと、うん、分かった』


 カッ、カッ、カッ、カッ……。


 カッ、カッ、カッ、カッ……。


『切るよ?』


「うん」


 カッ、カッ、カッ、カッ……。

 

『……なんか、カップルみたいだね?』


「はい!?」


 何をいきなり言うのこの人! ていうか、この状況でまた会話始めんの!?


『あはは、冗談冗談。怒られちゃうね』


「はあ?」


 誰に怒られるって?


『じゃね、ばいばい! また明日! 切ります!』


 勢いをつけてプツンと切れた電話。


 おれは『通話終了』の文字を見ながら、心臓の音が落ち着くのを待っていた。

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[良い点] >ひぃ、電話だ……! ここまで読んできて一番笑いました。 まあ、家族が在宅の家でアカペラで歌うのは確かにキツいですね。 拓人は小心にもほどがあると思いつつ、鈍感朴念仁ではないことも分か…
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