第38小節目:turn over?
「お前、女子高生がこんなド深夜にスタジオに来んなよ……。夜這いか?」
目の前で息を切らしている市川に、神野さんが呆れたように言う。
「よ、夜這い……!? 違います、深夜じゃなくて早朝です! そんなこと言ったら、舞花先輩だって、深夜に女子高生です」
「アタシは労働者だから良いんだよ」
いや、女子高生が深夜労働の方が法律的に問題ある気がするけど……。神野さんは18歳かもしれないからそれならいいんだっけ?
くあぁ……、とあくびをしてから、神野さんは、おれの肩の上に手をのせた。
「まーなんでもいーんだけどさ。アマネさん、うち吉祥寺なんだって? こいつを寝かせてやってくれよ。手取り足取りの激しいレッスンで、主に腰のあたりが疲れ切ってるだろうから。……ん、手取り足取りってなんか違うな。なんだっけ……くんずほぐれつ?」
「いや、悪化してますから……」
日中なら、もう少し元気よく「やめてくださいよぅ!!」などと言えただろうが、充実した疲労困憊のおれには、そんな指摘が関の山だった。
さすがの市川にもこれがこの人の色々ミスった結果だということは分かってくれるだろう、と顔を向けると、「はあ?」みたいな目で神野さんを見ていた。なんて顔してるんだよ。
「んじゃ、また学校でな。……初日にしては良い感じだったぞ、タクト」
「ありがとうございます」
師匠が立ち去ると言うことなので、おれは改めてしっかりを頭を下げる。
「ねえねえ、小沼くん」
ポニーテールの天使は、おれの服の裾を引いて首をかしげる。
「どうだった?」
「……成長を聴かせるのが楽しみだ」
すると、
「そっかあ、えへへ、さすが、amaneのドラマーだね」
と、はにかむ。
………………超可愛い。
「あー……そんで、朝からどうした? ランニング中に寄ってくれたのか?」
「うーん、そんな感じ、かな? 小沼くんからお弁当箱を回収しないといけないなって思って。あ、お弁当、どうだった?」
「とてもおいしかったです、ありがとう……」
「そっか、よかった……!」
もじもじと微笑む市川。
「それにしても、想像の何倍も疲れた顔してるね?」
「そうか? いや、まあ、寝てないでスポーツみたいなことしてたからそうもなるか……」
「スポーツみたいなこと……」
ぽしょりとつぶやいた市川は、おれの裾をまた引っ張る。
「ね、やっぱり、うちに来ない? 私のベッドで、寝よう?」
「え?」
「私の、ベッドで、寝よう?」
「え?」
……いかん、文脈から意味は十分に伝わっているのに、その言葉自体の衝撃と眠気で視界がぐにゃぐにゃする……!
「だから、私の」
「わ、分かった。けど、親御さんは?」
「もう家出てるよ? お父さんはいないし」
「え、そうなの?」
今、始発が出たところだけど……?
「……市川の親御さんって何のお仕事してるの?」
「お父さんが外交官で、お母さんが空港勤務」
「外交官、空港勤務……!?」
何、そんなにグローバルな感じの職種だったんですか……! っていうか、空港勤務の方ってそんなに朝早いんだ……。
「だから、家、誰もいないから。それに小沼くん……」
そこまで言うと、市川がおれの胸元に顔をうずめる。
「市川……!?」
「……シャワー、浴びたくない? 今日ずっとそのままって嫌じゃない?」
「まあ、それは、たしかに……」
というか、今、匂いをかがれたのかしら……? その上で「シャワー、浴びたくない?」って言われたとしたら、めちゃくちゃ浴びたいんですけど。
「それなら、ほら」
そういうと、市川はそっとおれの手をとる。
そこから、びりびりと痺れるような感覚が全身に走る。
手を握ったまま、彼女は歩き始めた。
「市川……?」
「……私の家まで、ちょっとだけ、デート」




