interlude2:3月9日
「結婚式? 今日? このあと?」
「うん。従姉妹の」
土曜日。amane4人でスタジオで話していると、沙子が「もう少ししたら先に帰らなきゃ」というので、理由を聞いたら、どうやらそういうことらしい。
「へえ、結婚式……! 制服で出るの?」
吾妻が目を輝かせて質問する。
「ううん、会場で着替えられるんだってさ。なんか、ドレスみたいなの」
「そっか、ドレスか、そうだよね……」
なぜか残念そうに顔を伏せる青春部の部長さん。
「制服で出る人もいるみたいだけどね。でも、うちだけ制服着てたら悪目立ちするでしょ」
「まあ、そうかもだけど……。制服だったら『3月9日』のMVみたいじゃん」
「そうなの?」
「そうだよ、ほら」
吾妻はYouTubeで『3月9日』のミュージックビデオを再生して見せてくれる。
「誰、これ」
「堀北真希だけど……?」
「……誰」
「え、嘘でしょ……? あたしら、同い年だよね?」
吾妻が勝手に同い年の中でのジェネレーションギャップを感じているみたいだが、おれもなんのこっちゃよく分からない。
「結婚式って、私、物心ついてからは出たことないなあ。小さい時にリングガール?っていうのをやってた写真は見たことあるけど。ちょうどそれこそ、このMVが撮影されたくらいの時期じゃないかな?」
「リングガールって何?」
「結婚式で、バージンロードを歩いて、結婚指輪を新郎新婦のところに運ぶ仕事。小さい子がふわふわのドレス着てさ。親戚の子供とかがやるものらしいよ? 女の子じゃない時もあるだろうけど」
「へえ……」
想像を試みるが、いまいちよく分からない。
……が、隣では信者がよだれを垂らさんばかりに顔をふにゃけさせていた。
「うへへ、ロリ天音、ぐうかわ……!」
「え、今!? 想像だけで!?」
すげえ想像力だな、尊敬しちゃうわ……。
「なんにしても、結婚式、楽しみだね?」
市川が沙子に話を振り戻すと、沙子は首を横に振る。
「別に、楽しみじゃないよ。なんか緊張するし、何するのかもよく分かんないし……。肩肘張った場所って苦手だし」
「まあ、分からないではないな……」
「……って言ってる間に時間だ。そろそろ行くね。また月曜日ね。じゃね」
沙子がすくっと立ち上がる。
「じゃあね、沙子さん!」
「さこはす、末永くお幸せに!」
「うちじゃないっつーの」
吾妻の冗談はちょっと面白かったらしく、0.数ミリ口角をあげてから、金髪さんは立ち去った。
……あの金髪は、染め直したりしなくて良いのかな。
残った3人で楽曲の話をしたりしてから帰宅した。
夜になり、夕食を食べ終わって少し経った頃、
「うわああああ!!」
台所からゆずの悲鳴が聞こえた。
「ど、どうした!?」
「たっくん、アイスがない!!」
下唇をむんっと突き出した妹がリビングにやってくる。
「……お前、そんなことで悲鳴をあげるな、悲鳴を」
例の虫が出たのかと思って、外出する口実を考え始めちゃったじゃないか。
「たっくんが帰りに買ってきてくれればよかったじゃん!」
「知らんわ。おれが食ったわけでもないのに」
「えー買ってきてよ」
「嫌だよ。ていうか、寒くなってきただろ? もう良いだろ、アイス」
「えー。うーん……」
ゆずは少し逡巡した様子を見せてから、上目遣いで頼んでくる。
「じゃあ、一緒に買いに行こう?」
「それなら、まあいいけど……」
「いいんだ……」
……いや、そうだよな、おれ、要るか?
