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第29小節目:カメレオン

「いつも、英里奈と何話してんの」


 帰りの電車。


 すみれ色にまどろんだ空と車内の白い明かりが対照的に映えている。


 並んで座る武蔵野線むさしのせんの中で不機嫌そうに呟いたのは金髪女王の沙子さこ様だ。


「いや、別に……?」


「二人でマック行って、別に?」


「はい、二人でマック行って、別に……」


「その割にはなんか仲良さそうにしてたけどね」


「あ、まあ、あの、はい」


 歯切れが悪くなる。


 英里奈さんの作戦を守るのであれば、『仲良くない』と言うわけにもいかないだろう。


 あと、ついさっき『仲良くない』と言おうとしてどこかのリアルリア充(リアルにリアルを充実させてて偉いの意)に睨まれてしまったから。


「ふーん、まあ、いいけど」


 あんまり良さそうじゃないですね……。


「なんか、中学の時はそんなことあんまなかったじゃん」


 沙子が口をとがらせて続ける。


「そんなこと?」


「女子と話すとか」


「そうなあ」


 ほとんど沙子としか話してなかったからな。


「ていうか、別に高校でもこの一週間くらいまで無かったけどな」


「そうなの」


「そうだよ」


「誰が最初」


 多分、これも質問なんだろう。


 質問なんだろうけど何を聞きたいのかさっぱりわからん。


「何が?」


「話した女子」


「最初に話した女子ってこと?」


「そう」


 まあ、そりゃあ、


「市川だな」


 高校で最初にまともに話した女子は、市川だろう。


 一週間前の、放課後の教室でのことだ。


 いやまあ、さすがにその前にもちょこちょこ女子と話したことはあったけどね。




 2年になったあとだって数学の授業中、


『じょうぎ忘れたぁー、最悪だよぉ』


 って隣の席の女子が言っていたから


『貸しましょうか?』


 とか言って定規貸したら、わざわざカーディガンの裾を伸ばして直接触らないようにして指先でつまみながら、


『え? あ、ありがとぉ、えぇーっと…….コヌマくん?』


 って言われて、一旦机の上に置いてから、


『あ、やーっぱりいいやぁ……』


 と、線も引かずにすぐ返されて以来、おれはなるべく女子に話しかけないようにしている。




 てか、あれ? あの女子って今思ったら……。


 んんー……? と、思い出さない方が良さそうなことを思い出しかけていると、左ももを強く叩かれた。


「いたっ!?」


 左を見ると、沙子が眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。


「最初に話した女子」


「ああ?」


「うちじゃないの」


「……へ?」


 ついつい素っ頓狂な声が出てしまった。


「人生で一番最初に話した女子」


「じ、人生で?」


 ずいぶんと壮大な話をされていたのですね、沙子様は……。


 よわい16歳、小生の短い人生ではございますが……。


「人生で言ったら……母親?」


「お母さん以外で」


「あ、そしたら、ゆ」


「ゆずも無し」


 妹の名前を言おうとしたら止められた。


 家族以外でってことか……。


「そしたら……」


 金髪女王がこちらをじっと見ている。


「まあ、沙子なんじゃねえかな。多分だけど」


 小学校から一緒な女子は沙子だけだから多分そうだろう。


「……そか」


 沙子はそう言うと、向かい側の窓の外を眺めた。


 横顔を見てみると、口角0.数ミリ上げの沙子的ニヤケ顔である。

 

 何、それを今さら確認してどうしたかったの?


「うちも」


「はい?」


「うちも、拓人たくとが最初」


「そうか」


「うん」


 そりゃあ同じ小学校だしな。


 そっか、おれらは初めて話した同士だったんだな。


 ……?


 え、何、この空気?


 いや、わかる、さすがに分かる!


 強風で簡単に止まってしまう武蔵野線の車内に似つかわしくない甘ったるい空気が流れていることは、おれにも分かります!


 分かるんだけど、それの発生源であるこの金髪女王の意図が全然分からない!


「……いきなりどうした?」


「別に」


 スッと沙子の口角が定位置に戻った。


「拓人」


 仕切り直し、みたいな感じで沙子がおれを呼ぶ。


「ん?」


「ごめんね、やな性格で」


「は、何が?」


 どういうこと?


「あと、金髪だし」


「金髪は、自分でやったんだろ……?」


「そうだけど」


 沙子さんが何を言いたいのかいよいよわからん。


「そういえば、なんで金髪にしたんだ?」


「……教えない」


「はあ……?」


 沙子が金髪にしたのは、高校入学とほぼ同時に、だ。


 武蔵野国際はかなり校則がゆるい高校ではあるものの、入学式の一週間後に金髪で来た沙子はかなり目立った。


 周りはただのヤンキーかと怖がっていたみたいだけど、おれは、ただただ沙子の謎の行動に驚くばかりで。


 もうその時には絶縁状態だったため(絶縁はおれが悪いんだけど)、これまでその金髪の理由は聞くことが出来なかったのだ。


「……黒髪のままじゃ、勝てないと思ったから」


 ぽしょりと沙子が呟く。


「勝てない? 何に?」


「教えない」


 そう言ってそっぽを向いた沙子は、そのあと金髪について何を聞いても、本当に教えてくれなかった。


「ごめんね、やな性格で」


 もう一度そう言った沙子の横顔は、金髪に隠れて見えないままだ。

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