とはいえ、兄に二言はないので、パーカーを羽織って、ゆずと一緒に駅の近くのコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー」
着くと、そこには。
「あれ、沙子ちゃんだ。こんばんはー」
「……う」
「あら、たくちゃんゆずちゃん。仲良しだねー」
制服姿の沙子と、綺麗な格好をしたママはすがいた。
「いえ、ゆずがアイスを買いに行こうとしたら、兄が女の子一人だと危ないから付いて行きたいって。ほんとこの愚兄は妹離れしないんですよねー」
「シンプルに嘘じゃん」
「沙子ちゃんママ、聞きましたか? この通り、兄はツンデレなんですー」
「仲良しには変わりないね、あはは」
ママはすは嬉しそうに微笑む。いや、違うんですって……。
弁解するのも面倒なので、なんだかバツの悪そうな沙子に水を向ける。
「結婚式の帰りか? 沙子のお父さんは?」
「先に帰った。うちとママはちょっと飲み物だけ買いに来た」
沙子が伏し目がちに答える。
その姿を見て、おれは内心微笑ましくなるが、その理由を察して放っておいてやることにする。
……が、そうは問屋がおろさない。
「あれれ? 沙子ちゃん、泣いたの? 目が腫れてるよ!」
「い、いや、これは……」
沙子は、大声のゆずに指摘され、たじろいでしまう。あーあ。
「そうなの! ゆずちゃん、よく分かるねえ。沙子が泣くから親戚一同どよめいちゃって」
「う、うっさい……」
目だけでなく頬まで赤くなってきたな……。
「あ、あれは、スライドショーのBGMが今日ちょうど話題に出てた『3月9日』で、しかもその後にビートルズの『In My Life』が流れたから、ビートルズ好きのうちとしては、ちょっと、なんとも、ほら……」
言いながらその光景を思い出したのか、また瞳を潤ませてしまうので、幼馴染のおれとしては、微笑ましいを超えて可哀想になってくる。
「もう、うっさい。ちょっと、あっちの棚見てくるから」
誤魔化すように、そこを離れて別の棚に向かった。
……そこ、お酒のコーナーだけど、大丈夫?
「それにしても、結婚式、たくちゃんにも来て貰えばよかったかなあ」
沙子の背中を見ながらママはすがつぶやく。
「おれ……? なんでですか?」
「沙子ったら、あの仏頂面でしょ? 披露宴の前、親族の集合写真撮る時に、カメラマンさんが何回『笑ってくださーい』って言ってもあのままなの。私たちも苦笑いになっちゃった」
「はあ、それはお察ししますけど……」
中学の時の卒業写真を撮る時も沙子はそうだった。
「沙子もせめてさっきくらい穏やかな顔だったら、『これでもこの子、笑ってるんですー!』って言えたんだけどねえ」
「いや、さっきも笑ってはなかったと思いますけど」
「ううん、たくちゃんがいる時は全然違うよ。昔から、たくちゃんと話すときは嬉しそうな雰囲気が滲み出てるもの」
「は、はあ……」
反応しづらいし、あまり納得感も持てず、生ぬるい対応を返す。
「ああ、そっか」
すると、おれとは反対に何かに納得したらしいママはすは、とびきり優しい表情に変わる。
「たくちゃんは、たくちゃんと居るときの沙子しか見たことないもんね」
「ちょっと、ママ、いい加減にして、レジ行くよ」
それと同時、沙子が戻ってきて、ママはすの腕を引く。
そして、
「……あ、拓人」
振り向きざま、おれを呼ぶ。
「ん?」
「うちがこうなってたこと、市川さんとかゆりすけとかに言ったら、怒るよ」
「………………おう」
「今の間は何」
「わかったよ、言わない言わない」
おれが降参の意味で両手をあげると、むっとした顔をして戻ってきて、おれの小指を自分の小指で掴んだ。
「嘘ついたら花火千本飲ますから」
「わかったよ」
ゆずが横で首をかしげる。
「花火……? 針じゃなくて……?」
指切りをしてレジに向かう沙子の背中を見送りつつ、名前の挙がっていなかった英里奈さんはセーフだろうか、と、無粋なことをほんの少しだけ考えて、首を横に振る。
「たっくん、何ニヤニヤしてんの?」
「別に」
「キモ」
「おい」
ゆずはアイスの棚に移動しながら、にひひ、と意地悪な笑みを浮かべた。
「たっくんも、ゆずの結婚式に出席したら、泣いちゃいそうだねー?」
「いやいや、そんなわけな…………い……だ、ろ……! ぅぐっ……!」
「え、今!? 想像だけで!?」




